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  作者: Yonohitomi
一章
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22.鬼に変えられる



しかし、蓮次の涙が一瞬にして凍りつく。

屋敷の奥から響く甲高い悲鳴が、冬の空気を切り裂くように鋭く耳を打ったからだ。




ひときわ甲高い女性の叫び声に続いて、兄や弟たちの混乱した怒声や悲鳴が重なり合うように響いてきた。


蓮次の胸は締め付けられ、全身の血が逆流する。

焦燥感が恐怖をかき消した。


彼は顔を上げ、全身の痛みを無視して奥へと飛び込むように駆け出した。






その様子を冷酷な目付きで見守る者がいる。

家長にとどめを刺した鬼、朱炎だ。


朱炎の口元には冷徹な余裕の笑みが浮かんでいた。

その表情は、目の前の惨劇すら単なる娯楽のように見えている。


奥から響く怒声や荒々しい足音も全て耳に届いているが、そんな音を聞かなくても気配で把握出来ている。


低級鬼達が付いてきた事、それらが奥で人間を襲っている事も。


「朱炎様、奥で低級が暴れています。…蓮次様が奥に…」


「…そうだな」


朱炎は少しも動じなかった。余裕の表情は崩さず、冷徹に。

一切の急ぎを見せることなく、無言で屋敷の奥へと向かい始めた。

その歩みも、どこか冷ややかだ。






一方、奥の部屋に辿り着いた蓮次の目に飛び込んできたのは、緑色の肌を持つ鬼たちが人間たちを無惨に襲っている光景だ。


襖は破れ、血のにおいが鼻を刺す。

惨劇の現場は荒れ狂う異形の鬼どもに蹂躙されていた。


人々の絶望的な悲鳴が彼の耳を貫いて、一切の恐怖が吹き飛んでしまった。


「やめろおぉぉぉ...!」


蓮次は叫び、近くに転がる物を適当に手にして

立ち向かう。

だが、全身を蝕むような痛みが動きを鈍らせ、筋肉が鉛のように硬直して思うように体が動かない。任務で負った傷はどれもまだ完治していないのだ。

それでも、何とか体を動かし、必死に構えを取る。


ギロリと複数の赤い目がこちらに向けられた。

緑色の鬼達が、一斉に蓮次を標的にしたのだ。


この数、一人の少年が戦って勝てる数ではない。

ああ、ここで終わるのか、と虚しさが込み上げる中で、蓮次は覚悟を決めた。





その時。


不意に場の空気が重く張り詰めた。

冷ややかな気配が空間全体を支配し、まるで空気そのものが凍りつくようだ。


その正体は、朱炎だ。

彼は一切の感情を見せず、静かに片手をかざして見せる。


途端に、見えない力が渦巻くように放たれ、緑色の鬼たちは不自然なほどに動きを止めた。


蓮次に向かって牙を剥き出していた者も、襲いかかろうとしていた者も、凍りついたかのように一斉に静止した。


「この子に手を出すな」


朱炎の低く冷酷な声が響き渡る。

緑色の鬼たちは威圧されるように小さく震えた。

朱炎の力から逃れることはできない。


蓮次もまた、念に囚われていた。

身体が鉛のように重く、まったく動けない。

恐怖と緊張で全身が硬直し、心臓が暴れるように脈打っている。

視界が霞み、冷たい汗が額から流れ落ちた。


(一体、何が…)


朱炎の行動が理解できない。

圧倒的な力は恐ろしく、言葉も発することができないままだ。


(体が…動かない…!)





震える蓮次を見て朱炎は、鼻で笑った。

そして、ゆっくりと蓮次に向かって歩み寄る。


その一歩一歩は、蓮次の胸に恐怖と緊張を刻み込んでいく。


威厳に満ちた眼差し。

朱炎は目を細めて蓮次を見下ろした。


「久しいな、蓮次…」





ああ、この声は…



蓮次は静かに息を呑んだ。

月光が静かに差し込む中、蓮次は目の前の鬼の顔を初めてはっきりと見ることができた。


赤い瞳、長い黒髪、冷徹で凍るような表情。


まるで夢の中の悪夢がそのまま具現化したかのような姿。

幾度も悪夢で目にしてきたあの鬼に酷似している。





「鬼になれ、蓮次」


蓮次は体の芯まで恐怖に縛られた。


冷たく命じてくる声。


そして、この後に何が起こるか分かる。

夢の通りであれば、自分の体が変わっていく苦しみに絶叫する瞬間が訪れるのだ。


まさにその恐怖が現実となり、今、眼前に迫っている。


「嫌だ…嫌だ!来るな!!」


ゆっくりと近づいてくる朱炎を睨みつけている蓮次。


「俺は…鬼にならない…」と、息も絶え絶えに訴える。

自らにも言い聞かせるように。


しかし、朱炎が近づくたび、蓮次の中で恐怖は膨れ上がり、言葉は大きな声となって外へと溢れ出た。


「俺は鬼にならない!絶対に…!」


全身が固まり、視界さえもぼやけてきた。





朱炎は、まるで愉快なものでも見るかのように見下ろしている。

蓮次の叫びも、その恐怖さえも、朱炎にとってはただの微笑ましいものに過ぎないかのようだ。


「お前がどう言おうと…この運命から逃れることはできない」


その言葉に、蓮次の心は一層深い恐怖に飲み込まれてしまう。

朱炎の存在は不気味なほどに揺るぎなく、蓮次の命を掌握しているかのようだった。




どこにも逃げ場がない。

目の前で展開される残酷な現実が、悪夢のように彼を締めつけている。

いや、これは悪夢だ。いつもの夢だ、そう信じたかった。


もしこれが夢なら、どうか早く覚めてほしい。ただ恐怖に震え、喉が引き裂けるような思いだ。


「俺は…鬼にならない!絶対に、鬼にならない!」


「…お前は、鬼になるべきだ。その力は鬼になってこそ真に活かされる」





その言葉は、蓮次にとって何よりの絶望だった。

目の前で繰り返された夢と同じ言葉。

蓮次は強い悲しみに心を潰され、絶望がより一層深くなった。


動かない体、念で縛られ、逃げることさえ許されない。

体の自由が奪われた中で、朱炎の冷たい手が蓮次の胸元にゆっくりと伸び、近づいてくる。


「お前がどう思おうと、もう遅い。」


そして、その手が触れると同時に、蓮次の体に圧倒的な苦しみが襲いかかってきた



「あ"ぁぁぁぁーー!!」



体内から何かが湧き上がり、あふれ出すような感覚。

細胞が内側から壊れていく。

激痛が全身を駆け巡り、骨が軋み、血が逆流するような感覚に思わず絶叫する。


焼けるような痛みが全身を貫き、内臓がねじ曲がるような感覚に、蓮次は苦しさに顔を歪ませた。


「…嫌だ…俺は、鬼になんて…ならない!」


蓮次は何度も強く言い放った。



絶対に…

鬼にはならない!



それでも、朱炎の意志が蓮次を鬼へと変えていく。


蓮次は鬼としての異形の姿を強制され、ついに意識を失ってしまった。









その場に響くのは、朱炎の手下たちが互いに言葉を交わす低い声。


「朱炎様、この屋敷をどう始末しますか?」


一人の鬼が、冷たく問うた。

転がる屍を、まるで瓦礫の片付けでもするかのように。


朱炎はその問いに悠然と答える。


「放置して構わん」


淡々と残酷な命令が下され、鬼たちは無言で頷いた。

そして、まだ生温かい屍から持ち去る分だけを冷酷に選び抜き、血の臭いが充満する中で手慣れた動作で運び始めた。


「屍体の山を築き、我らの存在を忘れぬよう人間に刻みつけるのも悪くない」


朱炎は静かに笑みを浮かべた。




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