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  作者: Yonohitomi
二章
162/167

53.融和



 ――これは、敵の気配か


 耀は目を細めた。


 主の視線ならすぐにわかる。彼の気配は常に強く鋭く、圧倒的だ。

 だがこれは違う。どこか歪で不安定。怯えも怒りも混じっている。


(……隠れている? こちらの様子を伺っているのか)


 向けられているのは敵意だろうか。


 相手は気づかれたと悟りながらも退くことができず、息を殺して潜んでいるようだ。こちらに向かってくるような気配はない。


 やがて、耐え切れなくなったのかのように、その気配はふと掻き消えた。


 風が止み、森が沈黙する。




「今のうちに……」


 耀が静かに口にした。烈炎と視線を交わす事なく、動き出す。

 互いの呼吸で相手の動きを読んで進む。

 蓮次を抱えた耀は木々の間を駆け抜け、烈炎はその背を守るように後を追った。


 やがて、屋敷の灯が見えた。

 点々と夕闇に浮かぶのは鬼火と灯明の群れ。面のように光を放つのは朱炎が張った結界だ。


 耀は蓮次を抱えたまま結界を抜け、奥へ駆け込む。

 一方の烈炎は中には入らず、外に留まる。敵の追跡があるかもしれない。

 結界の中に踏み込ませることだけは、絶対に許されないのだ。


 もし姿を現せば、斬る。


 烈炎は神経を研ぎ澄まし、暗闇の向こうに視線を走らせた。




 耀は廊下を進んでいた。腕の中の蓮次を安全に部屋に届けなければならない。


 途中、朱炎の部屋の前を通った。

 奥から低い声が漏れ聞こえた。

 穏やかに応えるのは、女の声――紅葉だ。


 二人は、これからの旅の支度について話しているのだろう。


 その声音に触れたとき、耀の胸が微かに疼いた。

 どうしても心を揺さぶられそうになるが、この感情は不要なものと理解している。


「…………」

 

 迷いを振り切るように、耀は足を速めた。





 紅葉と蓮次の部屋に辿り着く。

 耀は蓮次をそっと床に下ろし、自身も壁際に腰を下ろした。

 結界内とはいえ、油断は禁物。

 いつ襲われても守れるよう、神経は張り詰めたままだ。


「……耀、だいじょうぶ?」


 蓮次が心配そうに耀を見上げた。


「蓮次様が案ずることはありません」


 耀は穏やかに微笑んた。

 しかし、蓮次は眉をひそめたまま、じっと耀の顔を見つめている。


「よーうー」


「え?」


 突然、蓮次が耀の袖を引っ張り、耳をつまみ、挙げ句の果てには背中に張りついた。

 動かなくなったかと思えば――首筋に鼻息をかけられる。


「れ、蓮次様っ!? なにを……っ!」


「がぶっ!」


「っぉあああっ!?」


 首を噛まれた耀の悲鳴が響いていた。


 騒がしさに重なるように、床を擦る足音が近づいてくる。


「ははうえ!」


 穏やかな笑顔を見せたのは、紅葉。

 

 蓮次は耀から離れて紅葉に駆け寄った。

 その小さな体が勢いよく飛びつくと、紅葉は蓮次を抱きしめ、頭を撫でた。


 穏やかな空気が満ちる。


 耀が紅葉を見つめる。彼女の表情を見る限り、朱炎との話し合いも無事に終わったのだろうと分かる。

 そして、紅葉の背後には朱炎――主の姿。変わらず無表情だ。


 耀が立ち上がる。すると、突き刺すような鋭い視線を向けられた。

 言葉はなかった。だが理解できた。


 ――部屋に来い


 耀は思わず息を止めてしまった。すぐに動かず固まっていると、主は圧だけ残して去ってしまう。


(朱炎様は、お怒りなのか?)


 主の機嫌があまり良くないように思えた。

 あの鋭い目つきは心臓に悪い。胸の鼓動が一気に早まってしまった。


 ふと目の前の母子に目を向ける。


 紅葉は蓮次に寄り添い、穏やかな表情で過ごしている。蓮次も、今日の修行の成果とやらを楽しそうに話している。

 この様子から、朱炎の機嫌を損なった原因はこの二人には無いと分かる。

 原因は、自分かもしれない。不安が募り、すぐに部屋を出ようとした。


「あれ? 耀? だいじょうぶ?」


「え?」


 蓮次に呼び止められた耀が、驚いて振り返る。一瞬、何を心配されているのか理解できなかった。

 耀がきょとんとしていると、「父上におこられるよ」蓮次が続けた。


「……あ、ああ」


 うまく言葉を返すことができず、自らの思考の乱れに情けなさを覚える。


(やはり、朱炎様の血を引く方だ……)


 耀は苦笑した。


(怒られる……か? 怒られるような事をしただろうか……まぁ、無いこと無いが。いや、それよりも)


 敵の話、旅先の話や鬼女紅葉の話。報告しなければならない事がたくさんある。

 耀は急ぎ朱炎の部屋に向かった。


 



 だが、手前まで来て思わず足を止めてしまう。

 蓮次の言葉の通りになるかもしれない。

 いつになく、部屋から漏れ出るほどの荒々しい気が満ちている。


 耀の掌が汗ばんだ。


  


 




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― 新着の感想 ―
うーん敵の気配。こんな時でも「主の視線ならすぐわかる」っていっつも朱炎様ぁ♡って感じの耀\(//∇//)\ 圧倒的とかどれだけ惚気てるんだ。 そっか朱炎様じゃないんだ、だれかな。 おうち到着٩̋(ˊ…
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