48.新しい家族(2)
耀は全速力で森を駆けていた。
(急がねば、紅葉様の魂が消えてしまう)
大きな岩を飛び越え、川を渡り、さらに進むと、土の匂いが濃い場所に出た。
土――。
閃いて、思考が繋がる。
(そうか……火土丸と紅土は、このために!)
火土丸と紅土。彼らには親がいない。土から生まれた、特殊な鬼だ。
耀の脳裏に、ある日の光景が蘇る。
――朱炎は、無念を宿した二つの魂を捉えていた。近づく耀に言葉一つ告げず、淡々と土塊を呼び寄せる。やがて土塊が人型になると、その中央に光の玉を置き、掌から一滴ずつ血を垂らした。
紅のしずくが土へ染み込む。
光はゆっくりと溶け込み、形を成した。
土から鬼が誕生した。
それがあの二人、火土丸と紅土だ。鬼としては異端な出自――朱炎の試みの成果である。
(朱炎様……やはりあなたは、常に先を見ておられる)
昂る気持ちで、耀は足を速めた。
(もうすぐだ……)
屋敷に到着。
屋内に駆け込むや否や、耀は息を切らしながら叫んだ。
「火土丸! 紅土! 急げ、女の体を今すぐ作れ!」
「はぁぁ!??」
床に寝転がっていた火土丸と紅土が飛び起きた。
耀は焦っている。
「話は後だ! 早くしろ!」
「ねぇ、どういうこと?」と紅土が首を傾げる。
すぐに動かない二人に、耀は短く説明する。
「土を盛れ。お前達の母となるお方だ」
そう言いながら、手から溢れる光を見せた。
耀の言葉に、二人は目を丸くし、次の瞬間には顔を見合わせる。
「行くぞ!」
「うん!」
屋敷の外に飛び出した二人。
土を掻き寄せ、必死に盛る。
「もっとこう、こうだろ! いや違う、腕が変だ!」
「やだ! 下手くそ!」
「うるせぇ!」
泥遊びのような光景だが、二人の動きは真剣そのものだ。耀はその様子を見守りつつ、掌の光に意識を集中させていた。
「……あと、少しです」
耀はこの状況に、改めて思う。やはり朱炎様の先見に狂いはない、と。
「――出来た!!」
火土丸と紅土が、同時に声を張り上げた。
耀はすぐに駆け寄る。
目の前にあるのは、泥と土を積み上げただけの粗い像。人の形を模してはいるものの、まだ不格好で、首や腕の線は崩れかけている。だが――充分だ。
耀は両手に抱えた橙の光を、そっと近づけた。
「紅葉様……どうか、ここへ」
光はふわりと漂い、土の女の胸もとへ吸い込まれていった。
次の瞬間。
――ぼうっと、橙色に輝いて広がる。
ただの土塊。それはひと呼吸のあいだに、滑らかな肌に変わり、黒髪がするすると肩に流れた。
やがて――そこに現れたのは、裸身の一人の女。
「うわぁぁぁぁっ!?」
火土丸は、真っ赤になった顔を両手で覆うと、そのままずぶんと土に潜った。
一方で紅土は、目をまん丸に輝かせたまま呟く。
「きれい……」
きらきらと喜びを溢れさせながら眺めていた。
息づくように光を放つ女――鬼女紅葉。
耀も息を呑んで眺めていた。
(やはり……朱炎様は、ここまでを見越しておられた……)
耀は目を閉じ、朱炎を思い出す。
それが、隙となり、仇となる。
「――っ!?」
どん、と強い衝撃。耀は地面に打ち付けられた。
続いて橙の光が爆ぜる。
結界が張られたのだ。
「耀!」
紅土が慌てて駆け寄り、結界を叩く。
「耀! 大丈夫!?」
返答はない。
一体なにが起きたのか。
「な、おい、何だ今の!?」
火土丸が、土の中からぽんと顔だけを出した。
「分かんないよ! 見えないの!」
「おい紅土! 何とかしろよ!」
「わ、私に言われても……!」
紅土は結界の中をじっと見つめる。
火土丸は頭を抱えて地面に転がった。
「くそっ、どうすればいいんだ!? 耀が、あんな美人に……押し倒されて……」
「なに言ってんの! 馬鹿なの!」
「そう見えたんだよ!」
「はぁ!?」
結界の中で何が起きているのか。
耀は無事なのか。
それとも――。




