表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: Yonohitomi
二章
151/167

42.共生の地と耀の過去(5)

 



 耀はようやく眠りに落ちた。

 浅く乱れた寝息。痺れの残る体は時折ぴくりと震え、額には汗が滲む。


 紅葉はその横顔を見つめていた。


 青い睫毛の下に隠された瞳は、これまで何を映してきたのだろうか。

 胸に浮かぶのは疑問ばかりだった。


 ――なぜ、この子はあの男に命まで捧げると言えるのだ。 


 道具のように扱われることすら悦びなのか。

 『私は、生かされた身……ゆえ……』と彼は言っていた。


 朱炎は紅葉にも、もう一度生きてみないかと告げていた。


 朱炎とは何者なのだ。信じてよい存在なのか。


 紅葉の視線は、耀の耳へと移る。

 そこに光る飾り――朱炎が与えた針。曰く「文」。


 朱炎の意思そのもの。つまり、心を読むことができるもの。

 紅葉は思った。

 うまくやれば、この子と朱炎、双方の記憶を覗き見られるやもしれぬ、と。


 あの時、耀は耳飾りを奪われるのを嫌がり、表情を曇らせ、悲しみに満ちていた。あれは偽りではなかったと思われる。朱炎を強く慕っている証。


 ならばこそ、確かめたい。


 ふたりの出会い、共に過ごした時間。

 その中に、あの男を信じる理由が隠されているのではないか。


 紅葉は生前、自らが妖術使いであり、人の心を操ったことを思い出す。


 ――きっと読める。二人の交わりを。


 紅葉は耀の額に指を添え、もう一方の手で耳飾りに触れた。

 冷たい金属の奥から、かすかな熱が脈打つように応えた。


「お前たちの記憶を……見せてもらおう」


 囁きは闇に溶け、紅葉の意識は膨大な記憶の奔流へと沈んでいった。






 ――炎。



  


 次の瞬間、耀の記憶が紅葉の中に流れ込んだ。


 燃え盛る屋敷。


 轟々と音を立てる炎に照らされ、鬼の咆哮と悲鳴が交錯していた。


 耀の一族――青鬼一族が棲む村。

 人と鬼がともに暮らす地に、獰猛な鬼達が乗り込んできた。


 幼い耀は柱の陰に蹲っていた。声は出せず、体は凍りついたように動けない。


 目の前で父と母が鬼に喰われる。

 鬼が鬼を喰う。

 兄も姉も、妹も。屋敷にいたすべてが血に沈んだ。


 残されたのは、自分ひとりだけ。


 炎が崩れた壁を砕き、轟音が響く。小さな身体が震え、そのわずかな物音が敵の目を引いた。


 ――見つかった。


 ぬらりと笑みを浮かべる鬼の影。ゆっくりと近づいてくる。

 耀は戦えなかった。逃げることさえできなかった。

 足は地に縫い付けられたように動かず、ただ見上げるしかない。


「こいつは使えるな」


 冷酷な声。次の瞬間、身体は宙に浮かんだ。荒々しく腕に抱えられ、屋敷の外へと連れ出される。


 外では、青い髪の大鬼――耀の祖父が、幾十もの鬼を相手に戦っていた。村人を守るために。


 耀は助けを求めた、祖父に。

 青い髪の大鬼が振り向く。その眼が、耀を捉えた。


 敵の腕に抱えられ、恐怖に震える孫の姿を見つけた。


「……耀!」


 叫びが夜に響く。

 祖父は身を翻し、孫を取り戻そうと飛びかかった


「どうか、その子だけは!」


 敵は嗤いながら祖父を吹っ飛ばした。


「ああ、この子は殺さん。使えるからなぁ!」


 その言葉に、祖父の動きが止まった。

 勝ち目がない、と力の差を悟ったのかもしれない。けれど、それだけではない気がした。



 助けてくれないのは――

 殺さない、と言われたから?



 すでに祖父は背後を振り返り、村人達が次々と敵に襲われている姿を目にしていた。

 もう、耀を見ていない。


 嫌な予感――それが幼い耀の胸を侵食していく。

 助けてとは言えなくなり、耀は固まった。


「…………」

 

 再び、祖父がこちらを向いた。


「……その子はやる。代わりに村人を殺すな。もうやめてくれ」


 この時、耀の何かが崩れ落ちた。


 捨てられるのか? 自分は、守られないのか?


 胸を締めつける悲しみ。言葉にもならない絶望。

 祖父が人間の命を守るため、自分を差し出したと悟った瞬間だった。


 信じられない思いで祖父を見つめた。


 けれど。


 祖父の表情が一瞬だけ揺らいだように見えた。炎に照らされ、涙のような光が閃いたように。


 耀はそれを見逃さなかった。だから理解できたのだ。

 

 祖父の願いは――きっと。






 やがて、祖父は敵の目から見えぬように顔を隠し、声を押し殺すようにして、こう言った。


「生きなさい、耀」


 別れの言葉。

 呪いのように幼い胸へと刻み込まれる。


 だから必死に祖父へと手を伸ばした。


 しかし、その手は届かなかった。

 耀はそのまま、連れ去られてしまう。



  


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
紅葉さんそんな術使えるんだ。 全部見られちゃう……\(//∇//)\ 祖父と村の話ですね。 悲しいだろうな…… 祖父の願いはきっと……生きなさいということだったら、イコール生かされてねということでし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ