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  作者: Yonohitomi
二章
149/168

40.共生の地と耀の過去(3)


 


 耀は岩山の裂け目に身を滑り込ませた。

 今、祠守(ほこらもり)が指し示した場所に来ている。鬼女・紅葉の魂が眠るという岩屋だ。


 しかし。


 暗い洞穴を前に、耀は立ち止まった。

 妖気も気配も、何も感じられない。あまりに不自然な静けさだ。


「……ここではないのか」


 耀は岩山を迂回し、別の洞穴を探すことにした。

 少しばかり崖を登る。

 すると影が満ち、空気がすんと冷えたのが分かった。


(……何か……感じる……)


 たどり着いたかもしれない。

 目の前には、木の札がいくつも立てられた怪しげな洞窟があった。


 その奥から漂う気配に耀は直感した。


 (ここか……)


 迷わず足を踏み入れる。

 岩肌から滴る水は、音までもが肌に纏わりつくように粘り気がある。


(気が淀んでいる。あまり、長居はしたくないな……)




 突然だった。




 ――――!!





 鋭い痛みがこめかみを締めつけた。

 視界が波打ち、光がちらつく。思わず額を押さえてしまう。


「…………いるのか」


 声を絞り出すが、返事はない。

 呼びかけても、その声は闇に吸い込まれるばかりだった。


(どうやら……間違いないな……)


 頭痛は治まらない。しかし奥へと進まなければ。

 耀は苦しみながらも一歩を踏み出した。


 その瞬間――。


 奥から閃光が走った。轟音とともに稲妻が炸裂し、石壁を爆ぜさせる。


「ッ……!」


 咄嗟に跳び退いた耀の足元に、黒い焦げ跡が広がる。空気には焼けた臭いが漂った。


 だが、攻撃は止まらない。雷光は容赦なく落ち続ける。

 必死にかわすものの、頭痛で動きが鈍り、視界は暗く滲みはじめる。


(このままでは……!)


 そう思ったのと同時。

 稲妻が直撃した。


 轟音とともに、耀は地面へ叩きつけられる。


「……ッぐ……!」


 背を打ち、転がり、全身に電流が走る。筋肉は痙攣し、這いつくばったまま動けなくなる。


「……っ……!!」


 呻く耀の前に、濃密な闇が集まりはじめた。それは人の形を失った巨大な怨気。

 そこから伸び出てきた大きな手は異形と言える醜いものだった。

 その手が耀の顎を強く掴んだ。


「何者か……妾を呼び覚ました……」


 低く濁った声。女の声でありながら、人の響きを逸脱している。


(これが……紅葉様……)


 耀は用件を告げたかったが雷の術が身体を蝕み、舌が痺れて答えられない。


「……そうか、答えぬか」


 違う、話をしたいのだ。術を解いてくれ。そう願う耀の思いは、伝わらなかった。


 ふと、鋭い爪が耳元へ滑り、視界を共有するための耳飾りに触れた。

 耀の胸に焦りが走る。


(やめろ……! それは……朱炎様からの……)


 抵抗しようとしても体を動かすことができない。

 その爪は朱炎の針をなぞり、耀の耳朶をふにふにと弄んだ。


「っ……っ!」


 耀の瞳が潤む。

 紅葉の喉から、くっくっと嗤う声が響いた。


「ふふ……若いの。耳を赤らめおって……可笑しな鬼よ」


 耀は敏感な耳を弄ばれる。雷撃の痺れと重なって、身体の奥から奇妙な疼きを感じてしまった。


「……っ……!」


 紅葉は愉快そうに笑った。


「この耳飾り、ただの品ではあるまいな」


(そう……これは朱炎様と繋がる……大切な……)


 耳が、身体が熱を帯び、意識が遠くなっていく。


 


 そのとき――。


「ほう……」


 興味深げな声が響き、怨念の影は徐々に女の姿をとり始める。

 痩せ細り、爛れた皮膚に乱れた髪。眼窩からは黒い炎が漏れている。

 醜い老婆のようでもある。


 姿を現した紅葉は耀の顔を両手で持ち上げ、深く覗き込んだ。


 耀の左目。

 青い瞳の奥に――別の影が映っている。


「…………誰だ」


 耀は答えられない。だが、分かる。


 漆黒の着物を纏った鬼の王。

 朱炎だ。


 脳裏に無理やり流し込まれる映像で、見ることができるらしい。

 耀の自我は遠のいており、ただ遠巻きに眺める感覚だった。


 朱炎が紅葉に向けて言葉を放つ。


『我が使いだ。あまり強く痛めつけるな』


 堂々とした声に、かすかな笑みが帯びている。


 紅葉の目が細められた。


「無礼な。まず挨拶が先であろうが」


 怒気を含んだ声が轟き、岩肌が震える。怨気は濃さを増し、雷光が耀の体を打ち続けた。


(……朱炎様……!)


 耀は心の中で叫んだ。

 だが、朱炎は耀に構うことなく挨拶を交わした。このまま、紅葉との対話を進めるようだ。


「しかし、朱炎。まずは術を解けと頼むのが主の務めであろう? この小鬼が壊れてしまうぞ」


 嘲笑うように紅葉が煽った。

 それに対し、朱炎は涼やかに答える。


「心配には及ばぬ。この子は痛みに強い」

 

 耀の脳裏に映る朱炎は、わずかに口角を上げていた。

 紅葉は裂けた口を大きく開け、嗤うしかない。


「使いが嬲られる様を愉しむか。ずいぶんと歪んだ絆よのお」


 言い終わると同時に紅葉の怒気は弱まった。

 耀の身体を侵している雷撃もほんのりと和らぐ。


 だが。

 耀はかえって痛みよりも快楽の溝へと落とされてしまう。


(……朱炎さまっ…………!)


 




 岩屋の奥で、鬼の怨霊と鬼の王が相まみえる。

 耀はその媒介として、朦朧とした意識のまま、瞳に映される光景を見ていた。


「……さて。何の用ぞ。妾を叩き起こしてまで。つまらぬ話ではあるまいな」


 朱炎は片眉を上げ、静かに返した。


「もちろんだ」




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― 新着の感想 ―
ん? 何だか前もこんな洞穴のシーンがありましたね。こんどは鬼女さんを探しに…… お? こめかみってまさか……\(//∇//)\ うわぁ稲妻、こわいねぇ。 で……電流……!? あれ? やっぱりあの方が?…
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