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  作者: Yonohitomi
二章
148/166

39.共生の地と耀の過去(2)





 耀は隣村へ向かうため、静かな森を歩いていた。


 探すのは鬼女紅葉。

 朱炎の妻と同じ名を持ち、同じく人から鬼へと堕ちたと伝えられる女鬼だ。


 噂だけは耳にしていた。強大で、誰も近づけぬほどの圧を放つ鬼だと。この辺り一帯を震撼させるほどだというのに、その気配はどこにも感じられない。


 それほどの鬼ならば、隠すことなどできぬはず。

 なのに──。


 耀は足を止め、眉をひそめる。


 視線の先、木立の奥に苔むした石段が見えた。その先に、ひっそりと社が建っている。


「……青鬼大明神社」


 掲げられた扁額は立派だが、社殿は小さく、二間ほどの質素な造り。

 黒ずんだ木壁、苔を抱えた屋根は、長年の雨風を物語っていた。


 耀はその佇まいを仰ぎ見た。


(……これは)


 かつて、この地には青鬼の一族が住んでいた。耀の一族だ。

 人と共に耕し、祭りをも楽しんだ。


 しかし、この地にもう青鬼一族は居ない。

 村人はその縁を、思いを、この社に残したのかもしれない。


(…………)



 風が梢を揺らす音の中──。

 かすかな箒の音が聞こえてきた。


 しゃり、しゃり、と乾いた葉を集める音。


 境内の端に、背を曲げた老人がいた。竹箒を動かし、落ち葉を集めている。

 白髪の頭を揺らしながら、真摯に掃き続けている。


 耀が老人の元へと近づく。


 老人はふと顔を上げ、耀を見た。


 がたり、と箒が石畳に落ちる。


「……あ、あお……青鬼……様……?」


 群青の光を放つ髪。その髪の色を目にし、老人は硬直し、膝を折った。

 恐怖、驚き、信じられぬ思いがないまぜになり、ついには地に額を押しつける。


「……まさ……まさか、とは……思います、が……しかし、青鬼……様……」


 老人は混乱しているようだ。

 耀は無言で見下ろしている。睨むでも、威圧するでもなく、ただ静かに。


 やがてさらに歩み寄り、声をかける。


「……お前は、この社を護る者か」


「は……は、はい……代々、この社を守る祠守の家系にございます。祖先より、鬼の一族に救われた恩を伝え続け……」


 耀は目を細め、頷く。


「……話を聞かせてほしい」


「は、はい……! 粗末な家ではございますが、どうかこちらへ……」




 案内されたのは社殿の隣に寄り添うように建てられた小さな建物。

 木造の簡素な屋敷だが、手入れは行き届いている。


 奥の間に通された耀は正座して待つ。

 その姿は、鬼でありながら、人の作法に従い座すという、老人から見れば奇妙な姿として映った。


 老人はしばし迷うように耀を見つめ、やがて、語り始めた。


「……昔、この村を鬼の群れが襲いました。人も鬼も喰らう恐ろしい一族──喰羅族と呼ばれております」


 耀の瞳がかすかに揺れた。だが口を挟まず、耳を傾け続ける。


「その時、ひときわ大きな青鬼様は……喰羅族から村を守るため、力を振るわれました」


 耀はそれが自分の祖父だとすぐに理解した。

 老人の話は続く。


「戦いが激しくなる頃、喰羅族に一人の幼い鬼が捕まりました。その時、青鬼様はこう仰ったのです、その子を差し出す代わりに、村人は襲うなと……」


 耀の胸に、幼き日の記憶が蘇る。


「……そして、幼子ひとりが連れ去られたと」


 耀は思い出す。喰羅族の長――羅刹に抱えられ、遠ざかっていった光景を。

 指先が微かに震えた。


 老人は一息つき、続ける。


「ですが喰羅は卑劣でした。約束を破り、村人にも牙を向けました。そこで最後まで抗った青鬼様は、命を落とされたのです」


 老人の目に涙が滲む。


「村は救われました。ゆえに我らは青鬼様を神とし、この社を建て、祀り続けてきたのです」


 沈黙が落ちる。

 耀は黙っていた。

 

 やがて老人は、ためらいがちに問う。


「……もしや……」


「…………」


「もしや……攫われた幼き鬼というのは……」


 耀は答えず、瞼を閉じただけだった。


 それだけで十分だった。老人は深く平伏した。


「……っ、なんと……なんと……」


 老人はしばらく床に額を押し付けたまま、嗚咽をこらえるように声を震わせる。


「……こうして生きて、この地に戻られたと…………っ、青鬼、様……」


 老人はなおも感謝の言葉を繰り返していたが、耀は何ひとつ応えなかった。


 やがて、老人の言葉を遮って耀が問う。


「……このあたりに、強い女鬼がいただろう。名は紅葉。その行方を知っているか」


「……鬼女紅葉様のことにございますか」


「ああ、そうだ」


「……あの方は、討たれました。都から来た武士に……」


「…………」


「……ですが」


 老人は囁くように付け加えた。


「魂は岩屋に留まっていると……そう申す者もおります」


 耀の眉が吊り上がる。


「……岩屋。その場所を教えてくれ」


「……はっ」


 老人は震える指で北の方角を示した。


「この先……」


 岩肌に穿たれた大きな穴。その奥が隣村に通じている。通り抜ければ別の岩山が見え、さらに裏へ周って奥に進めば、目的の岩屋がある、と。





  


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― 新着の感想 ―
耀お疲れ様です(* ॑꒳ ॑*) これは生かされましたのあのシーンと繋がってるのでしょうか。 かつての耀は村を守るために差し出されたのですね。 悪人っていつも約束破りますよね…… はぁい生かされて最…
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