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  作者: Yonohitomi
二章
140/167

31.旅の準備(6)




 屋敷の裏手、結界の外。


 月明かりの下、鬱蒼と木々が茂る一角で、熱い気を放っているのが烈炎だ。


 豪快な体躯を誇る彼は、額に汗を滲ませながら、木を相手に拳を打ち込んでいる。足元の土がえぐれ、木には無数の傷が刻まれていた。


「……あまり、木を傷つけるな」


 耀が姿を見せると、烈炎はちらりと視線を向けた。


「おい、耀。なんだ、朱炎のところに行ったんじゃねえのかよ?」


 烈炎が、わずかに棘を含んだ笑みを浮かべる。

 耀は傷ついた木と烈炎の間に割って入り、木の幹にそっと手を置いた。


「蓮次様の稽古のことだが……」


 烈炎が「ああ?」と嫌そうな顔をしたが、耀は続けた。


「もう少し、頭を使わせてやってほしい。力だけではなく、なぜ戦うのかを学ばせたい」


 烈炎が鼻で笑う。


「戦う理由? そんなの決まってんだろ。強くなるためだ。強けりゃいいんだよ。力は力、強さは強さだ。十分だろ」


 耀がため息をつく。そして、改めて烈炎に向き直った。


「お前は、なぜ朱炎様の元にいる?」


 耀の声には、鋭さが混じる。


「忠義を誓ったわけでもないお前が、こうしてここにいる理由だ。自分でも分かっているはずだ」


 烈炎は「うるせぇ」と、短く言い放ち、耀から視線を逸らす。





 ――思い出すのは、遠い日の記憶。


 烈炎の脳裏にあの頃の光景が蘇る。


 まだ若かった烈炎は、朱炎を倒せると本気で信じて、この地に乗り込んできた。


 しかし結果は――惨敗。歯が立つどころか、全身を打ち据えられ、地面に這いつくばるしかなかった。


 倒れ伏した烈炎に、朱炎はこう告げた。


『お前は強い。だが、弱い。守るための強さを、私の元で学べ』


 この言葉の真意。当時の烈炎には理解できなかった。


 その後、朱炎と半強制的に血の儀式を交わされ、この屋敷に留まることになった烈炎。


 時が経つにつれて、朱炎の強さの本当の理由を理解し始めた。


 愛する妻を守る姿、側近の耀を思いやる眼差し――それは、ただ力で押し潰すだけの者には持ち得ないものだった。


 気づいてしまったのかもしれない。


 朱炎の強さが、誰かを、何かを守るためにあることを。


 本当なら、いつだってここを離れることはできたはずだ。忠義を誓ったわけでもない。けれど、自分はまだここにいる。


 ――認めたくはない。





「俺は朱炎を倒してぇだけだ」


 烈炎は、過去の記憶を振り払うようにそう言った。


 耀は静かに返す。


「お前では、朱炎様に敵わない」


 烈炎は舌打ちし、次の瞬間、耀へ拳を振るった。

 風を切る音とともに、強烈な一撃が迫る。


 耀は即座に氷の壁を立て、攻撃を受け止めた。


「お前には、守るものがない」


「守るもんなんてねぇよ! 壊してぇもんはあるけどな!」


 烈炎の拳に力が込められ、氷の壁にひびが入る。蜘蛛の巣状に走ったひびは一斉に鳴り、氷は霧の粉となって弾け飛んだ。


 烈炎が勢いのままに攻め入る。


 だが、耀はすでにその場にはいなかった。彼は軽やかに宙を舞い、近くの木に飛び上がっていた。そして、木の根元に向けて、掌から青い光を放つ。


 刹那、木の枝がめきめきと音を立てて伸び、烈炎と耀の間に分厚い壁を作り上げた。


 枝に守られた耀が、上から言葉を投げる。


「お前は力だけで術が使えない。気が使えない証拠だ……私にだけでも気を遣ったらどうだ?」


 その言葉とともに、耀の姿がふっと掻き消えた。


 ひらひらと木の葉が舞う。


 烈炎は怒らなかった。むしろ口元がわずかに吊り上がる。


 別に、守りたいものが完全にないわけではない。術が全く使えないかというと、それも違う。朱炎の元に来てから、火の術だけは習得している。


 耀もそれに気づいていたはずだ。あえて使えないと挑発してきたのだろう。


「……面白ぇな」


 呟き、笑みを浮かべる。


「やってやろうじゃねぇか」


 これは、耀の言葉を打ち破ってやるという意味だ。


 そして、もう一つ。


 朱炎しか見えていない耀を、いつか壊してやろうという複雑な感情が入り混じっていた。






 翌日。


 蓮次の稽古のために集まった者たちは、いつもと違う空気を感じ取っていた。


 これまではただ走り回る遊びに近かった訓練が、今日は違う。


 烈炎は真剣な眼差しで蓮次を見据えた。


「蓮次、よく聞け」


 烈炎が指差した先には、二人の鬼が立っている。


「お前が助けなければ、あの二人が死ぬ」


 その一言で、蓮次の顔色が変わった。

 驚き、そして胸を抉るような悲しみが入り混じった表情。


 烈炎はその壊れそうな表情を見て、唇の端がわずかに跳ねた。


 

 


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― 新着の感想 ―
月明かりの下、だけでミラクルロマンス\(//∇//)\ 烈炎は豪快な肉体で木を殴りまくってるのか、耀がおめめぱっちりで朱炎様のところいくから。 って思ってたら朱炎のところに行ったんじゃねぇのかよって…
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