25.結界の外 -烈炎の気持ち-
烈炎は、結界の外にひとり取り残されていた。
夜の静寂が周囲を包む中、彼の視線は屋敷の奥――耀が消えていった方角を追っていた。
命令されたから残っている。そう、それは間違いではない。だが本当のところは、それだけではなかった。
耀の、あの表情が、頭から離れなかったのだ。
――壊れそうな目をしていた。
あれは焦燥か、羞恥か、それとも怯えか。耀にそんな顔をさせたのは誰だ? 朱炎か? それとも、自分か。
烈炎はその場にしゃがみ込み、土をつまみ上げた。赤い破片とともに。
朱炎が握り潰して耀に見せた赤い破片――あれは、もしかして自分が残した“熱”なのではないか。そう思えた。
胸の奥に微かな痛みが走る。
あの時、耀の髪に触れた。繊細な青。闇に月光を混ぜたような群青。
ほんの一瞬だが、耀の表情が崩れそうになっているのを見て、「このまま触れたら本当に壊れてしまうのでは」と思えた。
試してみたくなったのだ。それはとても衝動的に。
それを朱炎が読み取ったとすれば――
「……まさかな」
いや、朱炎なら、あり得る。
赤い破片は、その“想い”を朱炎が抽出し、石のように固めたものだったかもしれない。
そして耀の前でそれを砕いた。まるで、「お前の気持ちはこの程度だ」とでも言うように。
見せつけ、壊す演出。
それを見せた後の朱炎の表情――勝ち誇ったような、あれはまさしく「奪った者」の顔だった。
『余計なものが寄り付かぬようにな』
朱炎はそう言って烈炎に見張りを命じた。
外部からの侵入者に対する命令かと思った。だが、思い返せば、あれは――
耀に、お前が近づくな。
「……クソ野郎」
その意図があったからこそ、あの笑みだったのだ。
烈炎は、朱炎という鬼を“化け物”だと強く思った。
結界で空間を操作し、他者の想念を奪い、具現化し、砕く。
地獄へ引きずり込む力も持ち、誰の感情も見透かし、掌の上で転がす。
(そんな鬼……他にいるか?)
こんな鬼がどこにでもいたら、世界はとっくに終わっている。
(やっぱ化けモンだ……)
なのに――耀は、そんな朱炎に心を捧げている。自らを削ってでも、彼に仕えようとする。
――なぜだ。
烈炎には、それがどうしても納得できなかった。
彼が耀に求めているのは、主従でも忠誠でも恋でもない。
ただ、耀が耀自身の意思で、耀として生きてほしいと思っている。なのに彼は、いつも朱炎の影にいる。
……倒せるか?
朱炎を――。
一瞬、そんな考えが烈炎の脳裏を過ぎった。
だが、すぐにその考えを振り払うように、近くの大木へと歩き出す。サッと太い枝に登り、寝転がった。
見上げた夜空には月が浮かび、輪郭の曖昧な雲が流れる。
「……まぁ、いいか」
そう呟いた声は、どこか空虚だった。
「結局……敵は何だったんだ?」
思考はまとまらず、なぜここに居るかとぼんやりと思う。
この先のこと――朱炎の動きも、術師の正体も、耀の心も。
考えれば、すべてが面倒だった。




