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  作者: Yonohitomi
二章
132/167

23.結界の外 -耀と烈炎-



 耀は、主の帰還を見届けた。


 見つめる先には朱炎、紅葉、蓮次――ひとつの“家族”が確かにあった。


 心の奥で何かが静かに波打つのを感じながら、耀はじっと立ち尽くしていた。


 温かな光景。


 だが、胸の内は落ち着かない。朱炎の帰還に安堵しているはずなのに、どうしてだろうかと思う。


 耀は目を伏せた。


 そのとき――


「お前も少し休め、耀」


 声に振り返り、耀は一瞬、戸惑った。近くにいた烈炎が言ったのだ。


 烈炎はどこか腑に落ちないというような顔をしていた。だが、その理由を聞くのは野暮だろう。


「……そうだな」


 どこか影を帯びた返事をして、耀は踵を返す。

 屋敷の奥、自室へと足を向けた。




 灯りのない部屋は、夜の深さに溶け込んでいた。

 耀は、ふと胸に手を当てる。


 この手で守るべきものは何か、心得ている。朱炎と、その隣にある“家族”。

 けれど、心がふっと締め付けられたのだ。


 自分は父と母を失った過去がある。目の前の家族に一瞬でも羨ましさを覚えたというのなら、なんと愚かな事だろうか。

 何もかも失った自分を拾い上げたのは誰か。


 朱炎様――と、心の中で主の名を呼ぶ。


 耀は大きく息を吐いた。それでも胸の苦しさは変わらない。

 自室に戻ってきたばかりだったが、篭っていられず庭へ出てしまう。


 冷たい夜の空気が肌を刺した。


 息苦しさは、結界のせいだろうか。


 耀は結界の外へ出ることにした。


 自分の思考を、どこか遠くへ流してしまいたい――そんな気分だった。




 結界の外は、やはり軽かった。


 朱炎が張った結界が緩められていたとしても、やはり息苦しさは残っていたのだ。


 森を抜け、冷ややかな風に身を晒した。


 月の光は澄んでいて、地面を白く照らしていた。


(少しは、気が晴れそうだ……)




 そのときだった。


 ――何かいる。


 反射的に背後を振り返る。空気が一瞬、引きつれる。


 気配は、細く、鋭い。

 場所は遠くも近くもない。

 今ここにいるが、次の瞬間には消えそうに思える。そんな微弱な感覚。


 耀はすぐに駆け出した。


 気配が逃げる。


 速い。あの気配は、異形ではない。放ってはおけない。


 瞬間移動で追えば、見失う可能性がある。そう思えるほどの繊細さ。


 だからこそ、全力で走った。


「そこか――!」


 指から放たれた術は、まるで糸のように空を裂く。しかし、それは途中で止まった。


 目の前に立ちはだかったのは――


 烈炎の影。




「烈炎!?」


「くそっ! 消えやがった!」


 烈炎が歯を噛み、憎々しげに吐き捨てる。


「……なぜお前がここに?」


 耀が低く問うた。


「お前こそ、休んでたんじゃねぇのかよ」


 烈炎の言葉に、耀はわずかに言葉を詰まらせた。


「少し……気分を変えたかっただけだ」


 耀は視線を合わせられず、夜の地面を見つめる。


 月明かりが、二人を包んでいる。


 空気はひどく澄んでいて、風はなく、虫の音も運ばれてこない。静かだった。


「なあ、耀」


 烈炎の低い声。


 耀は応えない。ただ、身を引いた。

 そこで、空気が変わる。


 烈炎が一歩、耀へと近づいてくる。耀の身体がそれに反応して後ずさる。


 何を考えているかは、耀はすぐに理解できた。だが、烈炎の手を払いのけることはなかった。


(どうすべきか……)


 考えながら後ずさっていると、背後の木にぶつかる。


 逃げようと思えば、逃げられる。


 だが、この状況。誰かのやり方に似ている。

 それは。


 ――朱炎様のやり方。


 選択肢を奪い、逃げ場をなくしてから問う、あの冷酷な戦術。

 その記憶に、唇の端が自然に持ち上がる。


 顔を上げれば、烈炎の瞳が赤く煌めいていた。

 朱炎と同じ赤の瞳。


 耀は、その視線を静かに受け止めた。


 ……何が起きても、おかしくない。


 


 



「――敵を追わずに、何をしている」


 低すぎる声が落ちてきた。


 耀は瞬時に後方へ跳び、膝をついた。烈炎は頭を掻きながら、舌打ちを漏らす。




 凄まじい圧に、耀は声を絞り出すしかなかった。


「申し訳ございません、朱炎様……」


 今さら、主を前にして声が震えたのは、なぜだろうか。




 月光の下、すべてが凍りついたように、静かな緊迫が広がった。



 

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― 新着の感想 ―
家族を見て、朱炎様――って思っちゃう耀、結界の苦しさじゃなくて正真正銘、恋の苦しさ……もうサウダージすぎます(←サウダージしか言ってない) もう朱炎様なんて知らないっ……家出しちゃうんだからぁっ………
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