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  作者: Yonohitomi
二章
128/167

19.鬼の修行(13)




「紅葉様!」


 耀が叫ぶ。そこにいたのは、やはり紅葉だった。掠れた声で、何かを必死に伝えている。


「耀! れん……じが……!」


 奥では烈炎が朱炎に突撃していた。


 その反動で瓦礫が熱風に煽られて紅葉へと向かう。


「紅葉様!!」


 耀は咄嗟に瞬間移動を試み、同時に紅葉を守るために全力で結界を張った。


 ぶわりと、耀の背後で風が逆巻く。


 空気が裂けて、軽いものが宙を舞った。


 耀が思い出したように振り返る。紅葉に気を取られて咄嗟に移動した代償として、鬼の子が炎の渦に巻かれ、宙に吹き飛ばされてしまった。


(私とした事が!)


 慌てて術を飛ばすも、なぜか跳ね返される。


(なぜ!?)


 突然、白い光の中から、幼い声が滑り込んできた。


「だいじょうぶ?」


 蓮次だった。


 誰も気づかぬうちに、そこにいた。


 彼は鬼の子に小さな手を差し伸べようとしている。


 世界が静止した。


 次の瞬間、すべてが動き出す。


「「「蓮次!!」」」


 複数の声が交差する。


 朱炎が、瞬間にして蓮次のもとへ。


 烈炎が、躊躇なく鬼の子へ。

 耀は駆け出しそうな紅葉を必死に止める。




 だが、間に合わなかった。


 緑の鬼の子は、白い光の粒となって消えてしまう。


 それを目にした朱炎の顔。


 驚愕とも、怒りともつかぬ表情だった。


 蓮次を抱えたかのように見えた朱炎だったが、実際には彼を炎のない場所へ突き飛ばしていた。


 圧が、一気に膨れ上がる。


 空気が裂け、周囲の炎が咆哮のように轟き、身を焦がすように燃え上がる。


「……なぜ、ここにいる」


 これは父の声か、鬼の声か。


 底なしの闇の底から響く怒りの声だった。


 あまりにも重い。


「えっ……あ……」


「何をした。答えろ」


「え……ぁ……えっと……」


 蓮次が震えだした。


 紅葉も身動きできず、耀の腕にしがみついている。


 そこら中の炎がさらに渦を巻いて燃え盛った。


「何をした!! 蓮次!!」


 朱炎が初めて、怒声を上げた。


 岩壁に反響し、洞窟全体が軋むように震える。


 耀も烈炎もその気配に圧され、一歩も動くことが出来なかった。


 蓮次はひたすらに謝罪を繰り返している。


「ごめ……なさい……ごめ……さい……」


 その小さな言葉の連なりに、紅葉が泣き出してしまった。


 耀が紅葉を支え直す。その間も、蓮次の謝罪の声は止まなかった。


「ごめんなさ……ごめ……けほっ……けほっ……っ……」


 蓮次の口元から血が吐き出された。


 それを見た紅葉が我慢ならず、「蓮次!」と叫んだ!


 耀が慌てて振り返ったときには、もう彼女はそこにいなかった。


「紅葉様! どこに……」


 耀も思わず叫び、紅葉を探す。


 気づけば、紅葉は蓮次の元へ移動していた。涙を流しながら、必死に彼の小さな背を撫でている。


 動くしかない。耀は咄嗟に気を集中させ、朱炎と紅葉の間に割って入った。 


 烈炎も同じく、朱炎の前に立ちはだかる。


「おい、朱炎! 頭を冷やせ!」


「朱炎様。烈炎の言うとおりです。ここは一度、冷静にな――」


 だが、言葉を終えるより早く、視界が崩れた。


 全身にかかる重圧に押し潰されるかと思った次の瞬間には――


 地上だった。


 屋敷の庭に、全員が投げ出されていた。


 朱炎の拒絶、だろうか。彼自身が意図的にここへ返したのかは分からないが、耀はそのように感じていた。


 目の前には、倒れている紅葉と蓮次。


 二人を起こし、怪我がないかを急いで確かめる。


 すぐ隣で、烈炎が胡座をかき、空を見上げて呆れたようにため息をついていた。






 地の底よりは遥かに呼吸しやすいこの庭も、未だ重い結界が張られたまま。


「あの……耀様……」


 屋敷から庭の様子を見る鬼たちの顔色は悪く、まだ慣れないのだろうと分かる。


 烈炎はさっさと立ち上がると、見かけた鬼たちを招集し、適当な鍛錬を始めた。


「……さすがだな」


 耀は烈炎の頑丈さに感心したのち、紅葉と蓮次に向き直る。二人を部屋に戻すために声をかけようとした。


 しかし、蓮次の様子がおかしい。


 ずっと咳をしている。


 蓮次を抱きしめている紅葉の手元を見ると、血で染まっていた。


 蓮次が血を吐き続けている。


「耀、蓮次が……蓮次が……」


「紅葉様、落ち着いてください、大丈夫です。まずは部屋に……」


 耀も心の中では蓮次の様子に焦ったが、ここで取り乱しては紅葉に悪影響だと判断する。


 まずは部屋に戻し、この圧から隔離する。それしかない。




 部屋に二人を入れたあと、耀は再び青い光で二人を包んだ。


(これで、いいのだろうか……)


 耀の顔が曇る。


 今すぐ朱炎を迎えに行き、結界を解くように助言すべきではないだろうか。けれど、それではまた元通り。きりが無い。


 耀は静かに腰を下ろした。


 その後、しばらく蓮次の様子も見ていたが咳が止まる気配がない。紅葉も耀も途方に暮れた。


 そこに。


「何やってんだ。寝てばかりで強くなれねぇだろ、ほら起きろよ」


 烈炎だった。


「待て、烈炎。蓮次様は今」


「ほら、修行だ、修行」


「話を聞け!」


 耀の腕を振り払い、烈炎が蓮次を抱えてしまった。


 しかし、紅葉は心配そうに見守っているだけで大きく抵抗しなかった。


 烈炎は強引な男だが、朱炎とは違い、無理矢理感はない。


 耀も仕方なく見守ることにした。


 烈炎が顔色の悪い蓮次の頬を指でとんとんと叩く。


「いいか、蓮次。お前は鬼だ」


「烈炎。蓮次様に一体何をさせるつもりだ」


「だから、修行だっつってんだろ」


 そう言いながら烈炎がにやりと笑う。声は陽気の塊だった。


 蓮次を降ろすと、目線を合わせて蓮次にこれから始まる“修行”の内容を説明する。


「いいか、蓮次! こいつらが隠れる」


 蓮次が首を傾げているのを構わず、烈炎は目の前に立たせた五人の手下を指差した。


 この鬼たちが隠れ、蓮次が鬼となる。烈炎はどうやら「かくれんぼ」をするらしい。


「鬼のお前は、俺と一緒にこいつらを捕まえる。いいな?」


「……わかった」


「よし、十まで数えろ! 俺も手伝ってやる」


「じゅう?」


 耀も、紅葉も、ほっと息をついた。


 なぜか蓮次の咳が止まっていたのだ。


(蓮次様の体調が、治った……のか……?)


 烈炎と一緒に数字を数える蓮次。


 慌てて逃げ隠れる鬼たち。


 表情が緩んでどこかにこやかな紅葉。


 まだ結界は張られたままだが、皆が少しずつ慣れ始めていた。


 耀はそれぞれを確認し、ここは問題ないと判断すると紅葉に声をかける。


「紅葉様、私は大広間にいる者たちを見てきます」


「ありがとう、耀」


 紅葉はにこやかに返事をした。






 相変わらず空気は重い。


 大広間では体調の悪そうな者は居たが、悪鬼に堕ちそうな者は見られなかった。

 

 慣れ始めている者も増えており、声を掛け合ったりしていた。


(……問題はなさそうか)


 次に、各部屋を見回る。


(それにしても……)


 廊下を進みながら、耀は心の中で呟いていた。


(気になることが、ふたつ……)


 ひとつは、緑の鬼の子が消えたこと。しかし、死んだようには思えなかった。

 鬼の子に掛けていた術の感覚を通して、移動したような手応えを感じていたからだ。


 そしてもうひとつは、蓮次の咳が急に止まったこと。

 烈炎が術を掛けたとは思えなかった。本能のままに動く豪快な男だ。細やかな気遣いは出来ないはず。

 分かる事と言えば、彼はただ陽気だ。


(どちらも不安材料ではあるが、結果としては悪くない、か。あとは――)


 この屋敷に、朱炎が戻りさえすれば――。






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― 新着の感想 ―
(通常の感想) 紅葉さん、危ない中ここまで来てくれたのですね。蓮次くんの特別な力。白い光はこの地獄の中で唯一の癒しの場所のようです。 全員の連携プレイ。朱炎様も蓮次くんを守ったかのよう。 朱炎様がこ…
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