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  作者: Yonohitomi
二章
124/167

15.鬼の修行(9)



 朱炎が右手を掲げようとする頃――。


 外ではそれぞれが敵を追い払うために尽力していた。

 耀は敵の鬼と、烈炎は巨躯の異形と、その他の見張りは異形や妖、怨霊と。

 夜の森で斬撃を交わし、屋敷から敵を遠ざけている。何度も攻撃し、また戻る事を繰り返していた。


 だが、それは突然に起こった。


 ――ドンッ!


 大気が爆ぜ、木々の葉が一斉に逆巻く。

 それぞれが頭を、背中を打たれたかのように重い衝撃を食らった。


「なんだ!?」


 反射的に後ろを振り返った耀。漆黒の膜が勢いよく迫り来る。


「っ!!」


 耀はすぐに判断し、目の前で唸る敵を勢いよく突き飛ばして後退し、近くの木の枝へ跳び乗った。


 屋敷全体を包む黒い壁。

 一定の大きさになり、完成した模様。表面では赤い光が稲妻のように激しく走り、鼓膜弾くような乾いた音がバチバチと鳴っている。


「結界……か?」 


 屋敷を中心に、黒い壁が円形に膨れ上がっていた。


 朱炎が張ったようだ。

 だが、これほどまでに視覚化された結界は見たことがない。

 “守るための結界”には見えなかった。


 見下ろせば、烈炎が組み合っていた巨躯の異形が地面へ沈んでいく。

 周囲に散っていた大小の怨霊も、何かに絡め取られたように地面へ引き摺り込まれていく。

 気の流れに敏感な者、また、知恵のある放浪鬼たちは顔色を変え、瞬時に逃げ散った。

 

 耀が枝を蹴って地に降りる。

 ほぼ同時に、烈炎が耀のいる木の下に来ていた。


「おい耀! 何が起きてやがる!」


「朱炎様が結界を張った」


「あ? 今さらかよ」


 烈炎は少々呆れ気味に声をあげた。

 周囲の見張り鬼たちは、突如現れた黒壁を前に動揺を隠せないでいる。


 耀は屋敷の方角を見た。


「蓮次様の力を秘匿し、外敵を寄せ付けないためだ」


 烈炎は大きく息を吐き、剣を肩に担ぐ。


「いや、分かるよ。分かるけどさ……なんで今更。もっと早く出来たんじゃねぇのか?」


 耀は一拍置き、頭の奥で言葉を編む。


「今、結界を張ったという事は、今まで張らなかった理由がある、という事……」


 耀は思考を深めるために独り言のように呟いていた。


「そうか……つまり……」


 朱炎の“圧”だけで守れた時代は終わったという事。


「限界点を越えた……」


「どういう事だ」


「朱炎様はずっと己の“存在圧”だけで守ってこられた。だが、蓮次様の力が、その天秤を傾けた」


「あ? 天秤? なんだ?」


 耀はちらりと烈炎を見て、ため息をついた。


 朱炎の存在。それは結界を張っているのと同じだけの効力があった。しかし、蓮次の内なる力は朱炎のそれを越え、今や鬼や異形を惹きつけて止まない。


 朱炎は限界だと判断したのだろう。


 耀が説明し終えると、烈炎は納得したとも言えない顔で結界を見る。


「……なんか空気が重くねえか?」


「……そう……だな」


 耀自身も頭を上から押さえつけられるような感覚に気づいていた。


「強い圧を感じる。よほどお怒りなのだろう」


 黒壁に映る稲光。それは朱炎の心のひび割れのようにも見えた。


 耀は、あえて視覚化された不自然な結界についてさはに思考を巡らす。

 だが、烈炎は耀を意識する事もなく、結界へと近づいていった。


「待て、烈炎」


「大層だな」


「烈炎、聞け」


「俺たち、屋敷に入れんのかよ?」


「まったく、何を言っている。私たちが入れない結界を張るわけが――」


 そこまで答えて耀の言葉が詰まる。

 凄まじい圧を改めて感じ、否定の言葉を飲み込むしかなかった。


「…………」


「入ってくんな、ってことか? ったく」


 烈炎が吐き捨てるように言う。


「耀、お前も感じてるだろ? この重さ。普通の結界とはわけが違う。下手したら俺たち、結界をくぐった瞬間に倒れるんじゃねえか?」


「……確かに、かなりの結界だ。耐えられない者もいるだろう」


 見張りの若い鬼たちは壁から距離を取り、怯えた瞳で耀と烈炎を仰いでいた。


 烈炎は腕を組み、意地悪く笑う。


「俺は嫌だぜ。中に入った瞬間に膝から崩れ落ちるなんてな。そんな格好悪い姿見せられるかよ」


 聞いて、耀は目を細めて烈炎へと向き直った。


「では、お前で試す、結界をくぐれ」


「はぁ? なんでそうなんだよ」


 言いながらも、烈炎は黒壁へと歩む。赤い光が走り続けているが烈炎は怯むことなく突き進んだ。

 その巨体は難なく膜を通過し終えた。


 耀は顎に手をやり、再び烈炎に指示を飛ばす。


「烈炎、お前は一旦出ろ」


 次に近くの手下に向き直る。


「お前も入れ」


 若鬼は指示に従い、恐る恐る結界へと進んだ。しかし、膜に触れた瞬間、雷撃に弾かれたように吹き飛んだ。


 耀の推測通り、これは強さを測る門であった。


(朱炎様は、弱き者を選別している……)


 そこで、耀自らが結界へと近づく。

 直前で足が止まってしまった。これは恐怖か、畏怖か。

 耀は自身の体力には自信はあるが、自分の弱さも自覚している。


(入らない訳には、いかないか……)


 一歩、踏み込む。


「――ッ!」


 刹那、内部から烈火のような衝撃が駆け上がり、脳裏が白く弾け、膝を折りそうになる。

 しかし倒れるわけにはいかない。歯を食いしばり、膜を抜けた。


 待っていたのは烈炎の笑い声。


「なんだ、ふらついてんじゃねぇか」


 耀は息を整えただけで言い返さなかった。


 それよりも、この特殊な結界を張った朱炎の意図を探る。


 結界内の空気は凄まじく重く、空気を吸い込んでも僅かしか肺に入らない。鍛錬不足の者が入れば、立っていることすら叶わないだろう。


 この結界は、敵だけでなく“味方”さえも隔てる。強き者のみが近づくことを許される、絶対の境界だと確信した。


 耀は烈炎へと向き直った。


「烈炎、仕事だ。お前は皆を鍛えて結界の中に入れろ」


「は?」


「この結界は選別の門。通り抜ける事が出来ない者は入るな、そういう事だ」


 烈炎の唇が愉快そうに歪む。


「それならば――よし、お前ら、俺と戦え!」


 意気揚々と声を大きくして構える烈炎。


「そんな、勘弁してくださいよぉ……」 


 疲れ果てている者達の嘆きが聞こえた。

 耀はそれらを確認すると背を向け、重圧の屋内へと駆けてゆく。


 結界の内側は濃縮された重力で満ちている。気を抜けば臓腑も潰れそうだった。


(これだけの圧……耐えられない者がいるはずだ)


 思考の底で警鐘が鳴る。


(朱炎様は、一体何を考えているのか)


 皆は平気か。

 紅葉と蓮次――まずは彼らを確かめねば。


 耀は唇を引き結び、闇に沈む廊下を進んだ。


  

 


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― 新着の感想 ―
朱炎様の結界は強き者しか通れないのですね。とうとう選別を始めましたか。 存在圧。耀だからこそ言えるお言葉。 耀にとっての特別な存在\(//∇//)\ 烈炎は結界を超えた!ナイスバルク! 耀は………
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