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  作者: Yonohitomi
二章
122/167

13.鬼の修行(7)



 屋敷の外。

 今夜は、いつにも増して敵の数が多い。


「ったく、面倒な奴だな!」


 烈炎が唸るように声を上げ、剣を片手に駆け込む。


 醜悪な姿の異形。

 どこにも属していない放浪鬼の一種であることは一目瞭然。機敏な動きは普通の異形とは異なる鋭さがあった。


 烈炎が大雑把に剣を振るい、鬼の脇腹を斬りつける。

 刃は鬼の硬い外殻をわずかに傷つけただけで、鬼は咆哮とともに烈炎へ突進する。


「おいおい、これでも効かねぇのかよ!」


 烈炎が笑いながら身を翻し、背後へとすり抜けた。だが、敵はその場で素早く向きを変え、すぐさま反撃に出る。


 それを迎え撃つかのように、月明かりの中から耀が姿を現した。動きに迷いはない。


「烈炎、少し落ち着け」


 短く冷静な声が空気を切る。


「へいへい、余裕余裕」


 烈炎は軽口を叩くが、目線は鬼から逸らさない。


「こいつ、ちょっと骨がある。追っ払うにしても、なかなか手強いぞ」


「確かに、少々厄介だな。ただ……お前の戦い方は乱暴すぎる」


「乱暴? 効きゃいいだろ!」


 烈炎が拳を振りかざし、豪快に鬼の肩口を殴り抜く。骨が砕け、黒い血が飛び散った。しかし鬼は怯むどころか興奮し、猛然と襲いかかってくる。


「効かせるのに時間がかかりすぎんだよ」


 耀がすれ違いざまに手を翳し、練り上げた術を放った。

 光が弾け、敵の動きが鈍る。烈炎の剣がそれを追うように振るわれ、今度は足を切り裂いた。


「なんだよ、それ。さっさと仕留められるんならやれよ!」


「殺すことは禁忌だ! それはお前も分かっているだろう」


 耀の言葉に、烈炎は舌打ちをする。


「分かってる! けどよ、こいつら、蓮次坊を狙ってきてるんだろ? こんな手間ばっかりかけさせられるのはごめんだぜ」


 耀は返さなかった。代わりに指を弾き、鬼の足元に閃光を走らせた。衝撃で地面が炸裂し、鬼は数歩後退する。


「烈炎、彼らを後退させることに集中しろ。時間をかければ自然に森へ戻る」


「分かったよ。でも、なんでこんなに増えてんだよ。最近特に多すぎんだろ」


「それが問題だ」


 耀の声には憂いが混じっていた。


 鬼は牙を剥いてなお突進するが、烈炎が地面を踏み鳴らすように踏み込み、大地がうねる。巻き上がる土煙に鬼が怯んだ隙を狙い、耀が術で目を眩ませた。


 鬼はついに森の奥へと逃げていった。


「やっとか。まったく、手間をかけさせやがって」


 烈炎が肩を回しながら息を吐く。


「蓮次様が狙われるのは、力がある証拠だ」


 耀は静かに言いながら、遠ざかる鬼の影を見送る。


「だったら、あの坊主も早く強くなってくれねぇとな。こっちの手間が増えるばっかりだ」


「それを導くのが私たちの役目だ」


 耀は烈炎を一瞥する。


「それにしても、もう少し慎重に動け。お前が周囲を荒らしすぎると、森全体が乱れる」


「はいはい、真面目だねぇ。俺は適当にぶん殴ってりゃいいと思ってたよ」


「真面目にやれ」


 耀が冷ややかに言うと、烈炎は鼻で笑って肩をすくめた。




 そのとき、空気が変わった。


 森の奥、深い影の中から、再び気配が現れる。


 今度は異形だ。鬼ではない。怨霊めいた気配を纏い、長い手足と異様に裂けた口から、どろりとした黒液が垂れている。


「また妙な形してんなあ」


 烈炎が剣を握り直し、呆れたように呟く。


 異形は烈炎を見つけるなり、耳をつんざくような咆哮を上げた。


「やる気だけはあるな!」


 烈炎の剣が月光を受けて煌めき、異形の爪とぶつかり合う。硬質な金属音が森に響き渡る。


「力任せに押し返すな、烈炎! 動きを見て隙をつけ!」


「隙なんて待つより、力で押し切る方が早いだろ!」


 烈炎が怒鳴り返しながら踏み込み、力で押し返す。


 だが異形はぬるりと身をよじり、剣をかわして跳ね退った。


 その時、別の方角からぞろぞろと異形が現れる。


「耀様! 周囲の配下をどう動かしますか!」


 一人の若い鬼が駆け寄った。


「三班に分けろ。東側を押さえつつ、背後から回れ。あれは異形だ、殺して構わない。だが、鬼が混じっているなら絶対に殺すな」


「はっ!」


 耀は次々と命を飛ばしながら、異形の動きを正確に見切っていく。


 一方、烈炎はというと、相変わらず「てめぇみたいなやつはぶっ壊すしかねえんだよ!」と豪快に叫び、拳を異形の顎に叩き込んでいた。


 耀が呆れたように眉をひそめる。


「烈炎、もう少し頭を使え」


「異形なんだからいいだろ!」


 烈炎が悪びれずに笑うと、耀はふぅ、とため息をついた。


 空には重い雲が流れていた。


 闇が深まり、鬼の気配も、異形の気配はなおも増している。


「……全く。今夜は数が多いな」


 ため息混じりに呟いた耀。


 また、森の奥で新たな咆哮が響いていた。


 しかし。


「……なんだ?」


 何か、妙な気を感じ取った耀。


 その時、屋敷の方へと高速で飛び入る影が見えた。


「まずい!」


 追いかけようとするも、すぐ目の前にまた新たな鬼が出現する。


「お前に構っている暇はない!」


 一体の異形の侵入を許してしまった。

 中には朱炎がいるので問題ないだろう。


 しかし。

 耀はこの時、言い表せない僅かな異変を感じ取っていた。


 それは星が告げ、向かい風が告げ、粘り気のある土が告げている。湿気が妙にまとわりつくのは、水が告げている証だろう。


(何か、嫌な予感がする……)


 乱れる思考の中で、耀は目の前の敵へと意識を切り替えた。


 それでも脳裏に浮かんだのは、赤い炎。


 

 

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― 新着の感想 ―
わぁこれは大変。異形だらけで烈炎さんがぶった斬ってますね。 そして 月明かりの中から耀 →きゃぁ\(//∇//)\何と素敵な登場シーンでしょう。 対照的な2人の戦闘シーンが熱いですが、 「効きゃい…
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