13.鬼の修行(7)
屋敷の外。
今夜は、いつにも増して敵の数が多い。
「ったく、面倒な奴だな!」
烈炎が唸るように声を上げ、剣を片手に駆け込む。
醜悪な姿の異形。
どこにも属していない放浪鬼の一種であることは一目瞭然。機敏な動きは普通の異形とは異なる鋭さがあった。
烈炎が大雑把に剣を振るい、鬼の脇腹を斬りつける。
刃は鬼の硬い外殻をわずかに傷つけただけで、鬼は咆哮とともに烈炎へ突進する。
「おいおい、これでも効かねぇのかよ!」
烈炎が笑いながら身を翻し、背後へとすり抜けた。だが、敵はその場で素早く向きを変え、すぐさま反撃に出る。
それを迎え撃つかのように、月明かりの中から耀が姿を現した。動きに迷いはない。
「烈炎、少し落ち着け」
短く冷静な声が空気を切る。
「へいへい、余裕余裕」
烈炎は軽口を叩くが、目線は鬼から逸らさない。
「こいつ、ちょっと骨がある。追っ払うにしても、なかなか手強いぞ」
「確かに、少々厄介だな。ただ……お前の戦い方は乱暴すぎる」
「乱暴? 効きゃいいだろ!」
烈炎が拳を振りかざし、豪快に鬼の肩口を殴り抜く。骨が砕け、黒い血が飛び散った。しかし鬼は怯むどころか興奮し、猛然と襲いかかってくる。
「効かせるのに時間がかかりすぎんだよ」
耀がすれ違いざまに手を翳し、練り上げた術を放った。
光が弾け、敵の動きが鈍る。烈炎の剣がそれを追うように振るわれ、今度は足を切り裂いた。
「なんだよ、それ。さっさと仕留められるんならやれよ!」
「殺すことは禁忌だ! それはお前も分かっているだろう」
耀の言葉に、烈炎は舌打ちをする。
「分かってる! けどよ、こいつら、蓮次坊を狙ってきてるんだろ? こんな手間ばっかりかけさせられるのはごめんだぜ」
耀は返さなかった。代わりに指を弾き、鬼の足元に閃光を走らせた。衝撃で地面が炸裂し、鬼は数歩後退する。
「烈炎、彼らを後退させることに集中しろ。時間をかければ自然に森へ戻る」
「分かったよ。でも、なんでこんなに増えてんだよ。最近特に多すぎんだろ」
「それが問題だ」
耀の声には憂いが混じっていた。
鬼は牙を剥いてなお突進するが、烈炎が地面を踏み鳴らすように踏み込み、大地がうねる。巻き上がる土煙に鬼が怯んだ隙を狙い、耀が術で目を眩ませた。
鬼はついに森の奥へと逃げていった。
「やっとか。まったく、手間をかけさせやがって」
烈炎が肩を回しながら息を吐く。
「蓮次様が狙われるのは、力がある証拠だ」
耀は静かに言いながら、遠ざかる鬼の影を見送る。
「だったら、あの坊主も早く強くなってくれねぇとな。こっちの手間が増えるばっかりだ」
「それを導くのが私たちの役目だ」
耀は烈炎を一瞥する。
「それにしても、もう少し慎重に動け。お前が周囲を荒らしすぎると、森全体が乱れる」
「はいはい、真面目だねぇ。俺は適当にぶん殴ってりゃいいと思ってたよ」
「真面目にやれ」
耀が冷ややかに言うと、烈炎は鼻で笑って肩をすくめた。
そのとき、空気が変わった。
森の奥、深い影の中から、再び気配が現れる。
今度は異形だ。鬼ではない。怨霊めいた気配を纏い、長い手足と異様に裂けた口から、どろりとした黒液が垂れている。
「また妙な形してんなあ」
烈炎が剣を握り直し、呆れたように呟く。
異形は烈炎を見つけるなり、耳をつんざくような咆哮を上げた。
「やる気だけはあるな!」
烈炎の剣が月光を受けて煌めき、異形の爪とぶつかり合う。硬質な金属音が森に響き渡る。
「力任せに押し返すな、烈炎! 動きを見て隙をつけ!」
「隙なんて待つより、力で押し切る方が早いだろ!」
烈炎が怒鳴り返しながら踏み込み、力で押し返す。
だが異形はぬるりと身をよじり、剣をかわして跳ね退った。
その時、別の方角からぞろぞろと異形が現れる。
「耀様! 周囲の配下をどう動かしますか!」
一人の若い鬼が駆け寄った。
「三班に分けろ。東側を押さえつつ、背後から回れ。あれは異形だ、殺して構わない。だが、鬼が混じっているなら絶対に殺すな」
「はっ!」
耀は次々と命を飛ばしながら、異形の動きを正確に見切っていく。
一方、烈炎はというと、相変わらず「てめぇみたいなやつはぶっ壊すしかねえんだよ!」と豪快に叫び、拳を異形の顎に叩き込んでいた。
耀が呆れたように眉をひそめる。
「烈炎、もう少し頭を使え」
「異形なんだからいいだろ!」
烈炎が悪びれずに笑うと、耀はふぅ、とため息をついた。
空には重い雲が流れていた。
闇が深まり、鬼の気配も、異形の気配はなおも増している。
「……全く。今夜は数が多いな」
ため息混じりに呟いた耀。
また、森の奥で新たな咆哮が響いていた。
しかし。
「……なんだ?」
何か、妙な気を感じ取った耀。
その時、屋敷の方へと高速で飛び入る影が見えた。
「まずい!」
追いかけようとするも、すぐ目の前にまた新たな鬼が出現する。
「お前に構っている暇はない!」
一体の異形の侵入を許してしまった。
中には朱炎がいるので問題ないだろう。
しかし。
耀はこの時、言い表せない僅かな異変を感じ取っていた。
それは星が告げ、向かい風が告げ、粘り気のある土が告げている。湿気が妙にまとわりつくのは、水が告げている証だろう。
(何か、嫌な予感がする……)
乱れる思考の中で、耀は目の前の敵へと意識を切り替えた。
それでも脳裏に浮かんだのは、赤い炎。




