16.夜の追跡
目を閉じた瞬間に、遠くに蠢く異様な気配を感じ取った。
夢ではない。現実だ
それは夜の静けさに紛れるほのかな殺気。
「何かいる」
蓮次はゆっくりと橋の下から顔を出した。異様な気配を感じる方向へと足を進める。
――この気配は、殺し屋だろうか?
蓮次はついに走り出した。夜の町並みを駆け抜ける。
意識を一点に集中した。
(おかしな気配、あの屋敷の裏だ。絶対に逃さない!)
蓮次は屋敷の裏手に回り込んだ。
そこには、この世の者とは思えない異形――緑色の肌を持ち、奇妙な姿勢で闇に溶け込むように動く、奇妙な存在があった。
「え…!?」
その化け物の口元には、赤子が咥えられている。
「!!」
蓮次は小刀を握りしめ、じっと敵を睨みつけた。
すぐに追わなければ逃げられる。そう判断し、身の軽さを活かして一気に踏み込む。
しかし、目の前の緑の怪しげな存在は蓮次の動きを察知して、すっと闇の中に消え入った。
「…どこに行った!」
改めて小刀を握り締める。
辺りを見回しても見つからず、気配を探るも何も掴むことができそうにない。
「……あれは、なに?」
しんと静けさを取り戻した頃。
蓮次は先ほどの出来事を思い返す。
異形――あれは悍ましい姿をしていた。今まで見たこともない姿だった。
そして、ほんの一瞬で消え去り、行方を眩ませた。
あれを捕まえなければならなかった。
捕まえ、殺し、赤子を取り返さなければならなかったのだ。
怯んでしまった。
「失敗した……」
自分の無力さに落ち込んだ。だが、その時――
屋敷の奥から女性の悲鳴が響いてきた。次々と怒号と悲鳴が飛び交っている。
蓮次はすぐさま向かおうと、一歩踏み込む。
「でも……」
足を止めた。またしても怯んだのか? いや違う、怪しまれるかもしれないと思ったからだ。
町の人達から向けられた視線――得体の知れないものを見るような視線を嫌というほど浴びて、どれほど自分が異様な存在かを思い知らされた。
――あの異形と変わらないのでは?
ふとそんな事を思ってしまう。
たどり着いた先で、その場の人間達にどう思われるだろう。説明したところで、信じてもらえる保証もない。
そう、自分は異質なのだ。
蓮次は悲鳴が続く屋敷を背にする凄まじい自己嫌悪とともに。
足取りはゆっくりと重い。
一歩、また一歩と進める中で、今すぐにでも向かえと言う自分と、辞めておけと言う自分が脳内で言い合っている。
それを俯瞰して聞いている第三の自分が、「お前は何をしに来たのだ?」と言う。
(そうだ、あいつを倒して、帰るって……でも……)
「いや、帰ろう!」
そう、奴を倒さなければ帰れない。戦うしかないだろう?
蓮次は無理やり自らを奮い立たせた。




