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  作者: Yonohitomi
二章
117/169

8.鬼の修行(2)



 この日の空も炎のように赤く染まり、容赦がない。

 蓮次の修行は続いていた。


 炎がゆらめくたび、蓮次は息を呑み、体を縮こませるようになってしまった。朱炎の掌に灯された火の気配に、反射的に一歩下がる。

 その姿は、痛々しいほどに火を怖がっている。


 朱炎は静かに見つめていた。


 蓮次はまだ幼い。しかし、それは言い訳にはならない。

 鬼の子として生まれた以上、恐怖を抱えたままでは、この過酷な世を生き残ることはできないからだ。

 朱炎一族の元に生まれた以上、火を自在に操れることは絶対だった。


(どうすべきか……)


 朱炎は己がこれまで考えたこともない問いに直面している。


 どうすれば肌を焼かずに火を扱えるのか?


 一族の中で、自身が放つ火の術で火傷を負う者など、誰一人として見たことがない。

 火は自身の一部であり、焼かれることなどあり得ないのだ。


 だが──蓮次は違う。


 火に触れるたび、その白い肌は焦げてしまう。

 そして、すぐに蓮次は泣き叫び、恐怖して逃げようとする。

 もはや修行どころではない。


 火が近づくだけで怯えるようになった息子を前に、朱炎はただただ模索した。


 肌を焼かぬために必要なのは、手元への集中。

 意識を一点に絞り、火の圧から肌を護る。


 集中力──。


 それが蓮次に必要なものだと朱炎は考えた。


 ──火が使えぬならば、水を使おう。


 苦肉の策として、水を用いた修行を始めた。


「手元に意識を集中し、水に触れても濡れぬように」


 火であれば焼けるが、水であれば濡れるだけで済む。意識の向け方を学ばせるには最適だと、朱炎は考えた。


 しかし、子とは不思議なもので思い通りに動かない。


 蓮次は鳥を見かければ笑顔になり、蝶の羽音に目を輝かせた。修行などそっちのけで無邪気に追いかけ始める。

 あまりにも集中力が続かない。


 朱炎は頭を抱えた。


 これでは、駄目だ。


 負担をかけぬようにと火を封じ、水を使って学ばせるのは、逆効果かもしれない。


 そう、鬼は痛みと苦しみを超えて強くなる。我ながら甘い修行であったと。


 朱炎は考えを改め、再び火を用いることにした。

 案の定、蓮次は火に触れて火傷を負う。


「いたい、やだ!」


 小さな手を押さえ、泣き出す蓮次。

 ここまでは想定内だった。

 怪我を負うなら、即座に治癒できる力を養えばいい。

 傷を癒すにも集中力が必要だ。その事を蓮次に伝えようと、朱炎は蓮次に目線を合わせ、声を掛けようとする。


 だが、ここでも邪魔が入る。蓮次の鳴き声が聞こえるや否や、紅葉が飛んできてしまうのだ。

 学びの場は乱される。

 紅葉が蓮次のもとに駆け寄り、抱きしめ、責めるような瞳で朱炎を見上げる。


 朱炎はそんな紅葉を構うことはなく、冷徹な目で蓮次を見据えた。


 ──このままでは修行にならない。


 朱炎は苛立ちを覚える。

 焦りで声を荒げることは決してないが、胸の内では焦燥がじわじわと燃え上がっていた。


 鬼の世に生きる者は、戦えぬなら喰われるのだ。


 朱炎は修行の合間は耀を使い、紅葉が駆けつけぬよう茶の相手をさせた。

 耀はこちらの意図を汲み取り動くだろう。


 他の配下は訓練に付き合わせた。


 蓮次の目に、“火は恐れず扱えるものだ”という認識を植え付けるために、皆が火を使える事を見せた。


 だが、蓮次の表情は曇るばかりだった。


 蓮次が何も習得できぬまま育っていく。術の一つも使えぬまま。




 そして、ある日。

 蓮次の方が限界を迎えた。


 突然、朱炎の前から姿を消した。以前のように。


 朱炎の顔が一瞬で強張る。


(──またか)


 初めて火に触れた時のように、恐怖の極限に達した蓮次は無意識に瞬間移動を発動させた。


 朱炎はすぐに気配を探った。

 だが、屋敷の中に蓮次の気配はない。


「蓮次……」


 呟いた声に、焦燥が滲む。


 廊下を、庭を、寝所を配下の者に探させる。

 しかし、気配が全く消えているため、これもまた徒労に終わるだろう。


 次に朱炎は意識を屋敷の外へと向けた。

 蓮次は森に迷い込んだかもしれない。


 朱炎は、風を裂いて駆けた。気配を探りながら。







 もうすぐ日が沈む。空は闇に染まり始めている。

 木々の影が伸びる中、蓮次は岩の上に蹲っていた。


 手指には焦げ跡があり、赤が滲んでいる。痛みはあったが、それどころではない。


「……どこ……?」


 見知らぬ景色に囲まれている。

 鼻をすすり、唇を噛み、目に涙を浮かべた。


「母上……?父上……?」


 呼んでも返事はない。

 遠くで木の葉が揺れる音が、やけに大きく耳に響いた。


「母……?」


 足元の土が冷たい。風がまた吹き、木々の間を音が走る。


「母上……父上!」


 泣きそうな声が叫びに変わる。叫んでも叫んでも、返事はなかった。

 喉の奥がひりついて、涙がまたこみ上げる。


「父上ぇ!!」


 泣きながら立ち上がり、改めて周囲を見渡した。


 そのときだった。


 ──ザリ。


 後方から、何かの足音がした。

 蓮次は、ぴくりと肩を震わせ、そっと後ろを振り向いた。


 そこには──。


 

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― 新着の感想 ―
火は自身の一部→かっこいいではないか。 親と子どもは別人(鬼)格ですよね。思い通りに行かないと言ってる時点でもう支配のような。 紅葉さんそりゃあ飛んできますわよ…… 朱炎様の焦りも分かるけど……父とし…
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