1.白鬼の誕生
朱塗りの門が朝陽を受けて輝き、瓦屋根が幾重にも連なる都に影を落とす。
市の往来では役人の怒声が飛び交い、僧の読経が風に乗ってどこまでも響いていた。
仏と人が共に暮らすこの島国に、異形と呼ばれる者たちが現れ始める。
それは、鬼か、妖怪か。または、異常者という人間か。
大陸より渡来した者たちは珍しき品々と共に、異なる文化と異なる欲望をもたらした。
彼らは力のままに奪い、生き、笑い、先に住まう者たちの命と土地を踏みにじった。
その圧倒的な強さに、やがて先住の者たちも牙を剥いた。
異国より来た者の肌は赤みを帯びていた。
彼らは力を好み、争いを喜び、血を浴びることを誇りとした。
先にいた者たちはその力に屈し、怒りと憎しみに満ちて肌は青ざめていった。
その者たちの中にはやがて病を患い、皮膚は緑に変色し、忌み嫌われる存在となる。
青や緑にならずに済んだ者たちは黄色い肌のまま、戦う術は持たず、ただ自分を守ることに終始し世の隅で身を隠すようにひっそりと暮らした。
また隠れて住まう者たちの中には、疑心と恐れに呑まれる者が現れる。それらは影に潜み、闇に溶け込むような黒き肌を持つ者となった。
これらが、鬼の礎となる。
鬼として覚醒すると、彼らは己の種を誇りとし、他を蔑み、力を誇示し合った。
争いはやがて激しさを増し、鬼の中でもっとも巨大な存在が現れた。
その鬼は十尺を超える巨体に、複数の角、十五の眼を持ち「鬼界の覇者」と呼ばれた。
だがその覇者すら人の手にかかり、あっけなく滅びた。
覇者が消えた事により、再び鬼の社会は荒れ、争いが起こった。
その中で勝ち抜き、覇を継いだのは、かつての赤き肌の系列に連なる鬼の王──「閻王」である。
閻王は十六人の息子と五人の娘を持つ。その中で最も遅くに生まれた末の子こそ、誰よりも強大な力を持っていた。
その子の名は──朱炎。
生まれながらにして孤高。
周囲の鬼たちは彼を畏れ、敬して遠ざけた。
父・閻王すらも朱炎の力に触れることを避け、朱炎は幼き頃より孤独を定められた存在となった。
やがて成長した朱炎は、誰の挑戦も受けつけず、ただ立つだけで鬼たちを震え上がらせ、ついには“最強の鬼”と呼ばれるようになる。
ある日。
その最強の鬼の元に、子が生まれた。
生まれた子は、異様なほど白かった。
肌は雪のように白く、髪も白。色を宿さぬ子。
唯一、瞳だけがかすかに紫がかっている。
朱炎の一族の象徴である赤──力と生命の証は、どこにも見られなかった。
朱炎はひと目で悟った。
この子は、鬼として最弱だと。
それは朱炎にとって、最大の屈辱であった。
最強の鬼の血を引きながら、生まれてきた子は力を持たず、赤を継がず、鬼としての本能さえ希薄だった。
理由は明らかだった。
朱炎がただひとり愛した女──
その女が、もとは人間だったという事実。
最強と最弱をつなぐ血の宿命は、ここから始まる。




