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  作者: Yonohitomi
一章
1/168

0.鬼






「なぜ助けない! お前の子だろ!」


 と叫ぶ声。

 親は黙ったまま、動かない。


 我が子を見殺しにする親は、この世に存在すると思うか?

 もし存在するならば、それは「鬼」だ。




 鬼は元々、人間だった。

 生きることが辛く、絶望し、極限の苦しみの中で鬼となった。

 沢山の人間たちが鬼になる。


 力を持った鬼たちは人間を襲い、殺した。

 

 鬼と人は争うようになった。


「全部お前たちが悪い」


 鬼は人間を見つければ乱雑に殺した。

 喰いもした。

 人間の味を覚えた鬼は、好んで人間を喰うようになった。


「鬼を見つけたら殺せ」


 人間は鬼を根絶やしにしなければならないと言った。

 そして、鬼に勝つために知恵の限りを尽くした。




 人間は正義で、鬼は悪。

 これは人間が決めた事だ。


 その線引きをしたのは、鬼にならずに済んだ人間たち。

 誰かに愛され、守られ、恵まれた環境で生きてきた者たちだ。


 彼らは言う。


「鬼は異常者。鬼は人間の欠陥だ。すべて殺せ」





 異常者とは何か。

 人間はこの世の「正常」で、鬼は人間の「異常」なのだ。

 その境界線を引いたのは、常に「正常」と呼ばれる側だった。




 人は鬼を殺すために、あらゆる手を使った。

 騙し、罠に嵌めた。


 本能のまま生きてきた鬼たちは、人の知に勝てない。

 鬼は理解し、山奥へ逃げた。


 隠れて暮らせばいいだろう?

 人間と関わらなければいいだろう。


 鬼達はひっそりと自然の中で暮らし始めた。

 やがて、鬼の中に愛を育む者が出て、子を持った。






 子は、生まれたときから鬼であった。

 この世を恨んだことはない。

 無垢に笑い、遊びに出かけた。


 鬼の子供は人間を知らない。

 ただ、目の前の生き物に近づいて、自身と同じ姿のそれに声をかけただけだった。


 だが、殺された。


 何もしていないのに。

 人間に見つかり、殺された。


「なぜだ」


「どうして殺される」


 鬼だからだ。

 鬼の子も、鬼なのだ。


 鬼として生まれた。だから、悪とされ、痛めつけられ殺される。


 人々は弱い鬼の子を狙い始めた。

 

 親の目の前で子を殺した。

 子の目の前で親を殺した。


 鬼とて、親も子も、大切な存在で、愛すべきものなのだ。


「許せるはずがないだろう?」


 鬼たちの怒りは再発し、また人々を襲う。

 人と鬼の争いは終わらない。

 何度でも、繰り返される。






 だが――その争いを終わらせたいと願った者がいた。

 それは鬼の中の、異常者だ。


 人と分かり合えると考えた、異常な鬼。

 鬼でありながら、人を信じたいと願う異端。


 馬鹿だ。


「ああ、私の息子だ」


 鬼の親は呟いた。

 大きな争いの中、一族を率いて逃げてきた。だが、その中で――息子だけが囚われている。


 話せば分かり合えると言った馬鹿な息子。

 人を信じた結果がこれだ。


「見捨てるのか」


「…………」


「助けてやらんのか」


「…………」


 助けるべきだと思うか?


 人間の裏切りを何度も見てきた。

 ゆえに、最強の鬼に育てたのだ。

 人に勝てるよう、人を支配できるように。

 二度と踏みにじられぬようにと。


「あの子は強い。自ら逃げる事も、戦う事もできる」


「だから、助けない……と?」


「そうだ」


 あれは最強の鬼なのだ。

 つまり、あの子は自ら死を選んで囚われている。


「助けてくれるな……と、そういうことだ」


 周りの鬼たちは言葉を失った。

 赤髪の鬼は声を荒げた。助けに行けと、殴りかかるように。それを止める青髪の鬼は目に涙を溜めていた。本当は、誰よりも助けに行きたいはずだ。だが、それが出来ないのだと、赤髪の鬼を説得する。


 


 


 騒がしさの中、鬼の親は遠くを見つめて動かない。

 何も言わず、涙を流すこともない。


 ただ、ずっと思案している。

 

 

 




 そして、その夜、問いかけた。

 

 ――お前は親を許したのか、と。



 









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