第三十七話 最後の歌
「やっぱり..。ここから見える星空の景色は、素晴らしいな..」
「本当ですね..。星空がこんなにも美しいだなんて。前の世界じゃ
分かりませんでしたよ..」
エルフの森は、星空が良く映えて見える。
小さい奴から、大きい奴、赤い奴から、白い奴まで様々だ。
確か、赤い奴は若い星で、白い奴は古い星だって、学校で習ったな。
それに加え、俺たちが観測している星は、もう、数千年前のものだって事も..。
そんな昔に放たれた光が、今になって見えるだなんて、なんて神秘的なのだろう
と、当時は思ったっけか..。
「最後は、ここが良かったんだ..。満点の星空の下で死ぬ..。
そう..。私が最初に思い出せる記憶が、こんな星空の下で、まだ生きていた
父様と、一緒に魚を釣った時だから..。馴染み深いんだ..。私にとって”星”は..」
「キューラさんって..、昔はどんなでしたか..?」
「そうね..。私の生まれは、ここよりも遥かに北にある。とても寒い氷雪地帯..。
海も川も、年中凍っていて、お日様が一日中沈まない時期のある、不思議な場所..」
「.....」
「でも、私は大好きだったなぁ..。父様と一緒に、凍った湖に穴を空けて、
中を泳いでいる魚を釣るの。私ね。昔一度だけ、
氷のはった冷たい湖の中に落っこちちゃって..。低体温症で死にかけた事があるのよ..。
近くで見ていた父様が血相抱えて私を引き上げてくれなきゃ、私は今、ここにはいなかった。
そう考えると、私はあの時確かに、”命を救われた”という事になるね..」
静かな口調で語り、キューラはそう言い終えると、俺の顔をチラリと見た。
『命を救われた』。きっと、彼女は俺に対しても、そう感じているのだろう..。
「へぇ..。仲良さげだし、良い家族なんですね..」
「うん。勿論。でも、二人とももう死んじゃったけどね....」
♢
私が初めて人を殺したのは、確かまだ、100歳にもなっていない時だった。
(人間だとまだ10歳にも満たない)
ある日、いつもみたいに、近くの森で薪用の木を伐採して、
ログハウスに戻った。父様と先日釣ったばかりの魚を、燻製にして早く
食べたい!夕飯時で、腹の虫が鳴っていた。
でも、父様は死んでいた。ログハウスの中で、血まみれになって
倒れていた。いくらゆすっても、一向に目覚めない。それどころか、
あれだけ暖かい父様の身体が、別人のように冷たくなっている事が、
怖くて怖くてたまらなかった。どうして、どうして、どうしてーー
私はパニックになった。
その時だった。
「けっ..。人間様に抵抗するからだ。おいガキ。
俺たちは先週、この地域に入植してきたんだ。もうここは
お前らの土地じゃない。さっさと出て行け!」
「ぷっ..。その死体も一緒に担いでな!!」
怒りで、目の前が真っ赤になった。
そしてこの時、運命の悪戯か、私の利き手側には偶然、
魚や、稀に出没する野生生物を狩り、それらを加工する用のナイフがあった。
「お前らが、死ね」
快感だった。親の仇の喉元を切り裂くと、血が大量に噴き出した。
返り血を浴びて、私は恍惚とした。興奮した。苛立ちは徐々に冷め、
私の脳みそは殺人欲求で埋め尽くされた。
もっと殺すーー
私は生まれつき、動体視力が優れていた。だから、至近距離で矢を放たれたって、
その軌道までもが、スローモーションのように見える。人を殺すにはうってつけだった。
私は、殺したりなかった。だから、人間同士の戦いに度々傭兵として雇ってもらった。
敵軍だけでなく、時には自軍も殺す。集落におりては、民間人も惨殺する。
そんな生活を、何百年もし続けた。人を殺すのが生き甲斐だったーー
♢
「引くよね..。でも、これが私だった..。当時は、人を殺す事が楽しいと、
本気でそう思っていた....」
「....」
「はい!私の暗い過去はここまで!そんなにしんみりしないでよ!
こんなどーでも良い話よりもっと、言わなくちゃいけない事があるんだから!」
「....」
「私は、この森に来て100年間。この森で生活する傍ら、ずっとスタンリューマ
の監視をしていた。そうして、いくつか入手した情報がある。まず一つ目は、
あの娘は加護を所持しているという事だ。これはまぁ、君達の想像通りだが..、
とにかく、人の精神に作用し、他者を意のままに操る能力と言ったとこか..」
「そして二つ目は、彼女の出生について。
彼女は幼少期、ずっと人間の管理下で育った。自由もない。酷い環境さ..。
ラマーヌ王国ーーもう既に滅亡した国..。たった1日で滅亡したーー
表向きは、当時私が属していたテロニカ王国軍による攻勢とされているが、
実際は違う..。当時まだ18歳だったスタンリューマと、死んだ彼女の”姉”。
そのたった二人だけで、一国が滅んだんだ....」
「それで、これは最後なんだけどーー..。ってツルギ!お前さっきから本当に
聞いているのか?何か反応をしてくれ!!」
「....はい」
「うん!じゃあ最後にはなる。というか、これが一番大事だ..。
だから、これから言う事を絶対に忘れるな。
スタンリューマは 」
「え..?」
「本当だよ。私たちが普段見ている彼女は、彼女じゃない。
きっと、さっき説明した加護の力を使っているのだろうな..」
「..。あの、質問良いですか?」
「ん..?何だ....?」
「スタンリューマは、その..、やっぱり魔女と関係が....」
「あぁ....。それは..................................
それは、”血”だった。
次の瞬間に、キューラが喀血した。
「キューラさん!!!!」
「あっはは..。まだ余裕あると思ってたんだけどな..。もう、”すぐ”みたいだ..」
突如、キューラの顔は真っ青になり、呼吸は荒くなった。
身体が定期的に痙攣し始め、血と共に、大量の透明な液体を吐いた。
「ツルギ....。回復はもう、無駄だよ..。前にも言ったろ?寿命には逆らえないって..」
「いやまだだ!!まだ寿命は来てないんだ!!」
「ツルギ!!!」
しかしその後のキューラの叱責によって、俺は黙るより他はなくなった。
「ありがとう..。最後まで治そうとしてくれて..。とうに穢れた私なんかを..」
「キューラは穢れてなんか....」
「穢れてるよ..。人を沢山殺したんだから..。それよりさ、ツルギ....。
最後にこれを、君に渡すよ....」
「な、何ですかこれ....」
「古代遺物『人探しの鏡』..。会いたい人の近くに転送出来る便利アイテムさ..。
ただ、使用制限はたったの一回......」
「....。どうして今こんなものを!?あなたが使うべきでしょ!!」
「ううん..。私にはもう必要のないものだよ....」
「必要ないって..。会いたい人は、、いないんですか..??」
「いないよ。だからゴミだし..。あなたにあげる..。うん。そーだね..。使用例としては、
それを使って、『魔女』に会ってみる。とかさーー」
「あ....」
「うふふ..。じゃあ、後は頼んだよ....。もう行っていいわ..。
最後は、、一人にさせて....」
強い語調で、ここから去るよう促された。俺の手には、彼女から渡された、
銀色の化粧鏡の形に似た古代遺物が握られている。
俺はそれを、もう一度強く握りしめ、唇をギュッと結んだ。
彼女をどうする事も出来ない。自分が不甲斐なかった。
そしてもう、俺はここからいなくなるーー
彼女の最後を見送る事さえも出来ぬままに、、
ただ、俺は彼女と誓った。魔女を倒すように..。この鏡を使ってーー
だからもう、俺はキューラに、別れの挨拶をしよう..。
「キューラさん..。今まで........」
いや待て..。本当に、これで最後で、良いのか....。
彼女は、いろんなエルフ達の人望を集めている中、最後の最後ーー
何故か人間である俺に、自身の過去、そして情報を共有したーー
ー人間
俺はキューラの過去を聞いて、正直少し、怖いと思ってしまった..。
確かに、彼女の幼少期の出来事には共感出来る..。
人間に肉親を殺害されたのが、全ての元凶だ。
でもそれ以降、快楽の赴くままに
人を殺し続けた彼女の過去を、ほんの少し、怖いと思ってしまった。
それは多分、自分が人だからという、とても身勝手な理由だ。
こんな最低な感情を抱いてしまった自分を恥じたーー
でも、だから余計に気になるのだ。キューラが何故、そんな過去を包み隠さず、
俺に語ろうとしたのかがーー
「キューラさ..」 「待って!!」
そして、二人の声は重なった。
「どうしたんですか..?」
「ごめん..。最低だよね..。私....」
「何が..ですか..?」
「しらばっくれないでよ!!ツルギ!私の過去を聞いて、どう思った!?
怖かったでしょ?軽蔑したでしょ?そうよ..。私の罪はもう、消えない....。
だから、私の最後だって、、クソじゃなきゃいけないの!!こんな過去を!
私の過去を人間である貴方に話して、それでお前は最低な女だと言われて、
そうやって死にたかった!全ての人から、石を投げられて死にたかった..」
「....」
「そうやってまた無視するのね。でも良いわ..。恨まれたって仕方のない事を、
私はずっとやり続けてきたんだもの..。大勢殺したーー
それである日、自分がしてきた事の過ちに気づいた。でももう遅かったのよ!!
もう、私は戻れない所まで来ていた!今更後悔しても遅かった!!だから。
うん、、もう全部言えた。もう消えてよ!!」
俺は面食らった。
今目の前で話す彼女が、これまでとは全く別人のように見えたからだ。
そして彼女は言った。『嫌われたい』と、
確かに、そういう気持ちになるのは理解できる。
ただ、俺はこの世でそれを一番理解出来てしまうから、同情と同時に、
俺の腹の底からは、徐々に怒りが湧き上がってきた。
「....。俺、そういう人、この世で一番嫌いなんですよ..」
気づけば、俺はそう言っていた。
「え..?」
「過去になんかやらかして、それを後悔し続けて、全部どうでもよくなっちゃう人..」
「そうでしょ..。あはは、良かったわ..。最後にちゃんと嫌われて..」
「はい。大嫌いです..。だって生前の、俺がそうだったから..」
「....」
「だから俺は、貴方みたいに後悔ひきづってどうしようもなくなってる奴の気持ちに
だけは共感出来るんだ!だって俺だから!そして、今の俺が貴方の立場だったら、
俺はきっとこう思っている。誰かに嫌われたいだとか、口先ばかりそう言っておいて
その実、本当は嫌われたくない!!そんな事思ってないよとそう言われたいだけなんだ!」
「ち、違う..。私は本当に....」
「女々しいんだよバカ!!!本当の事を言えよ!!」
「だ、だから私は....」
すると、
終始笑顔を取り繕っていた彼女の口角は徐々に下がり始め、次第に唇が震え出した。
瞳は陽炎のようにユラユラと揺れ動き、やがて一つの水滴へと変化したそれは、ツゥっと
真っ白な肌の頬をつたった。
「私は....」
「はい..」
「私は誰かに..、自分のした事を許して欲しかった..。
もう、人を殺した過去は変わらない。でも、誰かに許して欲しかった..。
それを期待して、私は君に、自分の過去を打ち明けたんだよ..。両親を、
同情を誘うための道具にして、自分の罪を正当化しようとした..。ツルギ..。
私は、貴方に許して欲しかった。こんな私を死地から救ってくれた貴方に....」
♢
♪♪♪
懐かしい記憶が蘇ってきた。
「白木、それなんて歌?」
「えっとねこれは確か....」
♢
「ツルギ..。その歌は..?」
「『Amazing Grace』..」
「そうなんだ..。綺麗だね..。その歌を作った人はきっと、素晴らしい人なんだろうな..」
「キューラ..」
「ごめん..。もう、疲れた..。だから、目を瞑ってもいい..?」
「はい....」
「キューラ..。俺。キューラの事、許すよ..」
「え..?」
「そうだよ。よく考えりゃ、俺は人を殺さなくなった、優しいキューラしか知らない。
だから、全ての人を代表してだなんて無責任な事は言えないけど、、許すよ..」
「本当に....?」
「うん。勿論..」
「そう..。ありがとうね......ツルギ....」
「ええ..。こちらこそ....」
彼女は、心残りなく逝けたかどうか。そんなの、俺には知る由もない..。
でも、彼女が素晴らしい歌だと言った『Amazing Grace』
あの歌の作詞者は、元奴隷貿易船の船長だった。昔のキューラのように、
善か悪かで二極化させるとしたら、確実に悪に入るような人間。
奴隷船に積まれた奴隷を物のように扱った。
そんな彼はある日、航海の途中に嵐に巻き込まれた。
そしてー
そこで彼は、自らの過去を顧み、改心する事を決意。
嵐から逃れ、奇跡的に生還する事が出来たという。
こうした体験談から誕生したのが
讃美歌第二編第167番『Amazing Grace』
俺は神なんか信じちゃいない。ただ、神という抽象的な概念を取っ払ったその先に、
何か人間の本質に迫るものがある気もする。
でも、
「キューラ....。貴方はまだ良いよ....」
だって俺には、謝りたくても、赦しを乞いたくても、
それが出来る人はもう、違う世界に置いてきたのだから..。
〜キャラ名について〜
基本的にキャラの名前はインスピレーションで適当につけてますが、
キューラさんだけは『治す』という意味のcureから取りました
〜人探しの鏡について〜
ぽっと出の装置ですが、これをキューラが最後まで持っていたのには
訳があります。というのも、この鏡をダンジョンで手に入れた時、そこには
『会いたい人の所へ行ける』とだけ書いており、詳細な条件は明記されて
いなかったからです。彼女はもしかしたら、死んだ父と再会出来るかも
と考えました。でも、再会するのは、自分の死の直前が良い。そうして、
使わないまま放置していましたが、一度死んだあの時、死者との再会は不可能
であると本能的に悟り、ならば最後は誰かに託すべきだと思うようになったのです。




