第三十三話 告白②
剣の過去編です。
全二話構成にする予定です
「お母さんのお婿さんになる〜!!」
ガキのトラウマ。俺にとってのトラウマ。
あんな言葉が、自分の口から発せられていたと思うだけで、鳥肌が立つ。そして、
「あの頃はあんなに可愛かったのに〜」と、
過去のトラウマを掘り起こし、現在と比較する母親の精神性にも問題を感じる
俺も、地元の芋ガキが集まるバカ公立小学校で6年もの刑期を満了したと思いきや、
今度はまた、新たな刑務所(中学校)で三年もの武者修行を強いられる羽目になった。
最悪だ。俺は学校が嫌いだ。
あの、キーンコーンという鐘の音と共に、掃除機(校舎)に吸い寄せられる埃(生徒)
共は、まさに愚民の象徴だ。ああいう連中が、将来一生誰かの下で、馬車馬のように
働き搾取され続けるのだろう。
ふぅ
ビターなブラックコーヒーが、俺の舌を刺激した。
朝っぱらから、こんな誰もいない公園で、一人でブラックコーヒーを飲む俺、
マジでイケてる..。そして、俺はまだ一口口をつけただけのブラックコーヒーを、
そっと公園のベンチに置いて放置した。
苦くて飲めないわけじゃない。公園の浮浪者たちへ、
俺からのささやかなプレゼントだ。
「さて..。一限はもう終わってしまったようだ..。仕方ない。二限から参加しよう..」
入獄し、ハヤ一ヶ月。俺は一限をブッチし、二限から参加する事に味を占めていた。
しかしである。何故だか知らんが、俺が二限登校を始めて以来、”あいつ”も
この時間帯に登校するようになったのだ。
それだけなら別に良い..。ただあいつは....。
「ちょっと剣!!また遅刻しているじゃない!!ダメよ!授業をサボっちゃ!」
このやかましい女は、俺の幼馴染という奴だ。名を女という。
あぁ、ルビを振るのを忘れた。女と書いて、女と読む。
バカ親からキラキラネームを付けられた、哀れな女だ。
「おはよう〜..。イヴ〜..」
「ちょっと!!その名前で呼ばないでって言ったでしょ!!」
「イヴ〜..。イヴだって遅刻してるじゃん..。人の事言えるの?」
「違う!!私が遅刻してまで時間ずらして登校してるのは、あんたが原因!
あんたが遅刻癖直さないからこうやって毎日注意してるんでしょ!!
家のインターホンだって何度も鳴らしてるのに、いっつも無視するじゃない!」
「ごめんよ〜..。イヴ〜..。次からはしないよ〜..」
「だから何度イヴと呼ぶなって言ったら分かるの!?私の事は白木。
それか白木さんって呼びなさい..」
「分かりましたよ。白木様....」
白木女
彼女は、小学校、いや、下手すれば保育園の時から仲が良かった。
今ではすっかり廃れた関係だが、当時は『結婚する〜』とか、本気で言い合ったり
していたっけ。あぁ、また一つトラウマが..。
「それで..。剣はどうしていつも遅刻するのよ?」
「別に..。ただ、決まった時間に、俺は縛られたくはないのさ。
俺は誰にも縛られない生き方を選ぶ者。自由の探究者。その名を!」
「うん。そういうの良いから」
当時の俺は、厨二病全開のクソガキだった。
だから当たり前っちゃ当たり前だが、勿論彼女以外に話せる奴なんかいなかったし、
それは、自分の会話レベルに周りがついていけていないだけなのだと本気で思っていた。
「はい。これ、さっきの一時限目のノート..」
「え?お前も遅刻しただろ?」
「先生に頭下げて教えて貰ったのよ!」
「あっそ。別に見せてくれなんて頼んでないけどな〜」
「じ、じゃあ見せない!テストで悪い点を取っても知らないんだから!」
「ふふっ。俺にテストの点で張り合うのならやめておいた方が良いぜ..」
「知ってるわよそんなん!!じゃあね!!」
朝、あいつと一緒に登校して、あいつと一緒に下校する。
クラスも一緒だったから、休み時間中はいつもおしゃべりしていた。
あいつにも友達がいなかったから。ぼっち同士、
気が合っていただけなのかもしれない。
ただ、あいつは顔が良かったし、勉強も、運動も、何を取っても完璧だった。
だからそんなあいつに負けたくなくて、俺は勉強だけを死に物狂いでやって、
なんとかあいつより数点高い位置をキープし続けたが、それでも、トータルで
あいつに勝つのは不可能だった。
♢
中学二年になった。この頃になると、俺の厨二病はおさまった。
俺は厨二病になるのが早かった分、治るのも早かったのだ。全治一年の大病だった。
「で、あの時剣はこう言ったの!俺は自由の探究者だって!」
「おい!それもう言うなって!!」
そして、厨二病が治ると同時に、地獄が始まった。
あいつ..白木が、俺のイタイ過去を定期的に掘り起こし、煽ってくるのだ。
俺はだんだん、白木の事が鬱陶しくなってきていた。
「剣。お前、白木と付き合ってんの?」
ある日、クラスの鼻つまみ者の不良四人組の一人の、チンピラみたいな
アホヅラのバカ男に、そう聞かれた。
「付き合ってないよ」と、俺は正直に答えた。
「そっか。じゃあ俺が告っても良いよな?」と、チンピラは言った。
別に、興味はなかった。ただ、胸が少しモヤついて、やな気分になった。
確かに、白木は顔も良いしモテるから、今までもよく告白を受けていたが、
その度に断っていた。だからこのチンピラにはまず無理だ。でも、そう
分かりきっているのに、俺は言った。
「良いよ。でも、君にはあいつは釣り合わないと思うよ」と。
その日から、いじめが始まった。
俺は毎日、人のいない所で殴られた。手や足なんかはすぐにアザだらけになったから、
真夏なのに、俺は長袖を着るようになった。家でも服の着替えは親に見られない所でした。
誰かに心配される事が嫌だったからだ。すると、それを良いことに、
あいつらの暴力はだんだんエスカレートしていき、俺はあいつらに、『奴隷』
と呼ばれるようになった。
奴隷は逆らってはいけない
奴隷は主人の言う事を忠実に守る
俺は、主人の言いつけを守る従順な犬になった。
「ねぇ剣?なんで長袖着てるの?」
ある日、白木がそう聞いてきた。
「別に..。暑くねーから....」
「暑くないのと、着ないのは、何も関係なくない?」
「ははっ..。そうだね....」
俺は白木と一緒にいるのが、苦痛で堪らなかった。白木といればいるほど、
俺はご主人様に殴られるからだ。結局、あのチンピラは白木に告って撃沈したらしい。
だからあいつの俺に対する嫉妬は相当なものだったのだろう。あいつのパンチは、
人一倍殺意がこもっていた。でも、俺は耐えた。
白木と一緒にいたら殴られる。でも、俺は白木と一緒だった。
白木の事は、鬱陶しいただの幼馴染くらいにしか捉えてなかったけど、
何やかんやで、気心は知れているし、話していて楽しかった。
でも、最近は真逆の感情を抱くようになっていた。
俺は白木と一緒にいるのが苦痛で堪らない。殴られるのもあるが、何より、
成長して、俺は性を知ってしまった。だから、前みたいに、一緒にいて純粋に
楽しめなくなってしまったのだ。それに、俺以外の奴らはみんな、男は男と、
女は女とで別々になって行動している。だから周りの奴らから、
『円満夫婦』と陰口を叩かれている事も、最近になって気がついた。
「それでね!私が最近ハマってる猫ちゃんの動画が〜..。って....、
どうしたの剣?元気なくない?」
「いや、別に..。ただ、お前はどうして、そんなに俺に構うんだ..?
白木は俺じゃなくて、他の女子と話したりしなくて良いの?」
「別に良いよ。今更話してもあんま会話についていけないしさ。
それより、その猫ちゃんが可愛くてね〜。あー私もパパが猫アレルギー
じゃなかったら猫飼えるのに..」
「鬱陶しいんだよ!!」
この時、俺は初めて、白木に向かって大声で怒鳴った。
「毎日毎日..」
「ち、ちょっと剣..。何言ってるのさ..」
この時、白木はもう泣きそうな顔になっていたが、俺の気持ちは収まらなかった。
今考えると、ここが分水嶺だったのだ。ここで、俺が土下座してでも謝れば、まだ
関係性は修復出来たのかもしれない。ただ、俺は感情に任せて言ってしまった。
「第一さ、、俺たちもう中二だぜ..。付き合ってるわけでもないのに、
男女で登下校ってさ..。周りの目だって考えろよ..。お前は無関心かもだけどさ..。
俺は..、周りに変に誤解されてどんだけ困ってると思ってんだよ!全部お前のせいだ!
お前と一緒にいなけりゃ俺は..、、とにかくもう、お前とは友達でも
何でもないから。今まで義理で仲良くしてやってたけど、もう疲れたわ..」
全部言い終えた時に、白木は泣いていた。俺はそこでようやく、
自分が彼女に、とんでもない事を言ってしまったのだと気が付いた。でも、
一度吐いた言葉はもう飲み込めない。後悔したってもう遅かった。
「へぇ..。そんなふうに思ってたんだ..」
彼女は自分の涙を手で拭って、俺の頬をぶった。痛かった。
不良にたくさん殴られたけど、あれが一番痛かった。
俺の頬は赤くなった。俺の目からも、涙が出て来た。
「大嫌い!!」
そう言い残し、彼女は俺の元から去った。その日から、永久にーー
彼女はいなくなった。登下校も一人でするようになった。休み時間も、
話し相手がいなくなった俺は、机に突っ伏して寝たふりをした。
心の中に、ぽっかりと大きな穴が空いたみたいだった。
自分で壊しといて、俺は初めて、自分が壊したものの大切さに気が付いた。
俺は孤立し、一人ぼっちになった。
しかし白木は、すぐに新しい女友達を作った。渡り廊下ですれ違っても、
もうお互いに目を伏せ、会話を交える事はない。横切った後、白木の
取り巻きがヒソヒソと囁く声がした。白木も便乗して笑っているように見えた。
日常はガラリと変わる。しかし、変わらないものが一つだけあった。
不良たちの暴力は、依然として続いていた。彼らはもう、俺が白木と一緒にいる
のがどうこうではなく、単純に俺をサンドバックのようにして楽しんでいる
だけだという事にも気が付いた。
そんな不良の一人が、俺に言った。
「お前、白木の財布取ってこいよ..」
耳を疑った。つい先月まで告白しようとしていた女の財布を、
俺に盗ませる。つくづく男の嫉妬は怖いと思った。自分を振った
腹いせなのか分からないが、ここまで来ると逆に感心するくらいだ。
「嫌だ」
俺は断った。殴られてもいい。ただ、そんな事をしてまで、俺は
人間性を放棄していない。以前先生が『思考の放棄は人間性の放棄』だと言った。
その通りだと思う。俺が財布を盗む事に承諾したら、俺は人でなくなる。
しかし、バカだと思っていたそのチンピラは、今の俺の考えうる中で
最悪の提案をした。
「分かったよ。じゃあ、お前は白木の財布を盗まなくていい。たが、白木は
どうなるかな?あいつの通学ルートは全部抑えてある。あはは!もう分かるよなぁ!?
俺たちに襲われたらどうなるか。お前は身をもって知ってるはずだぜぇ??」
悪魔だと思った。こいつは人間じゃないと、初めてそう思った。
イカれている。こいつらなら本当にやりかねない。
でも、俺はもう、白木と仲違いしていたし、彼女を助ける義理はなかった。
だから、俺は自らの手を汚す必要はない。あいつがどうなろうと、
知った事じゃない..。
俺はまだ、そこまで落ちぶれちゃいない。
一人でも、寂しくても、たった一人今まで仲良くしてくれた幼馴染が
不良に犯されるのを看過する程、俺は落ちぶれてはいないかった。
俺は初めて、人の財布を奪った。
革製の白木の財布は思ったより重くて、手に冷たい感触が伝わってきた。
俺は事の重大さを再認識すると共に、この時はまだ、何とかなるとも思っていた。
そうだ。彼女に、もう全部打ち明けてしまおう。
俺は何を今まで、一人で抱え込もうとしていたんだ。
俺は財布を戻し、親や教師、そして白木に、全てを告白しようと思った。
ちょうど、その時だった。
「財布泥棒だ!!」
チンピラと、クラスのメンバー全員が、教室の中に入って来たのは、
この時、白木はどんな顔をしていたのか、もう思い出す事は出来ない。




