第三十二話 告白①
「ねぇ..。昨日から気になってたんだけど..、どうしてこの森は毎日、
行方不明者が出ているわけ?」
最初に聞いてきたのはメリッサだった。
「そ、それは..」
魔女ーーそれも、メリッサの”せい”だなんて、言えるはずもなかった。
しかし、他に良い言い訳が思いつかない。しばらく逡巡していたその時ーー
「え?知らなかったの?魔女の仕業よ、魔女の仕業!!」
目にかかった前髪を払い除けながら、サーニャがそう、気だるげにかたっ..。
いや、それどころじゃないだろ!
「サーニャ!ダメだよ言っちゃ!」
「魔女は今、<気化の呪い>という呪いを発動する、儀式を行っている最中なのさ。
そして恐らく、その狙いは君だろうね。メリッサ様..」
あぁ..。もう全部言っちまったよこの人..。さて、どうしよう..。
きっとメリッサは今頃、自責の念に狩られて..。
「あっそう」
しかし、彼女の返事はあっさりしていた。
「なるほどね..。となると、あの魔女様は私に接近戦じゃ勝てないのを見越して、
陰でコソコソと、呪いを発動させるための儀式を進めている..。と..。
サーニャ。その、<気化の呪い>とは、一体何なの?」
「<気化の呪い>。相手の肉体を、チリ一つ残さずに気化させてしまう恐ろしい術よ。
多分、ツルギの回復能力を持ってしても、どうこうなるものではないわね..」
「そう、じゃあ、それとこの森の行方不明の関連性は?」
「だから、呪いの発動に必要なものが、七人の生命体なのよ。
そして、魔女は人を攫う際に、木に特徴的な刻印を刻むの。とにかく今日で4人目。
だから、私たちに残された日数は後3日しかない..」
「ふ〜ん....。気になる事は山ほどあるけど..。今は、私の生死以前に、
もっと大きな問題が、この森にはあるじゃない?」
サーニャは俯き、黙ってしまった。
「スタンリューマ..」
そして俺も思わず、彼女の名を口ずさんでいた。
「どういう事なのかしらね。ツルギが私と、サーニャの頭に触れ、回復をかけた瞬間。
それまでの思想、主張が、まるで別人であるかのように変わった。そう、
サーニャは何も思っていなかった人間を憎み出し、私は依然としてこの森にいる事実に、
不意に疑問を抱いた。それも急激に..」
「第一、彼女は今どこにいるのよ!」
サーニャが声を荒げた。無理もない。緊迫した状況下で、不可解の連続で、
みんな精神的に参っているのだろう。
「..。魔女を探しに、、なんてのは、流石にもう、嘘、、ですよね..」
「当たり前じゃない!私が言いたいのはね。スタンリューマはもう、間違いなく”黒”。
だから何としてでも彼女の居場所を見つけ出して仕留めないと!!」
「......」
確かに、俺も以前は、スタンリューマを疑っていた。
でも、、だから分かる..。もし、彼女が魔女だとしても、、そもそも魔女自体..。
「サーニャ..。メリッサ..。魔女はもしかして、”良い”奴だったりはしないのか..?」
しかし、俺のこの発言は、二人の琴線に触れただけだった。
もう、彼女を擁護するのは、かえって火に油を注ぐだけだなんて分かってるよ。
でも、彼女を、俺はスタンリューマを信じたかった。
「ねぇ、彼女も、”加護”を持ってたりするの?」と、メリッサ
「多分ね。さっきので確証を得たけど、多分、他者の精神に関与するものよ..。
精神操作とでも、名付けておきましょうか?」
「なるほど。それなら合点がいく」
やめてくれ..。
「では、私たちも、明日からこのツリーハウスを出よう。安心して、
魔女との戦闘は経験あるし。いざという時はツルギもいる」
「魔女と戦った..。その時、魔女の顔は..?」
「それが、不意打ちで<老化の呪い>をかけられてしまい、
薄れゆく認識の中で、咄嗟に加護を発動できたから良かったものの..。
顔の視認には至らなかったわ..」
「そう。そういえばキューラも同じような事を..」とサーニャ
「......??」
「どうしたのツルギ?」
メリッサが、不安な顔でそう尋ねてきたから、俺は言ってやった。
「ど、どうしてみんな..。スタンリューマを、あいつを疑うんだよ!!」
「....ご、ごめ。私はそんなつもりじゃ..」とメリッサ
しかし、サーニャは俺に向けてこう言い放った。
「ねぇツルギ..。的確な判断を下す際に、もっとも邪魔になるものって何だと思う?
相手への情けだとか、恋だとか、そういう不必要な感情よ。そんな綺麗事込みで
解決できるほど、今回の問題は甘くないのよ!私情を挟まないで!たかだか一年ちょい
一緒に生活したくらいで..」
「くっ..」
出かけた言葉を、俺は飲み込んだ。サーニャの言った事が正論で、
納得してしまったからだ。
俺は、スタンリューマを、信じ切って、疑おうとしなかった..の、か..?
「ごめん..。ツルギ..。言い過ぎちゃった..。そりゃ..、私だって、あの子が魔女だなんて
思いたくないよ。でも、私もメリッサも、心を鬼にして、悔しい感情を必死に抑えて、
何とかやってんだ..。だって、メリッサに死んでほしくないからさ....」
「さ、サーニャ..」
「ツルギ..!君は..、私を過去と決別させてくれた恩人だ。だから..、私は..、
君たちと一緒に、これを乗り越えていきたいの!だって”仲間”でしょ。私たち三人!!」
感極まって、俺は涙が出そうになった。サーニャが、俺たちの事をこんなに
大切に思ってくれていただなんて..。
ーしかし、
「ねぇ。サーニャ」
「なに?メリッサ..?」
「あなたがさっきおっしゃってた不必要な感情とやらに、”友情”、”調和”、”博愛”の精神。
含まれていないのかしら?」
「ど、どういう意味??」
「別に、魔女がどうこう。呪いがどうこうはどうでも良いのよ..。
ただ、私が言いたいのは、あなたが先ほど、ツルギに講釈垂れてたものの内容に関して。
要は魔女様の正体を掴むためには、私情を捨てろというのだけれども、
あなたは同時に、私たちは仲間だとも言った。これって矛盾していないかしら?だって、
仲間なんて、綺麗事でしょう?ただの知人のカテゴリーをそういった言葉で括って、
排他的なコミュニティを作り、身内で馴れ合いするだけのゴミ集団。それが
私の、仲間という語に対する認識よ。だから私を、仲間だなんて安い言葉で
まとめようとしないで頂戴。不愉快」
「わ、私はそんなつもりで言ったんじゃないよ!!」
「そ..そうだよメリッサ..。サーニャは..」
「ツルギ!!あんたは黙ってなさいよ!大切な女の子一人信じ抜く事が出来ない
小心者。一見物事を達観して、合理的に判断しているように見えて、あなたは
いつも、その場にいる誰かの発言を無意識に間に受けているだけの臆病者よ!」
「そんなわけないだろ!」
「じゃあ、あなたは、何がしたいの?」
「ま、魔女を殺さないと..。殺さないと、メリッサが..」
「そう?じゃあ一つ質問。もし、スタンリューマが魔女だと確定したとする。そして、
あなたの目の前には今、私たちに追い詰められ瀕死の魔女がいる。で、あなたは今、
手に、一本の、鋭利な剣を握っているとするわ。そうなった時、あなたはどうする?
彼女を刺して殺す?それとも、殺さない?」
そうだ..。俺は、魔女を殺すんだ。殺すに決まってる。
それがスタンリューマでも、答えは変わらない。
ー殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
「どっち?」
「ころ..」
あれ..?
「どっちよ?」
「だ、だからころ....」
「ちょっ..。ツルギ!魔女を殺さないと、メリッサは死ぬのよ!!
あなたそれでも殺さないって言うの!?」
黙れ黙れ黙れーーーだから。俺は殺さないといけないんだ。
殺さないと....
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
「こ、殺したく..ない、です....」
え?何言ってんだ俺..?
「こ、殺す..。いや、あはは..。あれ、なんで泣いてんだ?
「つ、ツルギ..。大丈夫?い、一回落ち着いて!!」
「サーニャ!あなたも黙っていなさい!
良い?ツルギ。それがあなたの答えよ。あなたは私が死ぬ事よりも、
正体を知って尚、スタンリューマを殺さない道を選んだの!!」
「そ、そんなはずない!だって俺は一年前から、メリッサが意識を
取り戻してくれる事だけを願ってた!!今回だって同じだ!!
スタンリューマが魔女だったら俺は!!」
パシっ
俺の頬に衝撃が走る。それがメリッサのビンタだと分かったのは、
数秒経ってからだった。
「違う!!あなたは私の意識を取り戻すために一年森にいたわけじゃない!」
「じゃあ、何の為に..」
「スタンリューマと、あの子と一緒にいたかっただけ!あなたはずっと!!」
「う、嘘だ嘘だ!!だって一年前、俺はまだあいつと知り合ったばっかだった..」
「それは私も同じじゃない!?
「つっ......!!」
「でも、どうして俺はあいつと一緒にいたいだなんて思ったんだよ!!
あんな無愛想で、生活スキルもなくて、狩りも碌に出来ないからいつも駆り出されて..」
「でも....。たまに垣間見せてくる笑顔が可愛くて..、頭撫でてる時なんか、
髪すげーサラサラで良い匂いするしさ..。俺が飯作ると、美味しいって..。
喜んで、食べてくれんだぜ..。知り合ったばっかで、意識がずっと無かったメリッサを
殺した方が良いと言ってくるエルフたちから、いつも俺たちを、あいつは一人で
庇ってくれてたんだぜ....」
「うん。もう、答えは出てるね..」
「答え..?」
「そう。あなたは、魔女に加担する”場合”もあるって事。
もしそうなれば、私と君は、互いに敵対することになるかもね」
「ふ、ふざけないでよ!私はそんなの認めない」
「良いツルギ?『思考は柔軟に、ただ、信念は絶対に曲げるな』。
それが、私の死んだ母の最後の教えだった。周りがどうとか。自分の行動を
世間と照らし合わせて、傷つかないで生きるのもありだとは思う。
でも、私たち、たった一度の人生よ!!」
「まず、動機は何であれ、自分は何をしたいか?でしょ!」
「そうだな..」
「で。私、まだ肝心なとこ一つ聞いてないんだけど。
あなた、スタンリューマの事好きなの?」
「......」
「好き..です....」




