第三十話 仲直り
ー私は、死んだに違いない。
片腕を失った直後、私の頭上に眩しい光の粒子が降ってきたのを見た瞬間、
それは私の胸に付着した。
その後、身体に猛烈な激痛が走り、私の視界情報はそこで途絶えた。
まさか..。最後に殺されるのが”人間”だなんて..、
激痛が走る寸前、私の脳裏に走馬灯のようなものが駆け巡ったその記憶は、
人間に対する純粋な殺意以外の何者でもなかった。
私は人間が大嫌いだ..。今も、昔もずっと..............。
おかしいな..。
もう、身体の感覚はないのに..、どうして泣きそうになっているんだろう..。
ーどうして....
「さ、サーニャさん!!」
「あれ....」
ー刹那
私の網膜に、光が届き、人間の像が結ばれた。
私は仰向けに横たわっている状態だった。着ていた服は既に焼失しているのか、
地面の湿った土の感触を肌で感じる。しかしそれを気遣ってか、私の身体の上には、
人間の男の、上着が乗せられていた。
私は、人間が嫌い...........。
「どうして、泣いているんですか..?」
私の瞳に、涙の膜が張った。でも、上を向いているから、それは水面張力で流れ落ちる
事なく、ずっと溜まったままだ。そのせいか、この人間の顔が、滲んで見える..。
「み、見ないでよ..」
私はぶっきらぼうに答えた。
人間に、自分の痴態を見られるのが屈辱的でたまらなかったから。だからーー
横を向いた。そうするとようやく私の涙は流れ始め、透明な筋が地面をつたった。
そして、そこで私はようやく気づいたのだった。
失ったはずの自身の片腕が、綺麗に元通りになっている事に、
その事に驚いてしばらく唖然としていると、先に言葉を発したのは人間だった。
「一つ聞いていいですか。どうして、俺たちを殺そうとしたんですか?」
耳元に、酷く落ち着いた人間の声が届いた。
「私は、昔人間に酷い事をされてきた。だから、復讐してやろうと思って、、、」
私の声は、涙と鼻水のせいもあって、酷く掠れていた。
「私は、人間が大嫌いなの。私たちを騙して、、、利用して、、捨てるの、、、。
私の家族はみんな、みんなお前らに殺されたんだ。。。。私たちは平穏な日常を
送れたらそれで良かったのに、、お前らに、、それさえも奪われたんだ、、、。
だから、、私は私が奪われたように、、お前らの日常も奪い去ってやりたかった、、。
だから殺そうとした!それの何が問題なの?私に同情しているつもり?私の今の
この気持ちも何もかも、全部分かった気になって、、だから、、あなたは
私を助けた。そうでしょ!?ふざけないでよ!!私はあなたに同情される程
安い命じゃないの!!ねぇ、何とか言えよ人間!!!!!死ね、、、死ね.....」
「死んじまえ......」
言いたい事が濁流のように溢れてきて、私はそれら全てを吐き出した。
気持ちが悪かった。自分でも、自分が何を言っているのか分からなかった。
でも、、きっと今言ったことが、私が胸の奥にずっと閉じ込め続けてきたものの
全てだ。これが私の本心だった。それを、全部ぶちまけてやった。
私の全てー
さぁどうするの人間?私を殺しなさいよ。むかついてるでしょ?
それとも、どうしようもない奴だと呆れてものも言えないの??
「メリッサ..。少し行きたいとこがあんだけど..」
「どこ?」
「王立図書館の最上部..。前にスタンリューマと一回行った事があって..」
「良いよ」
〜座標移動装置<開>〜
二人の間で、やり取りがなされているのに耳を傾けながら、気づけば私は、
いつも書庫で惰眠を貪っている王立図書館の最頂部に来ていた。
巨大な枝葉が生い茂る中、長い螺旋階段を登り切った先にある、小さな小さな
ツリーハウスで、四方の壁はくり抜かれ、
そこから森の景色を見渡せる仕組みになっているのだ。
しかしこんな場所に今更連れてきて、一体どうするのだと..。
「ねーツルギ..。座標移動装置。一人二台しか配布されてないのに、
最後の一台を使わせたんだから、ちゃんと役に立ててよね!」
「あぁ。任せろ!」
人間の女はそれを聞いた後、少し微笑んでから、螺旋階段を下っていった。
今、ここには私と、人間の男しかいなくなったのだ。
「ねぇ..何?」
「はっはっは(棒読み)!人がゴミのようだ!!」
「........」
「ごほっ!ゴホゴホ!!」
「ごめん..。今のは聞かなかった事に..。と、とにかくさ。下..見てみろよ..」
「うん..」
何?まるで意図が理解出来ない。それに下を見ろったって..。
「ここからの景色ってマジで絶景だよな〜。樹海と、その奥にある
リューズ王国のお城まで全部一望出来る!」
「ねぇ..。だからそれが何なの?」
「本当に..俺って人間がマジでちっぽけなんだって思えてくる。それに、
下を歩いてるエルフ達だって、こっから見りゃアリンコみたいだぜ!」
「まぁ..小さく見えるのは認めるけど..」
「俺が昔、どっかで読んだ本でさ..。人間を、物質の最小単位の原子に例えてみるって
話があったんだ。だからさ、あそこを歩いてるのを原子1、2、3みたいに番号つけて..。
そんでその原子一つ一つを良く観察するとさ、みんなそれぞれ色んな意志を持っていて、
考えがあって動いてるってのが分かってくるって。
ほら、あそこを歩いているエルフはきっと、
狩りの帰りで、家族に、美味しい料理を振る舞おうと考えてる。みたいな感じに..」
「ふーん..。論理の飛躍だね。人間もエルフも、原子というのはあくまで比喩で、
要は、いかに私たちが、大きな大きな運動の中のごく一部の、ちっぽけな存在に
過ぎないかって事でしょ?それで、そういうのを例に出す奴は決まって言うのよ。
あんたの悩みなんて、この広い世界から見ると、本当にちっぽけなんだって。
だから、そんな細かい事を、いちいち気にすんなってそう言うの。あなたもそれをーー」
「くだらないよな」
「え..?」
「だから。そうやって、でかいものを引き合いに出して、
お前の悩みなんて小さいって、そうアドバイスする奴ら」
「そ、そういう事を言いたいんじゃないの!?」
「だってさ。それを言ったところで、悩みは消えないんだぜ。
それどころか、俺はこんな小さな悩みで一々頭を悩ますような人間なのか?って、かえって
メンタルが落ち込む事にも繋がりかねないしなぁ..」
「み、妙に説得力があるのだが..」
「ま、まぁね..(実体験ですから)」
「だ、だからさ..。とにかくまずその、俺の事”人間”って言うのやめてくれよ!
今までは名前で呼んでくれてたのに、どうして急に....」
「そ、それは....」
「あはは..。後さ、、ごめん。俺、サーニャがそんなに、俺たち人間の事を
恨んでたなんて知らなく..、いや、知らなかったなんて言い訳だ..。キューラさんに、
君たちエルフの過去を聞かされても尚、優しくいつもみたいに接してくれるお前に、
少し依存してた..。だからごめん......」
「....うん..。分かった..。じゃあ私からも一つ聞いていい?」
「あぁ。何でも!」
「うん..。君たち人間はさ。どうして私たちの日常を壊したーー」
あれ..。私は何を言っているのだろう..。
ツルギは異世界人だから、私の過去には何も関与していない..。
『原子一つ一つが、色んな意志を持っていてーー』
「あ....」
「伝わった..かな......」
♢
原子は多くが集まって、分子になるというのは、中学の理科の時間で習った。
物質は、分子になって、ある一定の性質を帯びる(水とか)
じゃあ、俺たち人間はどうなのか?と、その時考えた。
確かに、人間も、ホモサピエンスという種で一括りにされちまえばそれまでだ。
でも、一人一人をよく見ると、本当に、数えきれない程たくさんの奴らがいて、
気質も、見た目も、てんでバラバラで、誰一人として同じ奴は存在しない。
だから俺がサーニャに伝えたかったのは、それだけだ。
ー色んな奴がいる。その中には勿論、悪い奴だっている。
しかしタチが悪いのは、そのような誰かの悪意に晒される事で、まるで人間の全てが、
悪い奴に見えてくるという事だ。色んな色の絵の具がある。ただ、黒を一色混ぜただけで、
全部黒くなってしまうと言えば分かりやすいだろうか..。
俺にも、つい最近までそういう時期があった。
学校でまぁ、色々あって..。
周りの全部が敵に見えて、自分の殻に閉じこもってた時期があった。
そうして異世界に転移して、
メリッサを傷つけてしまって初めて、俺は自分の過ちに気づけた。
でも、サーニャに俺のような立ち直り方はして欲しくない。あんな罪悪感を抱かせたくない。
答えはシンプルなんだ。難しく考えなくて良い。
ー「ツルギ」
そうして、全て一件落着かと思ったのだが、次の瞬間、
俺の身体はサーニャに押され、最頂部のツリーハウスを飛び出し、
緩やかな落下運動を始めた。
「え?うわッっっぁあああっっっっっっぁあああああ!!!」
〜フロート(浮かべ!)〜
「わぁ!!ってあれ....」
「あはははは!!風が気持ちいい!!前にこれ、一回やってみたかったの!!」
浮遊魔法により、加速度はもう、増す事は無く、
俺とサーニャの身体は、空気の抵抗力を受けながら徐々に減速していった。
「はぁ..。ありがとうツルギ。私に、気づかせてくれて。
考えてみれば当たり前よね!ラマーヌ人が死んだ時点で、
私と家族の無念は晴らされたも同然。それなのに、余分に殺意を抱いて損した気分..」
「......」
ここで、サーニャはその瞳に、もう一度涙を浮かべた。
「ごめんねツルギ..。私、、あなたを殺しちゃうとこだった!!ごめん..。ごめんなさい!」
「....良いよ..。サーニャ..。許すから....。だから、仲直り、しようぜ」
「うん..。うん!」
こうして、俺はサーニャとの仲を裂かずに、修復させる事が出来た。しかし....、
「サーニャ..。そのさ..、非常に申し上げにくいんだけど..」
「え?何が?」
「服..。着てないよ....」
「あっ....」
「すみませんすみません..。マジで知ってていつ言い出そうかずっと迷ってまして..。
気づくかなーと思ってたのですが、、、、」
「何で....、教えてくれなかったの..。”ツルギ”..」
ま、まずい..。また彼女の殺意が芽生え始めて..。
〜フロート〜 解除
直後自由落下を開始した俺の身体は、
30mも下に位置する地面に衝突した。




