第二十八話 サーニャの過去①
私が、人間に対し何の恨みも抱かなくなったのは、いつからだろう..。
200年前ー
私がまだ子供だった頃、私と私の家族は、エルフの森で、貧しいながらも
幸せな生活を送っていたと思う。父様と一緒に、狩りに出かけた。
母様に、魔法の使い方を教えてもらった。歳の離れた兄様とは
些細な事で喧嘩ばかりしていたけど、
どんなに酷い喧嘩をしても、次の日になると必ず、あの時はごめんと言って
夕ご飯の木の実を一個余分にくれるところが好きだった。
でも、180年前に、そんな平和な日常は一変した。
そう、エルフの森に、ラマーヌ人という人間が、侵略してきてからだ。
彼らは森に入植するや否や、私たちエルフに、甘美な言葉でこう囁いた。
「もう、君たちは狩りをする必要はない。
私たちに、協力さえしてくれれば..。君も、家族も、もう苦労する事はないだろう..」
確かに、狩りは大変な作業だ。
毎日一定の収量が見込める訳ではないし、季節によって”ムラ”も出る。
安定性は皆無と言っていいし、それに付け加え、ここ最近、森で獲れる野生生物が
減少傾向にあるのも事実だった。
だから、私の父様も、兄様も、人間に協力する道を選んだ。
彼らは男手を必要とするらしく、私たちはこの時、まるで相手にされなかったのだが、
よく考えてみれば、あの時、人間はエルフに何をさせようとしているのか。それを
先に知るべきだった。そうすれば、父様も兄様も、いや、他のエルフ達だってみんな..、
勝率の皆無な戦地に派兵され、殺される事なんてなかったのにーー
私の父様と兄様は死んだ。戦場で回収された遺体を見たが、二人の遺体はもう既に
人の形をしていなかった。兄なんか、顔が真っ黒になっていて、最初は誰だか
分からなかったくらいだ。そんな二人を見て、私と母様は泣いた。
泣き続けた。声を枯らして、涙で涙袋が赤く腫れるまで泣き続けた。
色んな感情がグチャグチャになって、頭が痛くなって、、それでも、
悲しさは全く消えず、喪失感、虚無感が膨れ上がり、茫然自失となった。
母様はストレスで、目を見張る程美しかった金髪は白くなり、
老いる事のないエルフであるにも関わらず、顔には醜い皺が刻まれた。
肌は渋紙を張ったようになり、声を出せなくなった。以来、ずっと無気力で、
まるで人が変わったかのようになった。
「どうしたの?サーニャちゃん」
ある日、そんな母様が見ていられず、一人でツリーハウスを飛び出した私に、
ラマーヌ人の兵士の一人がこう尋ねてきた。この時まだ私は、父様と兄様の死因は
不慮の事故と聞かされていたから、彼ら人間とも、普通に話していたのだ。
「母様が..、元気なくって..。父様と兄様が死んでからずっと..」
「そうか..」
「私、前の元気な母様に戻って欲しいの!!なのに..、もう、無理だよね..」
「無理じゃないさ」
「え?」
そう言って、人間の兵士は私に、小さな包みを渡してきた。
中にはサラサラとした、粉のようなものが入っている。
「それを水にでも溶かして飲めば、
きっと元気になるから。足りなくなったら..いや、
君のお母様がまたそれを欲しいと言ったらおいでよ..」
「本当に..これで元気になるの?」
「あぁ。勿論さ!」
私は嬉しかった。この粉で、
また前の母様が戻ってきてくれるとそう思ったから。
私は、それだけで嬉しかったのにーー
「サーニャ!!!あの粉は!?」
「ご..、ごめんなさい..」
「はぁ..、はぁ....、その、粉は誰から貰っているの?」
「に..人間の兵隊のお兄さん..」
「そう..じゃあ、私をその人の所に連れて行きなさい!!」
「でも..、母様最近変だよ..。もう..、粉は飲まない方が..」
「黙りなさいサーニャ!!あぁ!!あの粉が欲しい..」
『君のお母様がそれを欲しいと言ったら..』
そ、そうだよね..。きっと、母様は今、前の母様に戻ってる途中なんだよね..。
戻るために..、もっと沢山の粉が必要なだけなんだよね..。
「お、お兄さん!!母様を連れて来ました..」
「そうかい?良くやったね。じゃあ、お母様は私たちが預かるから」
「え?預かるって..、どうしてですか?」
「母様は今、あの粉のおかげで、以前よりも良い状態に近づいて
いる。でも、まだ完全に元に戻った訳じゃない。それに..。いいかい?
ここからが大事だからよく聞いてくれ。君のお母様はもう、今のままじゃもう、
一生前のようには戻らないのかもしれないんだ....」
「え..。一生ってどういう事ですか!!」
「お、落ち着いてくれ..。でも、君のお母様は今、治るか治らないかの
瀬戸際にいると言える。その確率は五分五分といったとこだ..。でも、
あの粉で君の母様を助けようとした以上、そんな賭けのような、無責任な真似
はしたくないんだ。それでだ。僕たち人間に、お母様をしばらく預けさせては
くれないだろうか?こちらには、あの粉以上に効き目のある薬を作れる技術者がいる。
その薬を使えばきっと、君のお母様は大丈夫だから!!」
私の母様を、この人は最後まで面倒見てくれる..。安心した..。
「そうですか..。じゃあ。お願いします..」
しかしこの日から、ある異変が生じた。
一人になった私は、他のツリーハウスを転々とし、食糧を工面して貰おうと試みたのだが、
行く先々で、エルフは一人も見当たらない。それどころか、人間もいない。
10軒目にして、かろうじて同じエルフを一人見つけたが、その男の子も私と同じ、
まだ幼い子供だった。
「ねぇ。君の家族は..?」
「いない..。父ちゃんは事故で死んだ。それで落ち込んだ母ちゃんを何とかしようと
思ってたら、人間の兵隊さんが俺に粉をくれて、それ飲ませたら良くなるって言うから..」
「ち、ちょっと待って!!あなたの父様も事故で..??」
「そうらしいぜ..。でも、他のとこもみんなそうだって..。人間に協力したエルフの男たちは
みんな事故で死んだって..。あと、俺の母ちゃんは今日から、人間が預かるんだと..」
この時から、私は徐々に違和感を覚え始めていた。
ーそれから、一週間経過した
母様はまだ、戻ってこなかった。
エルフの森はもう廃村同然となっており、森にいるエルフは私含め、若い子供が他に
6人しかいないといった状況だ。しかも彼らは皆んな私より幼かった。
最年長だった私は、彼らを導かねばならない。でも、子供の考えうる範囲だけで出来る
事なんて限られている。私は彼らと一緒に狩りをし、何とか食い繋いでいくだけで
やっとだったのだ。
二週間後
6人いたエルフのうち、2人が死んだ。
2人は元から様子がおかしかった。常に何もない場所に向かい、怯えるように
騒ぎ立て、身体の至る所を掻きむしっていた。そしてある晩の発狂を機に、症状
は和らいだ。しかし、掻きむしったところに出来た生傷に悪い菌が入ったらしく、
二人とも、それから一週間後に高熱にうなされ、そのまま治る事なく死んだ。
最後の言葉は『あの粉が欲しい』だった。
一ヶ月後
4人のエルフのうち、1人が死んだ。
狩りの最中、危険な野生生物に遭遇し、一人だけ逃げ遅れたのだ。
しばらくして戻ったが、そこには生々しい血痕の後しか残っていなかった。
一ヶ月半後
一人死んだ。
もう一人が打った毒矢が足元に当たり、苦しみながら死んだ。
そういえば、矢のストックはもう、森の空き家からかき集めたもの全て含め、
あと10本と少ししか無い。大切に使わないと..。
47日後
一人死んだ。
極限状態で錯乱し、崖に足を滑らせて落下死した。
50日後
矢が尽きた。
55日後
母様はまだ..戻ってこない。
この長期間
私はもう、薄々気づいていた。人間は私達エルフを騙したのだと。
私の考えた筋書きはこう、まず、人間は、エルフの男を利用したかった。
そしてその目的は恐らく、戦地への導入。人間が国同士で戦争をしているのは、
私も風の噂程度だが聞いていたから。そして、エルフの男を次々と危険な戦地に
導入し数を減らせば、後は女性と子供だけ。最愛の夫を亡くした悲観にくれる
私の母含め、他の女性もその気持ちを利用し、調子が良くなるという粉を配る。
あの粉..。あれは良いものでは無いと、もう私は察していた。
そして、その薬を求める女性をどこかに預け、気づけば森には、何の価値もない
子供だけになるとうわけだ。だったらどうして..、女性は何の目的があるっていうの?
戦地に導入するだけなら、やり方が回りくどすぎる..。何か別の目的があって、
でもそれは、拒絶され抵抗されるリスクがある。何も知らされずに戦場に送られるよりも、
もっとあからさまで、非人道的な何かが..。
母様..。ごめんなさい..。あんなあやしい薬を飲ませなければ..、
父様、兄様..。ごめんなさい..。もっと早くに、人間の意図に気づけてれば..。
私ももう..餓えて死にます..。でも結局、人間達にまんまと嵌められて、
惨めに死んでいくのが私の人生だったというの..?そんなの嫌だ..。
ー誰か....、助けて......。
「おいお前。大丈夫か?」
白色の鎧に身を包み、赤い宝石を首から下げた美しいエルフの女性が、
私の頭上で語りかけて来たのは、ちょうどその時だった。
「あなた..誰..?」
「私か?」
「テロニカ王国騎士団団長。キューラだ」




