第二十七話 星
いつからだろう?この森での生活に、違和感を感じ始めたのは。
最初は些細なきっかけだった。
それはメリッサが王国図書館の大樹から落下し死んだ時、俺は彼女の身体だけ
でも回復させられていたから、俺が召喚された始まりの地。要は人間社会の、
王宮に連れ帰ろうと考えた。しかし、その思考は徐々に薄れ始め、気づけば
俺はスタンリューマと共同生活を営んでいたのだ。
当時は罪悪感で頭がどうにかなってしまいそうで疑問視してはいなかったが..、
こうして冷静に考えてみると、やはりどこかがおかしいのだ..。
しかし、なぜ今更こんな疑念が湧き上がってきたのだろうか..?
確か、メリッサのファイヤボールを喰らって火だるまになった時に、
全身に回復魔法をかけた後くらいからか..。
「どうしたの?ツルギ。なんだか難しそうな顔してるよ?」とサーニャは言った。
「別に..」俺は言葉を濁した。わざわざいう必要はないと感じたからだ。
「お腹空いてるんじゃない?」
「俺は腹が空いただけで不機嫌になるほどみみっちい根性はしていないよ!」
「じゃあ何なのさ?」
くそ..。メリッサがどうでも良い質問を投げかけたせいで、サーニャがまた
食いついてきてしまったじゃないか!まぁ..。でも、言っても問題はないし、
聞いてみてもいいか....。
「あのさ。ここ最近の生活で、何か違和感を覚えた事はない?」
「うーん....。私はずっと死んでたから..」
「私も、特にない..」
まぁ。そっか..。予想通りだけど..。
「ツルギは何かあるの?」と、サーニャ
「いやだってさ..。行方不明者だって続出しているのに、皆んな..、
”普通”すぎないか?もっと慌てたり、パニックになる様子もないしさ..」
「ん?いやまぁ..。確かにそう疑問に思うのも無理はないけど、
下手に慌てたとこで何も変わらないじゃないか」
「そうだけどさ。わざわざこの森に残るのがおかしいだろ!
警備隊を配置してるとは言っても、そいつらが敵わなければ意味がない!
だからさ。例えば、人間の居住区に避難するエルフも現れていいはずなのに..。
そもそもーーー」
そうだ..。話していて気がついた。この一年、当たり前すぎて気にも
留めていなかった事ーー
「というか..。お前らはどうして..。一度もこの森の外に出ないんだ..?」
キューラさんはさっき、エルフと人間は平和条約を結んだと言っていた。
それなのに、この森には俺とメリッサ以外の人間は一人もいないし、俺は
エルフ達が森から出ていくのをみた事がない。これでは、村社会..。いや、
鎖国みたいではないか..?エルフの人間に対する怨念が深いから。形式上での
不可侵条約は結んでおいて、交流を一方的に断絶している線もある。
だとするなら、
この森の皆んなが優しいのは上辺だけで、内心は穏やかでない..とか....。
「いったぁ!!」
するとその時だった。逡巡している俺の真横を歩くサーニャが叫んだ。
「どうしたんですか?」
「あっはは..。前に木があるの気付かなくて、下向いて歩いてたから
頭思いっきりぶつけちゃった..」
うっかりエピソードとして、冗談混じりに笑いながら彼女は語った。
しかし彼女の顔を良く見ると、目の端には涙が浮かんでいる。
強がっているだけで、本当は相当痛かったのではないだろうか?
「私って本当ドジねぇ!」
「あの..。一応回復かけときますか?痛いの痛いの飛んでけー的な..」
「うん..」
顔を横に向け、彼女は頬を真っ赤に染めながら黙って頷いた。
「じゃあ!いきますよ!!」
<回復>
「はい!終わりました!」
ふぅ..。やはり良い事をするのは”良い事”だ。
回復をかけ、傷や痛みがよくなり喜んでくれるエルフ達を見ると、
何だかこっちまで嬉しくなるんだよな〜
「サーニャさん!痛みは引きましたか?」
「....」
無言..。
「ちょっと!無反応はやめて下さいよ!!」
「....人間..」
あれ..?に、人間..。
「に、人間って..。確かに人間だけど..。どうして急にそんな呼び方を..」
何か、様子が変だと気づいたのはちょうどその時だ。
いつも明るい彼女の朗らかな笑みはそこにはなく。
死んだ魚のように濁った、ハイライトの無い青色の瞳。
肩と唇を震わせながら、何かをボソボソと呟いている。
それが魔法の詠唱であると気づいたのは、もう、全て言い終えた後だった。
〜『インフェルノ』〜
「ツルギ!!危ない!!」
「あ..」
そして、メリッサの叫び声が耳に届いた時には、”彼女”の魔法は発動されていた。
今日教わった炎魔法の中で最も火力の高い、一撃必殺の大技だ。
術者の正面に立つ人間を、たった一発で消し炭に変えてしまうほどのーー
パキ..
しかし、俺もメリッサも無事だった。
いや正確に言うのなら、メリッサが俺を助けてくれたのだ。
「ど..、どうなって..」
「ツルギ..。これはどういう事..?」
俺は首を横に振り続けるしかなかった。
だって、意味が分かるはずない。
一瞬で昇華したメリッサの氷魔法、そして俺の前から、顔に血管を浮き上がらせ、
片方の手には弓を構えた臨戦態勢の”彼女”の姿がそこにはあった。
「ど、どうして!サーニャさん!」
「人間..。私から、父様と母様、故郷を奪った人間!!殺してやる!!」
〜『インフェルノ』〜
「くっ..。また同じ魔法....。くどいわね....」
メリッサはまたもや前方に氷魔法による壁を建造し、攻撃を防いだ。
「ねぇツルギ!彼女、一体どうしたって言うの!!」
「わ、分かるわけないだろ!!ただ回復をかけたら急に暴れ出したんだ!!」
「そう..。じゃあ殺しても問題ないわね..」
『殺す』。そう言う彼女の声は、恐ろしく冷たかった。
〜『インフェルノ』〜
「ねぇ。私に同じ魔法が三度も通用すると思っているの?」
「め、メリッサ!やめろ!!」
しかし、俺の静止は意味をなさなかった。
〜『インフェルノ』〜
ーそして
次の瞬間、二人が同時に魔法を詠唱したかと思えば、直後、サーニャの身体が
後方に吹き飛ばされた。大量の煙にまかれながら、たった今魔法を発動したばかりの
メリッサは、初めて自身の腰位置にある剣に手を添えた。
かと思えば、爆発の衝撃で飛ばされたサーニャも受け身ですぐに体勢を整え、
弓に矢をつがえ、メリッサの頭部あたりに焦点をあてた。
先に攻勢を仕掛けたのはサーニャだ。彼女は達人並みのスピードで、メリッサに向け
矢を2,3本放つ。しかしそのどれもが、彼女にあたる事はなかった。
「ふふっ..。そんなトロイ攻撃が当たると思う?
私に矢は当たらないのよ。風魔法で速度を半減させてから、剣で矢尻を切るだけ」
「くそ!!人間!!」
それでも尚、サーニャはメリッサに弓を向けた。
慎重に焦点を定めながら。しかし、もう矢が放たれる事はなかった。
ー 矢筒に手を伸ばす彼女の右腕はもう、既に切断されていた
そのあまりの事態に狼狽え、切られた腕の切断面から大量の血を流し、
周囲に目を見張れど誰もいない。目の前で、呆けている剣の姿があるだけだ。
そして恐らくサーニャの腕を切り落としたであろう張本人は、もうどこにもいない。
それもそのはず。彼女は今、浮遊魔法でサーニャの頭上高度4000mにいるのだから。
「はぁ....」
メリッサは、雲上で白い息を吐き、天を仰ぎ呟いた。
<圧縮> <冷却>
そうして、何かを呟いた後、彼女が前に掲げた両腕の掌の間から漏れ出るのは眩い光
それは水素原子一つ分にもみたないサイズであり、
肉眼では目視できないほどの小さな球体である
その球体を徐々に降下させながら、彼女は胸の前で合掌のポーズをとった。
「流れ星を見た時は、お祈りしなきゃ..」
直後、光の粒は自由落下を開始した。メリッサの物質操作による魔法で徐々に
加速度を増していきながら、雲を割り、エルフの森、サーニャの頭上へとそれは近づいた。
「そろそろかな....」
ーふぅ
彼女はため息をついた。以前、この技の調整を誤り、魔族の拠点を森ごと
焼土に変えてしまった事があったからだ。
しかし、それももう大分前の話
精緻な調整が可能となり、
これを最後に使ったのは、確かちょうど一年前..
ー当時人間界を脅かす存在だった魔族の王、魔王を一撃で消滅させ、
魔女に再生困難な重傷を与えた
<条件1.0×10^100秒解除>
〜『ステルラストライク』〜
メリッサ・ラルフローレンスの加護
三次元造形
自身の視界内に捉えた物質を、模倣し再現する能力
尚、再現した物質には、彼女が独自の条件を付け加える事が出来る。
彼女は星(恒星)を縮尺したものを具現
特定の相手(今回だったらサーニャさん)に吸着するという条件を追加
制限していた温度条件を解除する事で、対個人用の簡易的な
核兵器の熱量の再現に成功した。




