第二十六話 違和感の正体
「じゃあ私の言葉を繰り返して!『ファイヤボール』」とサーニャが言う。
「ふ、フィイヤボール..」と俺はそれに応じる。
どうしてこんな事になったんだ..。
♢
この世界には、<呪い>という概念が存在する。
自分の体を利用する、或いは何かを生贄とした儀式によって、
自分を含む特定の人間に、それが良いものであれ、悪いものであれ、
何かしらの力が発動されるというものだ。
そして、<呪い>の中でもとりわけ、自然界に存在する事物(水とか火とか..)
を発生させたり、操作したりするものをこの世界では<魔法>という。
俺が学んでいるのは<魔法>だ。
話は遡る事約30分前。稽古とやらで、キューラは俺を特訓場に連れてきた。
彼女が自前で作った特訓場であるらしく、縦横の比率はほぼ一対一で、大人4人が
寝そべってもまだゆとりがあるくらいの土からなる台地の
四隅に太い木の幹からなる柱が立てられており、天井は傾斜角が大きい木製の
屋根に覆われている。これを一人で作ったと言うから驚きだ。
そんな特訓場を、キューラさんのご厚意に預かり、レンタルさせて貰う
事になったのだが、何から何まで至れり尽せりで本当に申し訳ない。
「ところで気になっていたのですが、ビーストが行方不明と聞いて..」
「あぁ..。でも、多分一時的な家出だろう..。以前も稀にあったし、
あいつなら魔女に襲われてもやられるはずがない..」
明らかなフラグ発言だが、もう、俺たちはそう信じる事しか出来なかった。
毎日のように誰かが忽然と消えるこの状況に、流石のエルフ達も、森に潜む
得体の知れない何かの存在をひしひしと感じているはずだ..。
♢♢
「<魔法>を覚えて貰います」と、サーニャ
「はい、先生!」
「コホン..!!ツルギ..。君はまず、<魔法>の詠唱をどの程度把握してる?」
「え、詠唱..。えっと..、エ○スペクト・パトローナムとかですか?」
「うん。何も知らない事は分かった。とにかくねツルギ。
<魔法>を発動させる上で一番手っ取り早いのは詠唱よ!!
だから今から君には、簡単な詠唱のいくつかを暗記して貰います」
「先生!!質問です!!」
「何?ツルギ君?」
「<魔法>は詠唱だけで発動出来るんですか?何かものを媒体にしなくても..」
「当たり前じゃない?そんなもの要らないわ..」
なるほどね..。俺のイメージする魔法使いはでっかい杖を常備していたが、
この世界では仕様が違うらしい。
「でも..、<魔法>の発動には体内の魔力を消費する」
ここで、メリッサが横槍を投げ入れた。
「魔力....」
出たよ..。どうせ初期値が決まっていて、俺のような異世界人は決まって高いと
お約束のあれだ..。ふふふ、早速イージーモードでいかせて貰うとするか..。
「そう魔力。これは初期値が決まっているからどうにもならないけど
扱い方次第で鍛錬さえ積めば無駄な消費をしなくて済むようになるから大丈夫」
「皆まで言うな..。とっとと練習、始めよーぜ..」
♢♢♢
話は最初に戻る。
サーニャさんに最初に教えてもらった<魔法>
それは手のひらから炎の球を出すという至ってシンプルなものだった。
彼女曰く、高い攻撃性能を誇るこれは、消費魔力の割に還元率が高い。
つまりローリスクハイリターンという奴だ。
ー『ファイヤボール』!!
すると直後、俺の手のひら周辺がゆらゆら揺れ始め、火種が生じ、それが
徐々に大きくなっていった。最初は野球ボールくらいの大きさだったのに、もう
バスケットボールくらいの大きさだ..。それに、どういう理屈か、術者は熱さを感じない。
「そうそう!上出来上出来!後はそれをそうね..。メリッサにでも向けて
放っちゃいなさい!」
「え..」
「ちょっと!いきなりは..」
「なら、お言葉のままに..」
『ファイヤボール』!!
すると、楕円形に変形した火の球は、俺の手から離れ、ゴォっと音を立てながら
真っ直ぐメリッサの元へ近づいていった。
「ま、まずい..」と、ここでサーニャが叫んだ。
「え?どうしましたか?」
「速すぎる..。詠唱が間に合わない..」
「あ!!」
本当だ!俺の放った火の球は、メジャーリーグの打球速度並みに、徐々に
加速度を上げ突き進んでいる。まずい!一度放つと止められないのかこれ!!
「止まれ止ま..」
ゴォ
「遅かった...」
「遅かった..。じゃねぇよ!何であいつに向けて飛ばせとか言ったんだよサーニャさん!
こんな速いならどこかの障害物に当てるだけで良かったじゃないか!!」
「ご、ごめんね..。前に、メリッサが凄い強いって聞いたから..。大丈夫かなーと思って..」
「そりゃ強いだろうけどさ..。本格的に戦ってるのなんてみた事ないし..。
というか早く回復させなきゃだろ!メリ....」
彼女に直撃したであろう火の球を中心に大量の煙が発生したから、
この時、俺はようやく気付いた。視界の遮られた煙幕の中から、何かとてつもなく不気味な
足音が、コツコツと聞こえてくるのをーー
白煙の中に、確かな人影が見えたのはそれから2,3秒後の事..。
煙の中の人物は、猛烈な怒気を孕んだ声を静し、平坦なトーンで言った。
「うふふふふふ..。ツルギ..。魔法は詠唱が一番効率が良いなんて嘘..。
だってそうでしょ..。詠唱は今みたいな高速の技に対処するだけの時間はないし..、
何より、口の動きで放たれる魔法の種類も大体特定出来ちゃうから....」
「あ..。サーニャさん.。サーニャさん..。そうなんですか..」
「ち、違う!確かに詠唱には時間を要するけど..。武器で
近接戦も交えながら詠唱を口ずさむ。それが現代戦闘のセオリーよ!」
「まぁ..。そうでしょうねぇ..。私のこの技術はまだ誰にも教えてないもの..。
詠唱手順を省いて、ある特定の条件下でのみオートで魔法を発動させる方法..。
私はね。『自分の半径30cmに接近した魔法には、その魔法属性に不利な
魔法属性をぶつける』よう、あらかじめプログラムしてあるのよ..。
そうね。例えば今回のファイヤボールのような炎属性の魔法なら、氷属性の
魔法をオートで発動して防ぐという感じで、ね..」
パキパキ..
「メリッサ!さ、寒い!寒いってば!!」
「私、あなたがまだファイヤボールを打つ前に、やめろって言ったわよね?
それなのにどうして?私の言ってる言葉の意味が、分からなかったのかな?」
「ご、ごめん..。ただ、初めての魔法で舞い上がっちゃったっていうか..。
メリッサなら絶対に防げるっていう信用もあって..」
「じゃあ、私もあなたを信用するわ♡」
『ファイヤボール』
「ちょ..やめ....ギヤっっっっぁあああああああああああっっっ」
熱い熱い熱い熱い!!
「さて。あいつはどれだけ重傷でも加護で回復するから問題ないけど..。
あなたはどうでしょうね?」
「ほ、本当に申し訳ない!!この通りだ許してくれ!!」
「何、許されると思ってるの?あなたも今から、彼と同じように黒焦げになって貰うわ」
「ヒっ..。お願いします!!どうか命だけはぁ!!」
『ファイヤボール』!!!!!
「ギヤぁああああああああああああ....。ってあれ....」
「あっはははは!!安心してよ..。何もするわけないでしょ..」
「はぁ..。死ぬかと思った..」
「どうだった?凄いでしょ?私のファイヤボール!!」
「凄いと言って黒焦げにする奴があるか!俺がもし回復前に死んだら、どうなるか
なんて分からないんだぞ!!」
「でもま。結果オーライよ..。それに魔法をモロに喰らうことの危険性を身を持って
理解出来たでしょ。予めリスクを体験できるというのは、大きなアドバンテージなんだから」
「はぁ..。じゃあもう今回だけで勘弁。って訳でサーニャ..。他の魔法も教えてくれ」
「も、勿論よ〜..」
可哀想に..。サーニャはすっかり怯え切っていた..。
しかし、あれだけの恐怖体験で逃げ出さないで、寧ろちゃんと教えてくれるとこは
健気だとも思った。その後、小四時間に渡り、彼女は俺に、実戦で役立つ魔法の
いくつかを嫌な顔一つせずに、手取り足取り教えてくれたのだ。
メリッサは完全に役目がなく不服そうな面持ちで睨んでいたが、
どうやら彼女の使う”詠唱無しの事前プログラム”とやらはとても高度なもので、
魔法の詠唱を、まず全て完璧に覚え、操れるようになってようやくスタート
ラインと言ったところだ。全く..、本当に奥が深いものだな..。
てな感じで、初日は魔法に関する、基礎の基礎にあたる部分を習得した。
しかし、この基礎が、何よりも重要なのだと、メリッサとサーニャは言った。
いくら高度な魔法を覚えようとしても基礎がガタついていると意味はない。
どれだけ使用難度が高い魔法であっても、所詮は基礎の延長線上でしかないから、
まずは今日やった魔法の詠唱を徹底的に反復し、反射で口ずさめるようにしろとの事だ。
そしてやはり、メリッサの魔法に関する解像度は、もはや反射の粋を超え、
無意識の内にと言っても過言ではない。しかしどうしてどれほど使いこなせるように
なったのかを聞いても、
『小さい頃に魔法にハマってた時期があって、暇さえあれば呟いていた』としか言わない。
きっと何か凄い裏技的な習得法があるに違いないが、教えてくれないとは、なんて
ケチな性格をしているのだと思った。
俺もいつかは、地獄の業火で焼き尽くしてやる!とか言ってみたいのにな..。
でも、明日はメリッサが教えてくれる番だ。
あいつから、強くなるための裏技を何としてでも聞き出さないと!!
ーグゥ
お腹が空いた
辺りを見回せば、もう空は赤く染まり、一日の終わりを告げていた。
今日も..、誰かが、いなくなっているのだろうか..。
スタンリューマもどこかに行ってしまったし、こんな危機的状況であるにも
関わらず、俺が魔法を練習している事もよく考えると謎だ。自分のしている事に、
可笑しいと感じるだなんて、変だとは分かっているけど..。
こんな平和ボケした日常が、どこか薄気味悪くて仕方がないと感じている
自分の今のこの気持ちに、嘘はつけない。それに..、
『剣。あいつの財布取ってきたら”奴隷”から解放してやるよ』
ー過去のトラウマが蘇る。思い出したくない過去だ
あるじゃないか..。自分のしている事に、
不快感と違和感、嫌悪感、罪悪感を覚える時が...、
ーそれは自分の行動を、誰かに支配されている時だ。




