第二十二話 万物の始発点
連載再開します!
二人を落ち着かせるのに長い時間を要したため、気づけば空は暗くなり、
もう模擬戦などは出来そうになかった。
「私、、嫌だよ....」
サーニャはまだ泣いている。そしてスタンリューマも..。
こんな時に言うのは不謹慎極まりないのは重々承知なのだが、星空の元、
風に髪を靡かせながら純白の肌の上に銀色の涙の筋を作るエルフ二人は
とても幻想的で、俺はその時は二人に釣られて泣いていたけど、ほんの
少しだけ、変な感情を抱いてしまっていた。
「今日の稽古はやめにして、ツリーハウスに戻りましょうか。
ツルギ。晩御飯の準備をしよう」
「えぇ。そうですね..」
正直、書庫に篭りっぱなしのサーニャさんが、どうしてキューラさんと親しげ
なのかは俺には分からなかったけど、サーニャは泣きっ面のままようやく重い腰を
あげ、ツリーハウスの螺旋階段を登って行った。
「はぁ..」
彼女が上に行ったのを見計らい、スタンリューマはここでため息を漏らした。
「ねぇ..、ツルギ。また、いつものお願い(頭撫で)..」
「はい」
そういや、この森に来てもう一年も経つし、発情期という要因も重なって、
スタンリューマともすっかり仲良しになったし、他のエルフとの交流も増えた。
本来思い描いていた異世界生活とは異なるが、これもこれで悪くない..。
「ねぇツルギ..。あと、4日だね..。魔女が来るまで..」
「えぇ。彼女の狙いはほぼ確実にメリッサですからね。ここに来るのは
間違いないはずですし..」
「そうね。でも今日、まさか向こうから出向いてくるなんて驚き。
わたしは魔女ってもう少しコソコソと行動するものだと思っていたから..」
「そうなんですか..。というかこれは本当に今更すぎるんですけど。
そもそも魔女って..なんなんですか?一応..俺が以前いた世界ではよく
創作物に登場していたし、<呪い>とか、そういういかにもって感じの
ものを扱う点においても同じだったから。特に気にはなってなかったけど..」
「分からない..」
スタンリューマは目線をこちらに向け、そう一言発した。
「分からない?」
「えぇ..。正直なとこ。魔女ってなんなのか。よく分かんない。
ただ何百年も前に、私の生まれた時から彼女はいて、一部では
彼女を神として讃えるような団体もあったからね..。今では<呪い>
と呼ばれる彼女の術も、当時の人間にとっては<権能>だった....」
「それで..?」
「でもね。魔女の扱う力は、
人間に”良いもの”ではない事が、徐々に分かってきたの。
そして不審感を募らせた当時の人間は、彼女を村から追放したのよ」
「へぇ。分からないと言う割には随分詳しいんですね」
「ま、まだ私が魔女だと疑ってるの!?もう怒った!!」
その怒るリアクションが一々可愛くて、それが見たかったというのが
本心だなどとは到底言えそうにはないな。
「あのさ..。ツルギ....」
と。ここで彼女は、先ほどまで膨らませていた頬を定位置に引っ込め、
赤くなった顔の、こめかみ付近を人差し指で擦りながら、言い出し辛そうな
様相と、しおらしい様子を漂わせながら言った。
「ツルギはさ..。魔女を倒せたら、この森から出て行っちゃうの..?」
「あぁ..。そういや....」
そうだな。この森のエルフ達にこれ以上迷惑をかけ続けるわけにはいかないし、、
というか、魔女を殺したら俺がやる事なんてもうないけど、死んで転移した以上
前の世界に戻る手立てもないし、行く気もないけど、とりあえず、色んなとこ
回って、この世界をもっと知りたいかな..。
「うん。出て行くよ」
「......」
彼女の表情が一瞬、暗くなった気がした。
「ねぇ!!スタンリューマとツルギ!!何してるの早く来て!!
特にツルギ!!あんたキューラさんを蘇生出来たんだからメリッサさんも
パパぱっとやっちゃいなよ!!」
「あ..。はい!そうですね!!」
ツリーハウスの扉を開け、サーニャさんの呼ぶ声がした。
そうだ!これでようやくメリッサの意識を戻せるかもしれないんだ!!
「今行きます!」
と、その時。信じられない事が起きた。
「嫌だ!!!」
「え....」
次の瞬間
俺の身体は自分の意図とは関係なしに、地面に横たわり、思いっきり肩を
ぶつけた痛みで狼狽えるのも束の間。お腹の上あたりに馬乗りにる重りの
せいで身動き一つ取れなくなってしまった。
「す、スタンリューマ..」
「ちょっと!!何やってるのあなた!!」
サーニャが慌てた様子で螺旋階段を降っていくのが見えた。
しかしそれ以上に、俺の目の前で子供みたいに泣きじゃくるエルフが
衝撃的すぎて、気が動転してしまいそうになった。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!」
「ちょ..どうしたんですか!!」
「メリッサを蘇生なんかさせたら、魔女は確実に死ぬ!!
魔女が死んだら、あなたはこの森から出ていっちゃうんでしょ!」
「そ、そうだけど..。だからって、どうして..」
「あの子を蘇生させないで!!お願いだから!!」
「じ..じゃあ魔女はエルフと俺だけで倒すって..」
「魔女は殺さなくていい」
「は。何言ってるんですか!!メリッサを見殺しにするって事ですか!?」
「..。ち、違う!!でも私は、、」
「お、可笑しいですよ!いきなりどうしたんですか!?あなたも
メリッサの意識が戻って欲しいと思っていたんじゃなかったんですか!?」
『スリーピン』
「ふわぁっ!」
ードサ
「彼女、取り乱していたみたいだから。強制睡眠の<魔法>をかけておいたわ。
じきに目は覚めるから大丈夫よ..。さぁ、彼女を上まで運んで..」
「はぁ....」
意識を失い、途端に全体重を失ったエルフの顔が、俺の肩先に乗っかった。
にしても意味が分からない。さっきのあの取り乱しようは果たして、本当に
発情期の弊害なのだろうか?到底そうは思えなかった。
でもまさか、『魔女を殺さなくていい』だなんて..。なんて事言うんだ!
俺は少し怒っていた。しかし怒りの対象は美しい顔で、いびきひとつかかずに
柔らかな鼻息を漏らしながら幸せそうに眠っている。
さ、て、とーー
「あ。意外に軽い」
でも..、お姫様抱っこで階段は少しキツイか....。
そしてその途中、サーニャは立ち止まり、俺にこう言った
「ところでだが、彼女はどうしてああも取り乱していたわけ?」
分からない。
「どうしてだろう..」
「私。彼女があんなに感情的になる所なんて初めて見たから、
多分余程の事情があるのだろうけど、その事情の一端には貴方が起因している
事は確かでしょうし、気になるじゃない」
「うーん..。そう言われてもなぁ..。マジで何も思い付かないぞ....。
でも、魔女を倒した後この森を出るのかと聞かれたから、出ると言ったら
露骨に表情が暗くなったような....」
「ふーん..」
「うん。それだけだよ」
その後、何故か口角を吊り上げ、含み笑いをした彼女はもうこれ以上何も質問
する事はなく、そそくさとツリーハウスの中に入って行ってしまった。
しかしどうして、スタンリューマは取り乱したのだろうか?
さっきまでの彼女との会話を頭の中でなん度も反芻しているのだが、それらしい
結論は未だに出てこなかった。
♢♢
「じゃあ!メリッサをさっさと復活させちゃいましょう!」
「そうだな。私もそうさせてもらったように、パパッと済ませてくれ」
「随分軽いんだね..」
キューラさんが車椅子ごと彼女をダイニングルームに移動させたらしく、
俺が戻った時には、いつものように瞼を閉じ、まるで深い眠りについているかの
ような血色の良い人間の姿がそこにあった。
「よし。じゃあスタンリューマはここ(床の上)に置いてっと..」
思わず息を呑み、彼女の顔に僕の目線は釘付けとなった。
釘付けになったのは、別に見惚れている訳ではなく、
彼女に対する罪悪感からようやく解放される事への安堵感。
ー俺はメリッサの正面に立ち、両手を前にかざした。
「凄い..。それだけで、何の儀式も無しに復活させられるのか..。
どういう原理なんだ一体..」
「さぁね?私も<呪い>と<魔法>にはある程度詳しいけど、
あれはそういった類のものではないよね..。強いて言うのなら”加護”かな..」
「加護?」
「そう。加護。これは努力なんかじゃ身につかない。その人しか持ち得ない
天賦の才のようなものよ。持ってる人は本当に、この世界でもほんの一握り。
5本の指にも入るかいなか..。あ..、因みにスタンリューマは加護持ちね..。
あの娘。あれで相当凄いエルフなのよ....。エルフなんて寿命が無駄に長いせいで
大体のはだらけがちになるけど、彼女だけは例外ーー」
「私もだらけていた訳じゃないぞ」
「し、師匠の功績は言うまでもないじゃないですか!でも、あの娘も..、
誰よりも頑張り続けてきたはず。そのせいで人付き合いとはまるで無縁な
気質になっちゃったけどね」
「そうかな?でも私は、彼女は前に比べるとかなり明るくなったと思う。
前はいつも仏頂面をしているから思考も読めず気味が悪かったが、今は
良く笑うようになったし、それに心なしか口調も柔らかくなったような..」
「へーぇ。まぁ、彼女が何で変わったのかは想像に難くないけどねー」
「やはり..。あの男か?」
「それしか無いでしょ。やはり血筋なのかもね。エルフと人間の混血。
普通他種族同士が交わっても子供は産まれないのに、彼女は唯一の例外だった。
だから彼女は時間に対する価値観が人間に近いし、それに、好きになる人も..」
「ふふ..。それなのにその人間が森を出て行くだなんて言うから」
「本当に分かりやすいのよねあの娘。
でも、ツルギは鈍感すぎて気付いていないのが残念..」
「あ..。どうしよう..。本人のいる前で....」
「大丈夫。彼は集中すると周りの雑音が聞こえなくなるから」
「そうか..。ならいいんだけど..。にしても蘇生にはかなりの時間を要するのだな」
「そうね..。ねぇツルギ!後どのくらい?」
「ダメ..。全然聞こえていないみたい」
結局、ツルギがメリッサの蘇生を始めたは良いものの、数分たっても
特に何の変化も訪れる事はなかった。
ただ黙って、彼を心の中で励まし続ける事しか出来ない私は本当に不甲斐ない。
彼は命の恩人で。それなのに私には何もする事が出来ない。
彼の額からは大粒の汗が噴き出ており、メリッサの方へ向けている両手は
心なしか震えているように見える。いや、震えているのは手ではなく、
肘から指先にかけての、手の周囲の大気が、まるで陽炎のように揺れ動いている..。
良く見ると、指先に関しては緑色の淡い光を発しているようだった。
そして、彼にも、彼女にも、ある変化が訪れたのは次の瞬間だった。
それは、唐突に起きた。スタンリューマが眠りから覚めたのか、人差し指を
無造作に使いこなし目を擦った時?サーニャが退屈そうに、欠伸を漏らした時
だったかもしれない。とにかく一瞬の出来事で、彼と、そして一年もの間意識が
消失した状態だった彼女以外は、非常に穏やかな空気に包まれていた。
ただ、動きをスローモーションのように捉えられる私の目だけは唯一、
それを見逃さなかった。
先程、ツルギの額に大粒の汗がー以下略 と表現したが、その汗が急に
引っ込んだ(引っ込んだというより、水滴となって宙に浮かんだ)。
かと思えば、淡い光を発する指先は、徐々に光の強さを増していき、
やがて部屋中がその明かりに包まれた時、私は妙な懐かしさを覚えたのだ。
ー親近感
魔女に無惨に殺された私は、次に意識を取り戻した時、見知らぬ真っ暗闇の
空間の中にいた。別に私は暗所にトラウマがある訳ではない。ただ、その
あまりの暗さは、以前人類が戦争をしていた時、民間人と一部負傷兵の
収用地として利用された天然の洞窟。あの光も何もささない洞窟の暗さを
彷彿とさせ、少し嫌な気持ちになった。そんな時、暗闇の、下の方から、
川の水の流れる音がした。私はいきなり見知らぬ地に投げ出された衝撃で
今のいままで気づかなかっただけで、五感を冴え渡らせると、足先は
冷たい水に浸かっていることが分かった。
『何、これは水..』
違う
そこには、帯状の光の道が、どこまでも、際限なく長く続いていた。
試しにそこを進んでみたが、景色は変わらない。走っても、止まっても、
何をしても、ずっとーー
『試しに、下の水を飲んでみよう..』
その時、どういうわけか
途端に喉の渇きに襲われた私は、水が飲みたくてたまらなくなった。
再度下を向く、そして良く見ると、光の道のようなものは、光を発する
微粒子で、それが水の流れと共に私の前へ前へと流れて行く。
何て、神秘的なのだろう..。この水を口に含み、乾いた喉を癒せたら、
私はもうそれで十分だ..。
喉の渇きは前にも増して強くなっていた。もう、我慢出来ない。
飲みたい。早く、動け。私の身体ーー
しかし、水を飲もうとかがもうとしても、まるで金縛りにあった
かのように、私の身体は直立不動のまま硬直し、一歩も動けなく
なってしまった。
『どうして!!早く水を飲ませてよ!じゃないと私..』
ーあ
そして動けない中、私の目線はある一点に定まった。
それは眼前に広がる緑色の淡い光だった。
昔、北の寒い国にいた頃、もう顔も思い出せないお父さんに
連れて行ってもらって一緒に見た、あのオーロラのような..。
薄い布のような膜が何重にも重なり合い、それらが触れ合う音色は
大変素晴らしく、私は先程まで感じていた喉の渇きなど、もう忘れていた。
と同時に疑問に感じた。私はどうして、この光の道の上を歩いているのだろう?
この道の上だけが全てだと決めつけて、他の道の可能性も考えずに、盲目的に
歩いていた。どうして?私の人生には、決められたレールも、道もなかった。
『私の歩く道はここじゃない』
そう思った時、周囲の暗闇が弾け飛び、私の仰向けとなった身体は、
もう遥か真上に浮かぶ青空に向かって真っ直ぐに伸びていた。
ー今にして思えば、あの緑色の光こそ、ツルギの加護による力だったのかもしれない。
ただ、もしあそこで、あの光の微粒子を口に含んでいたら私は
どうなっていたのだろうか?
きっと、一定の流れに従う事を決めた私も、あの微粒子の一員となり、
果てのない光の道を彷徨っていたのかもしれない。
現に私は、流れに逆らう事が出来なかった。
でも、流されない者もいたはずだ。
常に状況を冷静に分析し、他の選択肢を探そうとする者がーー
何年経っても、何十年経っても、あの光の道を歩くのを拒み続けた”人間”が、、
だとするなら、その人間は、、
「あれ..。ここは....」
「メリッサ..」
あぁ..。きっと私の想像を遥かに超える程、ツルギは嬉しいのだろうな。
感情を大きく揺さぶられた人間が、驚愕のあまり一歩も動けなくなって
しまうのを私は知っている。
「す、凄いよツルギ!!」
サーニャはきっと、人が生き返るという状況に驚いているだけで、
生き返った人間に対する情はあまりない。
「メリッサ。良く戻ってきてくれた..」
ふふ..。彼女は嘘つきだ。確かに喜ばしいと思う気持ちもある反面。
裏には嫉妬、憎悪、嫌悪といった負の感情が渦巻いている。
そしてそんな感情を抱いてしまっている事への
罪悪感とで、だいぶ精神状態がグチャついている..。
ーでも、きっと大丈夫....。
「わ..私..あれ..、光の道が..」
『光の道??』
私が今一番驚いているのは、無論、メリッサに対して。
あの光の道を歩くのを拒み続けた人間はきっと..
「メリッサ..。君はあの後死んで、もう、死んでから一年も経ったんだ。
ごめんメリッサ..。書庫のあんな高いとこから落ちてしまうって分かってたなら、
初めっから引き返すべきだったのに..。だから、何か罪滅ぼしをさせてくれ!
何か、したい事があったら何でも..」
「何でも?」
「うん。何でもだ!」
「ふっふ..。そーねじゃあ..」
「お水が飲みたい!!」
きっと、世界で一番、図々しくて、我儘で、
そして、強い奴だろう。
以前書いたのを大幅に変更させました。




