第二十一話 万物の終着点
〜前回のあらすじ〜
キューラさん復活!!
真上からの直射日光が、木漏れ日として肌の隙間をツンと照らすお昼時。
隣を歩いている、奇跡の復活を遂げたキューラを祝すかのように、彼女の
光沢のある色鮮やかな金色の髪とエメラルド色の瞳は、まるで女神と称しても
違和感が無いほどに、神秘的な光を発していた。
「それで、どうしてあんな事になった..」
言い掛けて、最後まで言うのをやめた。
何だか聞いてはいけないような気がしたからだ。かなりセンシティブな、
まるで怪我人の傷口に触るような感じがしてーー
無論、彼女が負ったのは肉体的な傷もそうだが、精神的な傷もまた同様だろう。
何せ原型を留めていないほどだったから、きっと想像を絶する以上の酷い目に
あわされたに違いない。彼女のトラウマを、掘り返したくはなかった。
「別に良いんだ..。あれは完全に私の不注意だったから..。それより、
......。”失望”させちゃったよね......」
「いえ..」
「ううん。分かっているんだ..。皆んな本音は打ち明けないだけで....、心の奥底では、
心底私にガッカリしているってね..。でも..、これでもう..、変な”見栄”も貼る必要は
ないし、後生は大人しくさせて..。いや、魔女がまだ倒せて..」
声が震えていた。恐怖からか?俺と同じくらいの身長の彼女は、すっかり
縮こまってしまっている。
「魔女..。魔女..、、、」
「キューラさん!!大丈夫です!!ここには魔女は居ませんから!!」
「って....」
やっぱり..。魔女にやられたのか..。
「ダメだ..。弱音を吐くな私!!私の身に置きた事を報告して....。オェっ....」
吐瀉物、、出てきたのは瑞々しい何かだった。
彼女は身を屈み、俺とは反対の方を向いて嘔吐した後、白い顔を向けた。
「大丈夫..。気にするな......」
結局、スタンリューマの住む大きなツリーハウスにたどり着くまでに、
彼女は4度、道中で嘔吐した。
♢
ツリーハウスの扉を開けた時、まず俺の目に飛び込んで来たのは、何やら
熟れた甘い果実のような匂いを漂わせるスタンリューマさんと、その傍に佇む
もう一人の女性ーー。そしてその女性と俺には、面識があった。
「サーニャさん!!」
「あら、ツルギ?昨日ぶり」
「彼女は私が呼びつけたんだ。何せ彼女は、<呪い>や<魔女>と
いった類の話にやたらと詳しいからな」
「そうよ。私が王立図書館のあんな左遷部署みたいな書庫に追いやられて
既に1世紀は経過したわ..。否が応でも詳しくなるわよ」
そう皮肉混じりに発言した彼女は、まず俺、そして、その隣にいる
キューラのとこへ目をやった。
「ん?キューラ姉さんじゃない?久しぶり」
「あぁ..。久しぶりだなサーニャ..」
「どうしたの?気分が優れなさそうだけど..」
話は本題へと移っていった。キューラの身に置きた出来事。
そして死ーー俺の回復能力が何かの拍子に覚醒し、死者の蘇生に至った事。
「ヒェ..」
正直、耳を塞ぎたくなるような話だった。魔女に変な液体を塗られたかと
思えば、身体が猛烈な激痛と共に爛れていくだなんてーー
「フゥン..」
キューラが全て話し終えた後、サーニャは鼻を鳴らした。
「なるほど..。ふーん..。ふ......、えっ!キューラ姉さん弱すぎじゃない!?
私でもそれは避けれる自信あるよ!剣を噛み千切るとこまでは良かったのに
後の展開で台無しだよー!!」
「サーニャ!!キューラは死んでいたかもしれないんだぞ!あまり正直に..。あ..」
ーあぁ..。言ってしまった..。キューラの顔は案の定、目に見えて暗く、そして
儚げな悲壮感を帯び、瞳に涙の膜が張った。
「皆んな..。不甲斐ない私を許してくれ..」
「えー許すわけないじゃん!!皆んなキューラはこの森で一番強いと思っているし、
キューラはこの森の、精神的支柱にもなっているんだよ..。それをたかが不意打ちで..。
真相が明るみになった今、これを他のエルフ達に知られたら、森は大混乱!
魔女も活動しやすくなって、行方不明者は増え続けるの!貴方はね、そんな魔女
を討ち取る千載一遇のチャンスを逃したんだよ!!どう責任を取ってくれるの!?」
「おいサーニャ!そこまで言うなよ..」
これには流石の俺も反論した。しかし彼女の主張も認めざるを得ないのが現状だ。
森の主力だと思っていた人物の、予想外の非力さーー
「でもキューラ姉さん..。私は貴方とはそこそこ交友もあるし、
貴方の強さは良く知っている。だから疑問なの。どうして...?
何か隠している事があるのなら教えて......」
「うん。それは実の所、私も気になっていたとこだ..。何かあったのか師匠?」
ーえ?今、師匠って言った?いやそんな事より..
「俺も、、それは気になる..」
問い詰められたキューラは目を伏せた。さっきまではダイニングの椅子に座っていたのに、
そこを立ち上がったかと思えば、何もない壁に向かって歩き出し始めた。
そして、誰にも見られる事のない虚空に向かって口を開いた。
「他言無用で頼む」
「はい」
「ああ..」
「はい..」
「私は、、もう..、寿命で、、そう..、長くはない..」
壁から反射した振動。その振動が耳に届いた時、俺たちは意外にもそう驚かず、
代わりに生じた感情は、、”納得”だった。
「そっか..。キューラって今何歳だっけ..」
「覚えていない..。ただ、、1000歳は超えたと思う..」
「なるほど..。そりゃとっくに寿命を迎えるわけだ..」
薄情者。だと思った。俺含め、同族の僅かな余命に、何の憐憫も抱かない。
「最近、身体が思うように動かなくなった..。ここぞという時に..、
麻痺したみたいに硬直して、動かなくなる....」
「そんなら、ツルギに回復かけられて良くなったんじゃ..?」
「いや..。お前らはまだ、同族の死に際に併した事がないから分からないだろうが..、
エルフの末路は、身体の末端の硬直から始まり..。それからは全身の倦怠感、吐き気
に襲われる..。そして最後は....、全身が硬直して死ぬんだ..。だから分かる..。
私はもう長くはない..。それにこれは老衰のようなものだから..、回復も意味を
なさないだろう......」
「そ、そんな......」
キューラが吐いたのは、魔女への恐怖ではなく、老衰の過程で生じたもの..。
「それを隠していたのは..。サーニャの言う通り、私はこの森の精神的支柱としての
役割を担っているからだ。現に数日前まではまだ多少は動けたし剣もふるえた..。
症状が悪化し出したのは本当に先日辺りからだ..」
言い訳ではいと、そう感じさせる何か独特な空気を、キューラは帯びていた。
「なるほど..。ではキューラの負傷は、魔女との”長い”交戦を経て、卑劣な
<呪い>をかけられたという名誉の負傷ーーということにしておく。
嘘の戦いの脚本は私が考えておくから安心しろ」
「脚本!?私もやりたい!!」
「ふふっ..。私の戦いなんだから、、とびっきり派手な奴でお願いね..」
場の空気は、途端に湿り気を増し、会話をひと段落させた後の妙な虚しさと寂しさ。
そして、沈黙という名の孤独が俺の胸を若干濁らせた。
「では、、」
しかしその間を打破するが如く、最初に口を開いたのはスタンリューマだった。
「では、森の警護には、これからは私とサーニャも加わる」
「え!?私も!?嫌だよ私!!痛いの嫌だもん!!」
「これは王としての、勅命だ。逆らう事は、この森への反逆罪とみなし処刑する」
「うわぁ!!職権濫用だよー!!」
不満げに口を尖らせ、サーニャはぼやいた。
彼女は一応、魔女への対策を講じるために招集されたのだが、この状況で、
スタンリューマもそこまで思考が回らないように見えた。
「そしてツルギ..。お前は私と一緒に来い。いざという時の回復役は
お前でなければ務まらないからな..」
「はい..」
その時、唯一この話し合いの場から除外された彼女が、初めて口を開いた。
「あの..。私は何をしようか..」
「師匠は、ここで安静にしていて下さい。師匠に今必要なのは、十分な休息です」
「....。了解ーー」
相変わらず何もない壁を向いているキューラは、どんな表情をしているか分からない。
ただ、彼女の声は涙声で、よく見ると膝頭の上に2,3滴の水の粒が、光に照らされて
輝いていた。
「よし..。では私たちは、一旦外に出よう。サーニャに魔女役をして貰い、
私とツルギの2対1で模擬戦を行う..」
そして、号令をかけたスタンリューマの声も、いつもよりも語調が乱れている。
「よーし!!魔女役頑張るぞー!!」
サーニャも..。
もしかしてこの二人、無理に平静を装っている??
そして、俺のその予感は的中した。
ツリーハウスの扉を一歩出た瞬間、二人は大粒の水を瞳に浮かべ、
顔をつたった水の筋は、顎先から垂れ、地面を濡らした。
「う..。う....。なんで..、何でそういうの....、もっと早く言ってくれなかったのよ!
いきなり死ぬだなんて!!そんなのあんまりじゃない!!」
「サーニャ..。人間であっても、エルフであっても、生きているものは全ていずれ死ぬ。
それが早いか遅いかの違いだ..。だが....、だけど..師匠は早すぎよ!!」
二人は、ツリーハウスの階段を降りると、声が枯れるまで泣き続けた。
感情豊かなサーニャは勿論、普段は冷静なスタンリューマでさえ、外聞も捨て去り、
ただひたすらに泣き続けた。
そしてそんな二人を見守り、俺のみが
一滴の涙も流さなかった。




