第十四話 思考する人間
夢を見た。
中一、俺がまだ不登校になる前。学校に通っていた時の夢だ。
しかし夢と言っても、それは過去の追想に近いものだった。
あれは確か、社会で歴史の授業だったっけ..。そんなのをやっていて、
俺は授業中に、先生に当てられる。これは実際にあった出来事で、
答えられず赤っ恥をかいたから未だに覚えている。
ー「今日は人類の進化の続きについて学んでいきます。前回は、
現状最古の人類の祖先であるサヘラントロプス、そして後の
アウストラロピテクスについての理解を深めましたね。
彼らは直立二足歩行から始まり、やがて単純な道具の獲得、そして
火のおこし方を学ぶ上で、徐々に知能を複雑化させていったのは
有名な話です」
大手企業を脱サラして教師になったという、痩せ型で眼鏡をかけた、
中年の先生(男)は、ここでゴホンと一呼吸置き、教卓の上に置かれた
水を一杯飲んで話を続けた。
「かの著名なダーウィン曰く、進化とは『適者生存』。
つまり、進化とは環境への”適応”に本質が置かれると。
今回の授業では、このー『適者生存』をテーマに、原人以降の、
ネアンデルタール人及びクロマニョン人について学習していきましょう」
俺は頬杖をつき、シャーペンを回していた。
中学に入学してはや一週間、正直授業のペースにはついていけてない。
当時の俺は、狭い教室で一方通行の講釈を惰性で聞くよりも、
家でゲームをしたり、面白い本や漫画を読む方が余程面白かった。
当たり前だろ。教科書とノートを広げて、
板書に書かれた文字を模写するだけの作業の何が楽しい?
こんなのを一生懸命になってカリカリやっている人間はバカだ。
「え〜..。とまぁこういう訳で、衣服の概念を生み出したネアンデルタール人も、
最後には絶滅という運命を辿ります。ではどうして絶滅したのだと思いますか?」
ー「出席番号18番、渡良瀬剣くん」
知るか!と、思った。
そう言ってやりたかった。でも、周りの先生も生徒も、
皆んな俺に視線を向けていて、
喉の奥で出かかっていた声は結局引っ込んでしまった。
そして代わりに出てきたのはーー
「わ、分かりません..」
「どうして分からないのですか?」
知識不足だよクソ教師!そんなの一々聞かなくても分かるだろ!
「分からなくても、良いんです。この質問に正解はありませんから。
渡良瀬くんが思ったものを、述べてくれればそれで」
「はい..」
俺は解なしが嫌いだ。
物事には全て正解がないといけない。白黒つけないといけない。
だから国語の文章題みたいな、フワッとした抽象的すぎる論理が大嫌いだ。
でも、この場は俺が意見しない限り授業は先に進まないー
何て、答えたっけ..。
「隕石が落っこちて絶滅した」
と言ったら、『恐竜かよ!』と、クラスの失笑を買い、至って真面目に
答えた僕は悔しくて涙目になったっけ..。
ーーでも、唯一先生だけが笑わなかった。
「渡良瀬くん。ありがとうございます。
そうですね。ネアンデルタール人の絶滅には
諸説ありますが、その中でも有名なのが、今の人類と同一の性質を持つ、つまり
我々の祖先との生存競争に負けたーーというものです。
進化は『適者生存』と言うのならば、我々は適者。そして、ネアンデルタール人は
不適者という事になりましょう」
先生の話は難しくて、相変わらず何を言ってるかよく分からない。
ただ、この後の話だけは妙に記憶に残っている。
「しかし、
本当に我々人類は適者なのでしょうか?そもそも、適者とは何でしょう?
今までは環境に適応するだけだった。しかしこれから先、様々な開発が進み、
地球は人類が生きやすいように作り変えられていく。もしそうなった時に、人類は
適応などする必要がない。環境など、
自分たちの手で都合の良いように改変すれば良いと、
今度は思考のあり方が変わる。そして許容量以上の資源を使い果たし、やがては
適応の土壌すらも失ってしまう。そうならないために、我々人類には、考える事の
出来る頭脳という、共通財産を与えられたのでしょう」
ー「思考の放棄は、人間性の放棄です」
先生は、最後にそう付け加えた。
♢
俺が二度に渡り観測した記号の正体が、<魔女の刻印>と
呼ばれるものである事を知った。
そもそも、<魔女の刻印>とは何なのか?サーニャ曰く、
「魔女が<呪い>を発動する前の、儀式のようなものね..」だとか
彼女の言葉だけだと分かりにくいが、要は<人を殺す>という
<呪い>をかけたい時に、藁人形と釘を使うみたいな感じだ。
「そんで、この<魔女の刻印>からは、どんな<呪い>が発動するんですか?」
「ちょっと待ってててね!」
そう言って彼女は書庫の奥の方へ行き、何やら古そうな本棚をガサゴソし始め、
数分足らずで戻ってきた。
「ここには主に、魔女の使用する<呪い>の詳細が記載されている。
その中で、今回の<刻印>と合致するのはこれ....」
「え....」
「そう。魔女の<呪い>は、5等星から1等星に、区分されているの。
5等星は一番単純で解呪も容易な<呪い>。因みに<老化の呪い>
は1等星ね。一番複雑で、今の技術ではどうしようもない<呪い>」
「はい..」
「そして、恐らくこれまでの行方不明事件は、ほぼ確実に」
ーー<気化の呪い>(一等星)
「気化の..呪い....?」
「そうよ。あの<刻印>は、眼睛七星と言ってね..。
<呪い>発動には、生命体7つ必要なの。だから、術師は毎日誰かを<呪い>
発動のための生贄に捧げて、その証としての記号を刻む。
つまり瞳の中の星の数はーー」
「生贄に必要な残りの人間の数!!」
そっか、それで7つから6つに減っていたのか!!
「でも、そもそも<気化の呪い>って何なんですか?」
「....。<気化の呪い>。被呪者の肉体を、”空気”へ変え消滅させる..」
「どうしてそんな..。だったら普通に殺した方がーーー」
「ど?どうしたの?そんな真っ青になって..」
ーまずいまずいまずいまずいまずいまずい
「魔女の狙いが分かった!!そして..、魔女が誰なのかも!!」
俺は死に物狂いで、王立図書館の外縁の螺旋階段を下った。
早急に手を打たないと手遅れになる。このままじゃ、、、、
ー近い将来、いや、5日後には、メリッサが完全に消えてなくなる..。
俺はこの時、最悪の思考で頭が埋め尽くされていた。
ー死んだはずの魔女の<刻印>が、どうして今になって現れたのか?
そもそも、魔女が死んだって、、『あの人』はどうして分かったんだ!
思えば『あの人』は、来週にメリッサの死を仄めかすような発言も、、、
『あの人』に向ける、怒り、そして悲しみ、、
色んな感情が胸の中でゴチャゴチャになって、頭がおかしくなりそうだった。




