1:世界を越える!
茶髪のショートで、優しい顔が印象的な愛しい女性……。
「ヴィゼ……!」
昨日までは元気だった。
病気も怪我もなく、無事平穏に私と暮らし、近い将来家族を築き上げる約束までしていた。
だから、もう目の前の悲劇など信じられない。
自動車と壁に挟まれて鮮血の湖を広げて、肉塊になってるなど──……!
悪い夢かと思いたい。あの事故以来、私の毎日は空虚と化した。
彼女がいない世界は灰色で寂しい。
周りの人間は「気に病むな」「仕方なかったんだ」「休め」といろいろ気遣ってくれたが、私にはどうでもいい。
「ヴィゼ…………!!」
静かになった自分の部屋で、椅子に座ったまま天井を見上げて呟く。
事故から何日か経っているのかさえ把握していない。
ただただ愛しい女性が生きていた日々を脳内で再生させ続けていくのみだ。虚しいなんてマトモな思考の人間は思うのだろうが、私にはヴィゼしかいないんだ。
病的なのも分かっているが、時には世界が全てヴィゼに染まれとさえ思う。
正気に戻るまで長い時間が経ったが、そんなものは瑣末だ。
「待ってろ……! 私は世界を越える!!」
その異常な執念が頭を再び熱く滾らせた。
瞬く間に数式を仕上げ、あらゆる学問の答えを導き出す。その過程で様々な発明に貢献されたものもあった。文明開化のきっかけを作ったとさえ言われた。
周りの人間にとっては「稀代の天才」と賞賛せざるを得ない事だが、私にはどうでもいい。
ヴィゼが存在して“いる”か、“いない”か、それだけだ。
まず前提としてヴィゼが存在していなければならない。だから存在していないこの世界はダメだ。
その為にも「死者蘇生」「量子力学」「並行世界」「宇宙」などあらゆる学問や哲学などを貪るように漁っていく。
そして可能かどうかを消去法で最善手を探り当てていく。
ようやく気付いたのだが、全て机上の空論でしかない事に気づいた。ダメだ。もう学問は限界だ。
使い道がなかった財産を全て投げ打って研究の成果として『宇宙船』を二つ作り上げた。
「……では行ってくる!」
ファンだろうがなんだろうが大声援を送ってくれる人々など灰色の景色でしかない。
私には『ヴィゼがいる世界』こそが最重要。何も始まらない。
搭乗席に着席して身を固定させた。
ロケットが息吹いて地上から飛び立ち、私は宇宙へと飛び出した。
青い地球が丸いなどと、私にはどうでもいい。
惑星や星々の世界などどうでもいい。
「始めるか……光速の世界へ」
そう、この宇宙船は地球の周りを回るだけ。
徐々に加速していって、変わらない景色も徐々に挙動が見え始めてきた。止まっていた星々もゆっくり上昇していく。眼下の地球も青と白と緑がブレていって何も見えなくなっていく。
太陽も尾を引いてビュンビュン通り過ぎていって、やがてはアーチを描くようになる。
それでも加速は終わらない。
地球も星々も太陽もブレていって何も見えなくなって、放射状の光の束が広がっていくだけの景色。
やがて光速に達したのだ。
「ここからだ……。頼むぞ! 第二の宇宙船!!」
二段構えの宇宙船で光速に達すると、私が搭乗した小さな宇宙船が発進される。
それにより瞬間的に光速を超える事ができるのだ。
だが、もちろん最高の速度を求める為に宇宙船を造ったワケではない。
光速を超える事で次元を越えるのが真の目的ッ!
仮説は正しかった!
光速とは、質量を持たない光子が飛び回る限界速度。
質量を持たないのは、速度を増す事で無限大に質量が増大し続けて、莫大なエネルギーを発生させて甚大な爆裂が巻き起こるからだ。
それに時間が停滞していき、質量が増大し続けるだけの逆転現象を起こす。
そんな化学反応を振り切るほどの『光速越え』で、現状の世界を越える。
宇宙には存在し得ない速度を出す物質は、世界からはみ出してしまう。
化学反応をあっちに置いて、私は次の世界へ飛び越える。
その時、私の皮膚、筋肉、内臓、骨格と次々分解されて後方へ流れていった。なぜだか意識はそのまま、ここに残っている。
死ぬでも何でもなく。
そして今度は向こうから骨格、内臓、筋肉、皮膚が次々流れてきて私に密着していって、肉体が形成された。
そう、ついに向こうの世界へ乗り移ったのだ。