第七話 実験
「ここって出るらしいよ」
「そうそう、マジで出るみたいよ」
心霊スポットとしてとても有名な廃墟の中で、若い男女が会話をしている。男のほうは、ツーブロックの黒髪で、青色のワイシャツ、首にはシルバーのネックレス、紺色のジーパン、そして、黒のスニーカーを履いている。女のほうは、セミディの髪型で、髪色はアッシュブラウン、白いTシャツ、デニムのスカーチョ、茶色のⅤカットバンプスを履いている。
「ほんとに出るんですか……」
黒縁の丸眼鏡をかけた黒髪ボブヘアーの女性が、ビクビクしながらその後を歩いている。グレーのブラウスに黒色のパンツ、紺色のスニーカーといういでたちだ。
「ミカちゃんはこういうところ初めてなんだっけ」
男女の男のほうが、後ろからついてくるボブヘアーの女性に尋ねる。男の横を歩いている女が答える。
「ミカは初めてだよ。こんなところ、普通行かないでしょ」
「確かに」
男は苦笑する。
「アヤさんとリョウさんは、二人とも行ったことあるんですか」
ミカと言われた後ろの女性は、前を歩く二人に尋ねる。
「ああ、俺とアヤは何回も行ってるよ」
「ほんとこいつ、物好きな男だからさ、ミカも気を付けなよ~」
「何言ってんだよ。そんな物好きじゃねぇよ」
ミカの前を歩く二人は、軽口を言い合っている。すると、三人の前に大きな広間のような場所が現れ、三人は立ち止まる。コンクリートむき出しで、所々、大きな穴が開いている。
「ここで何するんですか?」
後ろのミカは二人に尋ねる。
「実はここでね、ある儀式をしようと思ってるの」
「儀式?」
アヤが質問に答えて、ミカのほうに振り返る。ミカは、唖然とする。
「ミカさん、私たち友達だよね?」
「え……」
急にかしこまり、アヤがミカに尋ねてくる。ミカは唖然としたまま、アヤを見つめる。
「まぁさ、軽い気持ちで、やってみればいいからさ」
リョウも笑顔で、ミカに振り返る。ミカは急に、不安になってくる。
「あの……どういうことですか」
「いやだからさ、ミカさ、お願いだから私達の生贄に……」
「ちょっと待ったぁ!」
突然、ミカの背後から、男の大声が聞こえてきた。ミカは振り向く。そこには、二人の男が立っていた。
一人は、クルクルパーマに四角い眼鏡、白いポロシャツ、黒い短パンに白い靴下、黒のスニーカーシューズを履いた、いかにも神経質そうな眼鏡の男で、もう一人のほうは、茶色のとんがり頭に赤いバンダナ、茶色く筋肉隆々の肌に赤のタンクトップと赤の短パン、赤い靴下に赤いスニーカーシューズと、さながら、テレビに出てきそうな有名ジムのインストラクターみたいな風貌だった。
「今の“ちょっと待った”ってのはあれか? テレビのやつか?」
「どうでもいいこと気にすんじゃねぇよ……」
二人の男は何やら、ごにょごにょと小さな声で言い争っている。さっき大声を上げた眼鏡の男は、何だかバツが悪そうだ。
「あなたたち一体何なの?」
ミカの背後にいる、アヤが尋ねる。
「……よくぞ訊いてくれた。俺たち、不思議研究同好会です!」
眼鏡をかけた男は、アヤを見て、眼鏡のブリッジを左手の中指で上げる。筋肉隆々のタンクトップの男が、横でアヤたちに話しかける。
「お前らはしょうもねぇ宗教か何かの信者か? よくもまぁこんなとこで、生贄儀式なんかやってんな……」
「私たちの儀式の邪魔をしようっていうの?」
アヤとリョウは、急に険しい表情に変わる。
「邪魔も何も、いい素材が見つかったからいいなと思って声かけたんだが」
眼鏡の男は、淡々とアヤたちに答える。アヤとリョウは発狂した。
「私たちの儀式の邪魔をするなぁ!!」
目は吊り上がり、眉は、直角に近いくらいに曲げられている。二人を見て眼鏡の男は笑う。
「いるんだよなー。気の弱い奴見つけては、心霊スポットで自分たちの信仰する神の生贄とかにしちゃうやつ」
横にいる筋肉隆々の男が、ミカに右目でウインクする。
「お嬢ちゃん、もう大丈夫だからね……安心してください!」
「おい!」
眼鏡の男が、左横にいる筋肉隆々のタンクトップの男に顔を向ける。
アヤとリョウが、男たちに絶叫した。
「あああああああ!!」
完全に、目が怒りで真っ赤になっていた。口からは軽く泡が噴き出ており、見た感じ、人間の表情ではなくなっていた。
「そう急かすなよ」
眼鏡の男が、右手を前に出す。指をパチンと鳴らし、アヤとリョウの頭上に、小さな雷が落ちてくる。二人は急に、その場に倒れこむ。
「科学こそ、ジャスティス!」
「何したんですか!」
倒れた後ろの二人を見て、すぐにミカは男たちに叫ぶ。眼鏡の男は、ミカに答える。
「大学の機材を使った気絶だよ」
二人の男は、ミカに近づいてくる。ミカは、まさかと思い身構える。
「ああ、大丈夫。安心して、お嬢ちゃんは連れて行かないから」
筋肉隆々のタンクトップの男は、白い歯を見せにっこり笑う。ミカを素通りし、後ろの二人を両肩に担ぎ、再びミカを素通りする。
「二人をどうするんですか!」
ミカは、そのままどこかへ行こうとする二人の男に叫ぶ。眼鏡の男が、ミカに振り返る。
「あのなぁ……まだわかってねぇのか? この二人は、俺たちの実験体にするんだよ」
「え?」
「お前にはどうでもいいだろ! だいたいお前、このカップルに生贄にされかけたんだぞ? 助けようと思うなよ」
ちょっと怒っているようにミカに言い放つと、眼鏡の男と筋肉隆々の男は、そのまま歩いていく。すると、筋肉隆々の男が立ち止まり、ミカに振り向く。
「お嬢ちゃん、興味あるならついてくるかい?」
筋肉隆々の男は、再びウインクする。ミカは、一瞬困惑する。
「……わかりました。行きます」
ミカは立ち上がる。ミカは、二人の男についていくことにした。
それからしばらく時間が経ち、アヤとリョウは、目を覚ました。
辺りを見回す。古臭い木材で出来た暗い畳敷きの一室で、二人とも、横に並んで倒れている。
「何だここ……」
「わかんない……」
二人とも、困惑する。二人は部屋の中央に倒れており、その右の壁に、中身が空になった大きな本棚がある。頭の方には、型板の窓ガラスが一つあり、二人の足元には、全体が黒に近い茶色の、古臭い木製の玄関がある。玄関の先には、ノブ式の扉がある。
リョウはとりあえず、頭の方にある窓に近寄る。窓を開けようと取っ手を探すが、開ける用の取っ手が見当たらない。
「くそっ」
今度は、玄関のほうに行ってドアノブをひねってみる。体当たりし、ドアが壊れないか確かめてみる。
「くそっ……びくともしねぇ」
アヤが、部屋の左の壁を叩き、大声を出して助けを呼ぶ。何の反応もなく、壁もびくともしない。
「どうしよう……」
アヤは叫び続けて疲れてしまい、その場になよなよと崩れてしまう。リョウは立ったまま、呆然とする。
「あいつら、よくもやってくれたな……」
「ミカ、どうしちゃったのかな。あの男たちとともに逃げちゃったのかな」
「あの野郎、よくも俺たちの生贄を……」
二人は、その部屋で、しばらく呆然とする。気づくと、部屋の中は、暗くなってくる。リョウは部屋の真ん中に立っている。
天井にある、むき出しの蛍光灯から伸びた、電源のヒモを引っ張る。
部屋の中が、ぼんやりと明るくなる。リョウはその場に胡坐をかき、しばらくそのままじっとして、左の壁にもたれているアヤに話しかける。
「やっぱりうまいこと、いかなかったな……今度はもうちょっと、人数を増やしてやったほうがいいな」
「だね」
すると、天井の蛍光灯が、チカチカと明滅しだす。
「ん?」
リョウは、天井の光の明滅に、天井を見上げる。一瞬、天井のむき出しの蛍光灯の後ろに何かが見える。
「なんだ?」
よくよく見ようと立ち上がる。暗くなった一瞬、天井に、黒い丸いシミみたいなものが見えてくる。
「何あれ……」
アヤもそれに気づき、その場に立ち上がりながらリョウに尋ねる。そのシミは、だんだんと、天井を広がっていく。
「……やばい」
何かに気づき、リョウは玄関のほうに走ってドアノブを開けようとする。アヤも一緒に、リョウに走り、寄りそっていく。
「何? どうしたの!」
「出ないと! 早くここを出ないと!」
リョウはドアノブを回しながら、しきりに何か焦っている。アヤは後ろを振り返る。
天井から、黒い塊が、ぼこっと下に向かって出てきている。チカチカと明滅する中、暗くなった瞬間に、ちょっとずつ、天井から、黒い何かが這い出してきている。
「何あれ! ねぇ何なのよ! ねぇ!」
「知らねぇよ! うるせぇ!」
リョウが叫び、シャツの袖を引っ張るアヤを振り払う。ドアを何度も、押し開けようとする。
パサッと、軽い音が背後から聞こえくる。リョウとアヤは、後ろを振り向く。
黒い塊が、縦に長く、畳に向かって垂れ下がっている。その垂れ下がったものの上の方に、大きな、女の横顔が、下を向いて垂れている。
「あ、あ、ああ!」
「あ、あ、あ……」
バチンッという音が聞こえ、部屋の天井の電気が消える。暗い部屋のその中で、女の横顔が、ゆっくりこちらへ向けられる。
「ふふふふふ……」
「あああああああ!!」
女の顔は笑顔になる。巨大な女の顔面が、こちらを見つめ笑っていた。
翌日、筋肉隆々のタンクトップの男と眼鏡の男は、その部屋に、黒いバンで訪れていた。
「なるほど、こうなるのか……」
玄関の扉を、持っている鍵で開け、白髪交じりのアヤとリョウを眼鏡男は見つめる。しわだらけになり、玄関先で、体育座りをして放心している。
二人をまたいで、眼鏡の男は、部屋の中に入っていく。部屋の四隅天井付近につけてある、小さな隠しカメラを外す。
「この部屋、どうする?」
筋肉隆々の男は、玄関先のアヤとリョウを見ながら、眼鏡の男に尋ねる。
「一応、俺たちの目的は実験だ……そのまま放置でいいだろ」
「そうか。了解」
「あの……私が、二人を連れていきます」
ミカがそこに現れ、二人の男はミカを見つめる。二人の男たちについて行くことを決めたあと、ミカは、二人と一緒に、今までの一部始終を黒いバンの中で見ていた。筋肉隆々のタンクトップの男と眼鏡の男は、ミカに頷く。
「わかった。じゃあ俺も、お嬢ちゃんと一緒に、二人を家まで送るよ」
筋肉隆々のタンクトップの男は、眼鏡の男に白い歯を見せにっこり笑う。眼鏡の男は、カメラを4つ両手に持ち、ため息をついてそっぽを向く。
「……勝手にしろ」
笑顔のタンクトップの男は、ニコニコしながら白髪になったアヤとリョウに近づく。二人を、乗ってきた黒いバンに運んでいく。
「まったく……」
放心状態の二人を乗せ、黒いバンは、二人の自宅に向かっていく。
眼鏡の男は、終始不機嫌なままだった。
ヒロ&アキト´s解説
ヒロ「眼鏡の男と赤いタンクトップの男は一体何者なんだろう」
アキト「何を目的にこんなことしてんだろな」