◆綿あめのようにふわふわドレスは私を苦悩させる
今回の投稿は『36番目の婚約者候補が同僚の師団長だった件』で閑話を書いていて、お弁当の話が書きたいと衝動的に思ってしまい、書いたものですので特に意味はありません。因みに今回の話は前話の続きですので、お弁当は関係ありません。
私は騎獣に乗って草原を駆け抜ける。思ったより出発するのが遅くなってしまったので、今日は徹夜になるに違いない。
私の前には久しぶりに狩りに行くことに、ヤル気満々と背中が語っている部隊長が硬い鱗に覆われた馬に乗って駆けている。馬竜という騎獣ではかなり珍しい魔獣なのだけど、部隊長は自分で捕獲してきたらしい。
そして、私の隣で並走しているのはルーフェイスだ。普段は私と部隊長の狩りという名の憂さ晴らしに付き合うことはないのに、今回は何故かついてきている。いや、いつもは抜けだして行っているのに、今回は見つかってしまったのだ。
部隊長!いつも通り窓から抜け出したんじゃないのですか!
ルーフェイスの騎獣は白銀の氷狼だ。それも大型で部隊長の馬竜と変わらない大きさだ。
私の騎獣はと言えば八本足の馬、スレイプニルだ。大きさは部隊長の馬竜とルーフェイスの氷狼に比べ小柄だけど、速さ的には変わらない。
その3匹の騎獣が全速力で駆けている。何かあったのかと言わんばかりの速さだけれども、ただ単に先頭を走る部隊長がノリノリなだけで、緊急性は全く無い。
災害級の炎牛が住処から出てきたのにと思うかもしれないが、年に一度平地にやって来て、そこに来る渡り鳥を食って満足したら、元の住処に戻っていくという習性なだけなので、なにも問題はない。そう、炎牛は肉食だ。
全速力で駆けていけば、遠くの方に火山が連なる山々が見えてきた。一番高く煙を上げているのが、炎牛が住処にしているピュリス山なので、そろそろ目的地に着きそう。
すると、部隊長の乗っている馬竜の速度がさらに上がった。
「たいちょー!抜け駆けするつもりですかぁー」
私は独り占めするつもりなのかと、前を行く部隊長を引き止める。引き止めるもそんなことは聞く耳を持たないので、私もスレイプニルの速度を上げた。
「一番乗りは俺に決まっているだろう!」
「二人共待ちなさい!」
部隊長は我先にと駆け出し、私は部隊長の後を追い、ルーフェイスは私達に待つように言いながらもついてきている。
そして、部隊長は目標を見定めたのか、腰に佩いた剣を抜き、馬竜の背中から消え去った。
その遥か前方にあった燃え盛る炎が真っ二つに割れ崩れ去る。次いで、その横にあった炎も横一線に部隊長の剣によって叩き斬られ、崩れていく。
「たいちょー!私の分も残してくださいよぅー!」
私はスレイプニルの背に立ち、勢いよく飛び出した。痛いほどの風が頬をかすめる中、目標を定め拳を握りしめる。
「炎の爪!」
炎の塊。いや、大型の雄牛が高温の炎をまとい火の鳥を捕食していた。その炎をまとった牛の頭に向かって拳を振り下ろす。
炎を発するモノに炎で攻撃をするということは、誘発し暴発するのだ。
私が攻撃をした炎牛を中心に他の炎牛も巻き込み、辺りを燃やし尽くす。
「エミリア!俺の取り分を取るな!」
「エミリア!何をしているのですか!」
部隊長とルーフェイスの声が聞こえたかと思うと、一瞬で氷の世界に置き換わってしまった。
「おにくがー!!」
私が今倒した炎をまとっていたはずの雄牛が、何も変哲もないただの牛に成り下がってしまった。
私は事を成した元凶を睨みつける。
「何するんですか!お肉が冷えてしまったじゃないですか!手を出さないでくださいといいましたよね!美味しそうなお肉を見定めて倒したのにー!!」
冷えてしまった炎牛の肉は毒を生成しだすので食べられたものではない。しかし、これはこれで毒物を好む隊員に喜ばれるので持って帰るけれど、私の好むものではなくなってしまった。
「エミリアが災害級の炎牛に素手で向かっていったからに決まっています」
「痛めつけずに瞬殺するには、これが一番いいのですぅー!たいちょーみたいに邪魔な大剣なんて持ち歩かないですからー!」
私は呆れたような顔で、いいわけをしているルーフェイスに向かって私の正当性を説いてみせる。
部隊長の剣は普通の剣より大きいのだ。それは勿論大型の魔物を狩るためなのだけど、その大剣を室内で振り回せば怒られるに決まっている。
「エミリア!俺の剣を馬鹿にしただろう!それから、ルーフェイス!これ以上肉を無駄にするな!」
「そうですぅ!暇ならお肉を袋に詰めていってください!その時に絶対にお肉を冷やしたら駄目ですぅー!」
部隊長と私から責められたルーフェイスは呆れたような顔のまま、ため息を吐いた。それはどういう意味のため息なの!
まぁいいと、私は次の獲物に狙いを定めていると、他の炎牛より遥かに大きな雄牛を発見したけれど、群れのリーダーと思われる炎牛には部隊長が既に狙いを定めていた。
「たいちょー!ズルいですー!」
「早い者勝ちだ!」
そんな感じで言い合いながら部隊長との共闘作戦は幕を閉じたのだった。
私達は討伐を終えて、帰路の途中にある中核都市に立ち寄っていた。今回の群れは思っていたよりも小規模で、そこまで時間を掛けずに狩り……討伐を終えた。一応仕事ということだからね。
お肉となった炎牛は解体せずに、燃え続けているまま収納袋に入れて保管している。これは摩訶不思議な袋で、倉庫一棟分の容量を入れることができる。その中は時間経過も止まるというとても便利なものだった。
個人的に欲しいけど、私のお給料では到底買える品物ではないので、諦めていたのだった。
そして、思っていたよりも早く終わり今日の寝床が確保できそうだと、夕闇の中厳つい騎獣を連れた3人が街の中を歩いていた。それはもうモーゼの海の如く人が割れていく。
行き先は騎士団の施設と決まっているので、街の人達もそこまで迷惑的な表情はしていないが、良心的かと言えば、微妙なところではある。
「たいちょー!宿舎に騎獣を置いたら、デートしましょう!」
「おぅ!いいぞ!今日は何を食おうか」
私がいつものように夕食を部隊長に奢ってもらおうと、外食に誘ってみる。すると機嫌のいい部隊長は直に了承の返事をしてくれた。
デートというのは別に部隊長とラブラブな関係ではない。これは子供の頃からの誘い文句だ。お腹が空いたから何か奢って欲しいなということを言い換えただけに過ぎない。
だけど、この言葉に反応した人物がいる。それはもちろんルーフェイスだ。
「デートとはどういうことですか?」
「え?お腹すいたから夕食を奢ってねーという意味?上官は部下に奢るものですぅー」
うん。お昼抜きで、全速力で駆けてきてハイテンションのまま狩りをして、現在に至るのだから、とてもお腹が空いている。そして、私よりも良い給料をもらっている部隊長に奢ってもらおうということだ。
「では、エミリア。私とデートしましょうか」
「……」
何か嫌な予感がするのは気の所為?ルーフェイスを伺い見ると、綺麗な笑顔で笑っている。何を怒っておられるのでしょうか?
「みんなでご飯をたべますよー?たいちょーの奢りで」
ご飯はみんなで食べた方が美味しいよね。それが良い。絶対にそれがいい。
「エミリア。私とデートしますよ」
決定事項?!部隊長を伺い見ると我関せずを貫くように前しか見ていなかった。
ぐふっ!私に拒否権はないのだろうか。
私は泣いていいだろうか。何故に私はレースとリボン増し増しの服を着させられているのだろうか。
「お嬢様。とてもお似合いでございます」
この店の店員さんが褒めてくれるけれど、いったい私は何歳に見られているのだろうか。丈が膝上だからね!このドレス!絶対に子供用だよね!
「ちょっと、可愛らしすぎるのでもう少し落ち着いた感じで……」
「何をおっしゃるのです。これがいいのですよ」
「いや、流石にピンクのドレスに白いレース増し増しは痛い子にしか見えないですよね」
この歳でピンクは嫌だ。それも膝上の子供服がピッタリとは、もう私は泣いていいと思う。
そして、左側にレースがついた帽子として意味をなさない飾りを斜めにつけられた。
ぐふっ。私の視界は半分塞がれたけれど、これで外に出る勇気がない。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか店員さんは私の背中を押し、更衣室から追い出す。私は出たく無かったよ。
更衣室を出れば、一人優雅にソファに座り、お茶を嗜んでいる人物が目に入った。その人物はブルーグレイの高級そうなスーツに身を包んでいる。いや、あの隣にピンクは無い。
私が出てきたことに気がついたルーフェイスは立ち上がってキラキラした笑みを向けながら私の方に向かってきた。
「よく似合っていますね」
「それは嫌味ですか?」
思わずそう返してしまった。
「おや?心外ですね。私は本当に似合っていると思いますよ」
これが嫌味でなくて何なのだ!
「子供服の洋服店で言われても嫌味にしか思えません!」
そう、このお店は子供服のお店だった。大体5歳から16歳の成人するまでのお嬢様御用達で有名なブランドのお店だった。因みに成人は16歳となっている。
「既製品でエミリアに合うサイズは普通に無いと思いますよ?」
「ぐふっ!」
正論だ。正論だけれども、せめてピンクのフリフリはやめて欲しい。誰だよこれをチョイスした人は!
項垂れている私をルーフェイスは抱きかかえて歩き出す。うぇ?何で私は抱っこされているわけ?
「アルド様。私、歩きますよ?」
「予約したレストランはすぐそこですから、構いませんよ」
「私、歩けますよ」
「知っていますよ」
いや、誰が抱っこされながら、レストランに入るわけ?普通に駄目でしょう!
「あのー、アルド様。これは些か問題があると思います」
「デートなのですから、良いのですよ」
キラキラした笑顔で断言されたけれど、良くないです。
「いや、そこはデートとかそういうことでは無いと思います」
このようなことを話していると、ドアマンが立つ店の一つにルーフェイスが入っていく。この辺りは貴族が出入りする高級店が立ち並ぶ区画のため、大抵のお店にはドアマンがいるのだ。
そのドアマンは私とルーフェイスを見てにこやかな笑顔を向けてきた。あ……これ絶対に勘違いされている。歩くのに疲れたご令嬢がわがままを言って抱えられている構図に。
私はそんなことは言わないよー!
そして、入り口に待機していた案内の人に案内されたところは、街並みが見下ろせる個室だった。
窓の外を見ると、明かりがともった街を行き交う人々の姿を4階ほどの高さから見下ろす風景だった。
今思えば、こんな風に街を眺めることはなかった。
「気に入りました?」
ルーフェイスが窓の外から目を離さない私に聞いてきた。
「そうですね。こんな風に街を眺めることはなかったと思ったのですよ」
子爵令嬢である私が高級なお店に足を運ぶ事はなく、下町の雑多な店に入り、にぎやかな食事を取るのがいつもの風景だからだ。
「たまには良いものですが、私は下町のにぎやかなお店が好きですよ」
「エミリア。伯爵夫人はそのような場所には行きませんよ」
「まだ、伯爵夫人ではないですよ。それに騎士団はやめませんから」
で、何故に隣に座ってくるのでしょうか?普通は向かい側ではないのでしょうか?
「辞めなくていいですよ。奥さんと同じ職場もいいと思います」
そう言いながらルーフェイスは横に流した赤い前髪を私の耳にかける。
……奥さん……いや、だからまだ婚約しただけだから、それも騙されるように、
「たまにはこういう仕事もいいですね。旅行気分が味わえて。これからは部隊長を誘わずに、私を誘ってくださいね」
「え?部隊長はオールマイティにこなすので戦闘には、はずせませんよ」
私は普通に答えてしまった。すると、キラキラした笑顔から一転、綺麗な笑みに変化した。
「エミリアは夫の私より、部隊長を選ぶのというのですか?」
そう言いながらルーフェイスは私を抱き寄せる。だから、まだ婚約しただけですから。
「まだ、婚姻はしていません」
ここははっきり言っておかないといけない。
「そう言えば、アルフォンスエスト王太子殿下が結婚式を予定より早めるとおっしゃっていました。あの険悪だったヴァンウラガーノ公爵令嬢と何故か仲も良好ですし、おめでたいことですよね」
何故かと言われても、理由はルーフェイスも知っているはずなのに?
「あのような劇的に効果がみられて、後遺症もない惚れ薬をエミリアが持っていたと知れ渡ると、どうなのでしょうね」
それはもちろん。
「色々な方々が大金を持ってこられるでしょうね。しかし、作ったのは私ではありません」
「それはどうですかね。人は欲しいと思えばどのような手段も厭わないものです。フィアロッド子爵夫人を人質にとることも厭わないでしょうね」
はっ!戦闘能力が全く無い母では抵抗しようがない!そして文官を目指している兄も同じく。くっ!これは私が脅されている?
「アルド様は何がおっしゃりたいのでしょう?」
「実はここに婚姻届があるのですよ」
そう言ってルーフェイスはどこからか、白い豪華な金縁の封筒から一枚の紙を取り出してきた。確かに婚姻届だけど、この紙には問題がある。
「何故に既に国王陛下のサインがされているのでしょうか?それにこれは結婚式の時に記入するものではないのでしょうか?」
普通では結婚式の時に新郎新婦が名前を記入し、それに国王陛下のサインが書かれ、教会に提出されるのが普通の流れなのに、そこをすっ飛ばして、私の目の前には国王陛下のサインが書かれている婚姻届が存在している。
「どこぞのお祖父様が国王陛下を脅して、書かせたらしいですね。名実ともに孫が欲しいと言って」
前フェンテヒュドール侯爵!何で国王陛下を脅しているのですか!
「ですので、サインを書いてくださいね。私のサインは既に済ませていますから」
ルーフェイスは私にペンを渡しながら言ってきた。
何か違う気がする。これを書くのは結婚式でいいと思う。
「エミリアは私のことを蔑ろにしすぎると思うのですよ」
そ……そんなことはないと思う……よ?
「夫である私に内緒で部隊長と出かけようとしていましたし、次は誘って欲しいと言っても私よりも部隊長を選ぶしまつですし、今出す必要はないと思ったのですが、そんなエミリアにはコレを書いてもらわないと駄目ですよね」
言い方が悪い!私は別に部隊長に特別な感情は抱いていない。それに部隊長は……。
「愛妻家の部隊長に何を言っているのですか?いつも愛妻弁当を持ってきてお昼に食べている部隊長は間男に成りえないですよ」
「そんなことは知っていますよ。しかし、エミリアは私よりも部隊長を選ぶのですよね」
だから言い方!
綺麗な笑みを浮かべたルーフェイスは私が悪いと言ってくる。しかし、しかしだ。私と部隊長の付き合いは私が3歳の頃からなので14年にはなる。部隊長の奥さんよりも付き合いが長かったりするのだ。その奥さんが私に嫉妬するかと言えば……どうなのだろう?しないと思うけれど、一度睨まれたことがあったよね。意味が分からず無視したけれど。
「部隊長は戦闘のセンスは天才的だと私は言っているのです。別に特別な感情を抱く人ではありません」
「そうですか。では私はどうですか?」
どう?特別な感情を抱くということ?
「……ドキドキします?」
好き嫌いはよくわからないけど、私の心臓に負担を掛けていることには間違いはない。
するとルーフェイスの美人の顔が近づいてきて私に口づけをしてきた。
「それは嬉しいですね。今日は婚姻届にサインするだけで許してあげます」
何が!これ以上何をするつもりだったと?
最後にはルーフェイスにサインしない限り夕食は出てこないと脅されて、泣く泣く私はサインをしたのだった。
そのあとに出された食事の味は全くわからなかったことだけつけ加えておく。だから、何故に膝上抱っこされて、食事をしなければならないわけ!!
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補足
エミリアのピンクフリフリドレスを選んだのは勿論ルーフェイスです。きっと隊服ではない可愛らしい格好のエミリアを見たかったのでしょう。