ルーフェイスSide
ルーフェイスside
初めてエミリア・フィアロッドという新人を部隊長から紹介されたときに思った。
『なんだ?この珍妙な生物は』と
第0部隊に配属される者たちは何かしら問題を抱えていることが多い。
闇属性の使い手なのだが、人嫌いで決して人前には出てこない者(人前に出なければならないときは、別人に化けている)に毒物に興味を持ちすぎて自らの身で毒物を精製する者(血液でさえ毒物扱いしなければならないため危険物扱い)、後は魔素をその身に受けすぎて人から逸脱した者等々色々問題を抱えた者たちが所属している。
いや、そもそも騎士団に所属しなければいいのだが、貴族というものは、なにかと体裁が求められる。数年前に門戸を広げた弊害と言っていい実態だった。
だから、その問題を抱えた者たちを一箇所に集めるために第0部隊が作られたのだ。
はっきり言ってゴミ捨て場と言っていい部隊の有様だ。隊列を組んで進むという普通のことすらままならないのだ。
この問題児を集めた第0部隊の部隊長に任命されたのが第1部隊で次期師団長の座を争っていたと言われるロベルトシュエル・アルデイラーだ。元々はガルグランド侯爵家の出だが、この度の新たな部隊長就任にあわせてアルデイラー男爵の地位が充てがわれたのだ。
このことにロベルトシュエル部隊長は内心どのように思っているのか俺には計り知れないが、きっと不服だと思われる。何故なら騎士団に所属して1年目のルーフェイスアルド・フェンテヒュドールを副部隊長の任に充てがい作られた部隊をまとめるなど、無謀と言っていい采配だからだ。14歳で副部隊長というのは、恐らく祖父の名が影響を与えているのだろう。
そして、この珍妙な生き物だ。見た目でまだ10歳ほどの子供だと思われる。赤い前髪が顔全体を覆って、その容姿は全くわからない。前が見えているのかも怪しい。恐らく長いのだろううしろ髪を結ってはいるものの、どうすればそんな感じになるのか不思議なぐらいにグシャグシャだ。
「エミリアですぅー。よろしくですぅー」
イラッとする喋り方をする生き物だった。
「取り扱い要注意だからな。フィアロッドということでわかると思うが、第1師団長のご息女だ」
部隊長がそう説明してきたが、これは普通の貴族の令嬢の様に丁寧に扱えというわけではないことは理解できた。グレーメイア伯爵家の血筋だとのことで注意しておけだろう。
「レッドベアーぐらいなら一撃ですぅー」
違った。危険物扱いだということだった。
そして、戦いの場で使えるかといえば、しばしば何処かに姿を消して割り振られた戦闘区域にいないことが多かった。流石、第0部隊に配属されただけあって普通の行動ができなかった。
そんな者たちが集まる第0部隊をまとめるために、相当無茶をしたとは自分でも思っている。しかし、お陰で第0部隊の中で副部隊長の俺に逆らうのは一人だけになった。
そう、エミリア・フィアロッド班長だ。
徐々に世界情勢が変わり、魔物の脅威も減ってくれば、第0部隊の有り様も変わり、各個人の能力を生かした部隊となっていったが、フィアロッド班長の生態に変わりはなかった。
書類を作らせても誤字脱字が酷く使い物にならないばかりか、全ての書類の右端に落書きがされていた。
あの頭の中には何が詰まっているのかと甚だ疑問が湧いてくる。上げられてきた報告を時系列順に書き写すだけだというのにだ。
そして、部隊長と共に突如として仕事を放置して何処かに消え去るのだ。
本気で一度シメた方がいいのではないのかと考えていたところに、更に苛つくことを言い出したのだ。
「ふくちょー。行くのが面倒なので行きたくないのですが、強制参加なんですよー」
国王陛下の御璽が押された招待状を見せつけるようにして言ってきたフィアロッド班長。
「恋人をとっかえひっかえしている、ふくちょーにこくおー様主催のパーティーのパートナーお願いしていいですかー?」
その言い方にイラッとする。もう少し普通に喋れないのだろうか?
「失礼な物言いですね」
相変わらず人の気も知らずに、軽口が叩けるものだ。
どうでもいいことに手を取られるなら、他の仕事を終わらせた方が百倍効率的だ。
そもそも、このような事は父親であるフィアロッド子爵に話をするべきだろう。
そう、聞いてみると意外とまともな返答が返ってきた。
「相談なんてしてないですよー。ほら、最近第8師団長さんが婚約されたじゃないですかぁ。私達独身騎士の筆頭だったアリシアローズ・フォルモント公爵令嬢さま!その方が婚約されたから、かあちゃんが私もいい加減結婚しろと言ってくるのですぅー。下手な人を選ぶとそのまま結婚させられそうじゃないですかぁ。でもフェンテヒュドール侯爵の三男と子爵令嬢ってどう考えてもないですよねぇ」
確かに普通であればありえない。しかし、目の前のフィアロッド班長が考えたにしては、筋が通っている。
ということは、このバカに常識という物を叩き込めば、もう少し真っ当になるのではないのか。
今思えば10歳からこのような騎士団に所属していれば、常識という物をどこかに置き去りにされていても不思議ではない。この事を利用して教育でもすれば、少しはまともに仕事をこなせるようになるだろう。
「舞踏会までの一ヶ月間、ダンスの特訓と貴女の馬鹿な頭に最低限の知識を叩き込みましょう。ああ、夕食も付けてあげますよ。マナーがなっていない貴女には丁度いいでしょう」
貴族の令嬢としても壊滅的だが、人としてもう少し矯正しよう。そうすれば、俺の手を煩わせることも少なくなるだろう。
このときはそう思っていた。フィアロッド班長を強制的に連れて帰り、フィアロッド夫人に連絡を入れ、教師の采配をして、今日終わらすべき仕事を終わらせ、フィアロッド班長が居る客室を訪れるまでは。
客室に入り一番に目に入ってきたのは、祖父である前フェンテヒュドール侯爵だ。何故ここにいるのだろう。それも人形のような小柄な女性を膝の上に乗せて、楽しそうに笑っている。あのいつも厳しい表情をしている祖父がだ。
その人形のような女性が立ち上がり、とても美しい動作でカテーシーを行った。
「この度はフェンテヒュドール侯爵令息様のご厚意によりこの様な場を用意していただいたことに感謝いたします」
言葉の内容と赤い髪からフィアロッド班長だと予想はつくが、どうも理解ができない。現実的にあり得ない光景だ。近寄っていき、小柄な女性の頬をつねる。
「ふくちょー。痛いですぅー」
貴族の淑女だった姿が一気に珍妙な生物と重なった。目の前の人形のような女性はフィアロッド班長に間違いないようだ。
それに何故か祖父とも仲がいい。バカと思い込んでいたが、試しにこの国の歴史を順序立てて言うように示唆すれば、真っ当な答えが返ってきた。
そして、どうも珍妙な生物は男嫌いと自称しているフィアロッド班長が作り上げたものらしい。ここまで完璧に演技をするのははっきり言って称賛に値することだろう。
ただ男嫌いと言っても、祖父と普通に話しているし、部隊長とも他の隊員とも普通に話していることから、何かしらフィアロッド班長の琴線に触れる何かがあるのだろうと思えば、フィアロッド班長の魔眼に触発された者が駄目だったようだ。
グレーメイア伯爵家の血縁に現れる真っ赤な髪と共に常に揺らめいている金色の瞳。力を求める者にとっては喉から手が出るほど欲しい力だ。
ここでひとつ思いついたことがある。打算というものだ。
思っていた以上にまともだったフィアロッド班長をこのまま囲ってしまおうというものだ。
三男ということで、好きなようにさせてもらってきたが、ここ最近は俺にそろそろ身を固めるように言ってくるのだ。恐らくアスールヴェント公爵子息が婚約したことがきっかけなのだろう。
祖父は反対はしないだろう。両親も祖父が反対しなければ、何も口出すすることはないだろう。あとはフィアロッド子爵か。出来上がった書類を持っていくついでに夕刻にでも話をしに行くことにしよう。
「本気で言っているのか?」
まさに武人といっていい姿の御仁が、困惑した表情を浮かべている。
赤い炎のような短髪に魔力を帯びた金色の揺らめく瞳はグレーメイア伯爵家の特有の色だ。その御仁は俺の言った言葉に対して、戸惑っているようだ。
「ええ、そうです。エミリア・フィアロッド子爵令嬢との婚約を認めていただきたいのです」
「あ、いやな。別に父親として反対しているわけではないのだ。我が娘であるが、あのエミリアだぞ。頭の中は魔物をどう効率よく倒して、その肉を食べるかしかないと思うぞ」
父親の第1師団長ですら、フィアロッド班長の本質には気がついてはいなかった。ここまで完璧だと本当に感心してしまう。
「6年間、私の下で働いていましたからね。まともに仕事をしないことも、直に姿を消して何処かに行ってしまうことも、よく知っていますよ」
「ならば何故エミリアか、聞いてもよいか?」
何故か……丁度よかったと言えばそうなのだが、本音を言えば……
祖父に殺意が芽生えた。いや、違うな。
珍妙な生き物だと思っていたフィアロッド班長が本来の容姿を見せた姿に一目惚れしたと言っていい。今まで俺に近づいてきた女性のような、気持ち悪い視線を向けて来ないもの好感が持てたが、一番は強さと美しさの共存に魅せられたと言っていい。
結局のところグレーメイアの血に魅了されてしまったということだ。
「そうですね。惚れたとか腫れたとか言ってもウソっぽいですからね。打算ですよ。そろそろ両親に身を固めろと言われていましてね。言い寄ってくる女性よりもフィアロッド班長の方が、マシです。フィアロッド班長がこのまま第0部隊にいることも認めますが、少々矯正するところはあります。あと、一番は祖父である前第1師団長の覚えがいいということですか。祖父は孫ができたと喜んでいますよ」
フィアロッド班長の本質を知らないフィアロッド子爵である第1師団長にはこういう物言いの方がいいだろう。貴族的に打算があってのことだと。
「確かにエミリアはあの方のお気に入りだったな」
そう言いながら、第1師団長は遠い目をしている。本当にフィアロッド班長は祖父に気に入られていたようだ。本当の孫よりも可愛がっているように見えてしまうのは如何とは思ってしまうことだが。
第1師団長はおもむろに立ち上がり、俺に向かって頭を下げてきた。
「娘をよろしく頼む。婚約したからと言って何も変わらないだろうが、いざとなれば、魔物の群れの中に放り込めば、少しは大人しくなるはずだ」
第1師団長は父親として頭を下げているのだろうが、内容としては問題を起こせば魔物と戦わせておけば、機嫌がよくなって落ち着くからという言い分だった。
それも6年間で身に染み付いている。だから、俺が答えるのは唯一つだけ。
「ええ。わかっております。ではこれにサインをお願いします」
俺は一枚の用紙を差し出すのだった。
「なんですか?この用紙は?」
翌朝、婚約届をフィアロッド班長に差し出す。
あれから帰ってきて家人から話を聞いても、普通の令嬢と変わりがないというより、慎ましげな令嬢という印象を受けたらしい。そして、祖父の意向で着せられたドレス姿に魅了された家人が幾人かいるらしく、その者たちは配属を外したと報告された。
確かに、あの姿は祖父の意向だったかもしれないが、良かったと思う。目の前のフィアロッド班長の今日のドレスも叔母が子供の時に着ていた物を引っ張り出してきたらしい。とてもよく似合っている。これなら、あのマリーローズブランドがとても良く似合うのではないのだろうか。
そう思いながら、俺は端的に答える。
「婚約届です」
「ですから、何故、婚約届が私の前に出されているのでしょう」
「それはフィアロッド班長に仲のいい恋人役を頼まれたからですね」
元々はフィアロッド班長が言い出したことだと言う。だが、フィアロッド班長は納得していないようだ。普通であれば、そうだろう。だから、ここで絶対に逃げ切れない言葉を使う。
「王命を無視するのですか?」
「ぐふっ」
白を基調としたフリルいっぱいの子供用のドレスに赤い髪がよく映える。淑女と少女の狭間の姿をしたフィアロッド班長が、王命という言葉に屈した。
その姿を見ていた壁際で控えている侍女たちが、コソコソと話しているのが耳に入ってきた。
『今度はピンクのあのドレスにしてみましょうか?』
『薄紫色はどうです?ルーフェイス様の色なので、お二人で並ぶと……くふっ……おいしい』
『ああ、あの犯罪的で合法のフィアロッド子爵令嬢の姿に萌えますわ』
ここにもグレーメイアの血に魅了された者がいるようだ。この者たちにはこのままエミリアつきになってもらうことにしよう。
「ということなので、さっさとサインを書いてください。エミリア。私の事はアルドと呼んでください」
「そっちですか!普通であればルーフェイス様呼びですよね。そこまでしなければならないのですか!」
「仲のいい恋人であれば、普通でしょう」
「仲がいいという条件をはずして欲しいです」
「それは駄目ですよ」
このまま、俺の側に居てもらうのだから。
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
別のサイトでリクエストをいただきましたルーフェイスのエミリアに対する心情の変化になります。如何だったでしょうか?
ルーフェイスは丁寧な話し方をしておりますが、心の内は口が悪うございます。ただ、それを表面にださないだけで、全て笑顔で押さえ込んでいるのでした。貴族という体裁がそうさせているのでしょう。怖い怖い。
沢山のブックマーク、☆評価ありがとうございました。
誤字脱字報告ありがとうございます。これでも3回は見直したのですけど……( ゜∀゜)・∵. グハッ!!




