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彼女がさり気なくキスしたいアピールしてくるのだが、下手すぎてバレバレな件

作者: 墨江夢

 俺・向井一(むかいはじめ)の彼女は物凄く隠し事が下手だ。

 裏でコソコソ動いたりさりげなく何かをするのがめっぽう苦手らしく、例えば前にサプライズで誕生日パーティーを計画してくれた時も、1週間以上前からバレバレだった。


 嘘をつくのが下手で、言い訳を考えるのが苦手で。つまり彼女――小野寺舞(おのでらまい)は、本当に素直な女の子なのだ。


 とある日のホームルームでの出来事だった。

 俺たちは担任からの指示で、「今月の自主目標」を立てることになった。


 担任は「どんな目標でも良いですよ。自分で立てて、達成に向かって努力することが大切なのです」と言うけれど、提出する以上その内容は限られてくる。

 勉強とか、部活とか、あとは精々友達付き合いとか。間違っても「宝くじで一等を当てる!」なんて書いたら、速攻呼び出しものだ。「てめぇふざけてんのか?」、と。


 俺は無難に「今月の中間試験で全教科平均点以上とる」と書いておいた。

 赤点回避ではハードルが低すぎると言われかねないし、かといって全教科満点では身の程を知れと言われるのがオチだ。これくらいが妥当なところだろう。


 自分の目標が書き終わったので、俺は何気なく隣席の舞に話しかけた。


「舞は、何を目標にしたんだ?」

「えっ!? ……一教科だけでもクラスで一番良い点数を取ること?」


 何故に疑問系? それにこの慌てよう……間違いなく嘘をついている。目がめっちゃ泳いでいるし。

 相変わらず、嘘のつけないようだな。


 さり気なく舞の手元を見ると、提出用紙に書かれていた目標は……「彼氏とキスすること」だった。


 おいおい、舞さんや。本当にその目標で提出する気なんですかね? それ、下手したら俺も呼び出されるやつじゃん。「イチャイチャは放課後にやれ。ただしピュアな交際に限る」って言われるやつじゃん。

 だけどもし、担任が容認したとしたら――


 その日俺はいつ担任に呼び出されるのかビクビクしながら生活していたわけだけど、結局放課後になっても、呼び出しはかからなかった。

 驚くことに俺だけでなく、舞も呼び出されていない。

 つまり舞の目標は、担任に容認されたのだ。


「どんな目標でも構わない。1ヶ月間、その目標を達成する為に努力すること」。担任は俺たちに言ったその言葉を実行したのだ。

 内心どう思っているのかは知らないけど(もしかすると、内申点に響くかもしれない。内心だけに)。


 兎にも角にも。この日を境に、恋人にキスをせがまれる日々が始まったのだった。





 翌日。俺はいつものように舞と一緒に登校するべく、彼女の家を訪ねていた。


 ピーンポーン。玄関チャイムを鳴らすと、待ってましたと言わんばかりに舞が自宅から出てくる。

 その間僅か1秒。忠犬のごとく本当に玄関で待っていたのではないかと疑ってしまう。


「おはよう!」

「おう、おはよう」


 気のせいだろうか? 舞の尻尾が、これでもかというくらい左右に振られている(実際舞に尻尾はない。あくまで比喩表現だ)。


 簡単な挨拶を交わしてから、俺たち二人は手を繋いで登校する。それがいつもの流れなのだが……今日は違っていた。

 舞が俺をジーッと見て、一向に歩き出そうとしないのだ。


「……舞? どうかしたのか?」

「えーとね、その……いってきます!」


 いや、それを言う相手は俺じゃなくて両親じゃね? そして言うのが遅え。


 そう思っていると、舞が何やら目を瞑って、唇を突き出してきた。

 ……あぁ、そういうことか。俺は謎の行動の意味を察する。彼女はいってきますのチューがしたいとアピールしているのだ。


 どうして舞がそんなアピールをするのか? その答えは、昨日のホームルームにある。

 舞は「彼氏とキスすること」を今月の目標とした。その目標を早速達成しようとしているのだ。

 

 ……さて。この場合、どう応えるのが正解なのだろうか?  

 舞の気持ちを尊重するのなら、キスをするべきなのかもしれない。だけど……こんな街中で、本当にキスを? 


 通勤通学の時間帯ということもあり、人通りはそれなりに多い。こんなところでキスをしようものなら、確実に注目の的になる。


 第一俺と舞は、まだキスをしたことがない。

 舞の恋愛偏差値が勉強同様低い数値なこともあり、俺たちはこれまでプラトニックな付き合いをしてきた。

 だから彼女の「キスをする」という目標は、「ファーストキスをする」と同義であって。

 人生で一度きりだから、ファーストキスなのだ。出来れば登校前に公衆の面前でなどではなく、もうちょっとロマンチックなシチュエーションで交わしたい。


「……」


 担任の設定した猶予は、1ヶ月。なにも今日いきなり目標を達成する必要もないよな。

 俺は舞の頬を摘む。


「あにふんの?」

「いや、ブサイクだなと思ってよ」


 ファーストキスは、然るべき時に然るべき場所で。

 取り敢えず今朝のキスはお預けだ。



 


 舞のキスしたいアピールは、学校に着いてからも猛威を振るっていた。

 休み時間は言わずもがな、授業中ですら「キスしたいなぁ」と物欲しそうな視線を向けてくる。

 

 舞のアピールを無視するべく授業に集中した結果、今までで一番内容が頭に入ってきたと思う。


 昼休み。俺は舞と一緒に、食堂に来ていた。

 ラーメンやカレーやオムライスや、高校の食堂にしては贅沢すぎるくらい様々なメニューがあるけれど、俺はそのどれも注文しない。

 舞と付き合い始めてからというもの、俺の昼食は愛妻弁当だと決まっている。


「はい、向井くん」

「いつもありがとうな」

「ううん! 私が好きでやってることだから!」


 以前舞は弁当を作る為に四時起きしているのだと聞いたことがある。なんでも俺に美味しいお弁当を食べさせたいかららしい。

 俺の為に貴重な朝の時間を使ってくれるなんて……彼女の愛情がふんだんに使われているから、この弁当はこんなにも美味しいのだ。


 それじゃあ今日も、いただくとしますか。俺は弁当箱の蓋を開ける。


 今日のおかずは、卵焼きとポテトサラダと……あと、天ぷら? 朝から随分手の込んだ料理を作ってくれたものだ。


 舞に感謝しながら、俺は弁当を食べ始める。折角なので、まずは天ぷらを箸で摘んだ。


 衣は作ってから時間が経っているとは思えないくらいサクサクしていて、味もしっかりついている。

 ただ……これが何の天ぷらなのか、まるでわからなかった。


 肉や野菜類ではない。魚だとは思うけど……こんな魚、食べたことないな。

 美味いのには変わりないんだけど。


 悩んでいても仕方ない。聞くはいっときの恥だ。


「なぁ、舞。これは何の天ぷらなんだ?」

「それはね、鱚の天ぷらだよ!」


 鱚、ね。

 舞は「たまたま親戚から送られてきたから」と言っていたが、目が泳いでいるので絶対嘘だ。

 どうせキスと鱚をかけているのだろう。

 

 チラッ、チラッ。ネタバレするやいなや、舞は頻りに俺を見てくる。終始唇に人差し指を添えながら。


 ……甘いぞ、舞。その程度で俺はキスしたりしない。

 生憎現在俺の口には、天ぷらという先約がいるのだ。


 視線でアピールしたところで、俺にキスするつもりがないと悟ったのだろう。舞は次なる作戦に移ることにした。


「ねぇ、向井くん」

「ん?」

「卵焼きが口元についちゃったんだけど……取ってくれる?」


 ……いや。ご飯粒ならわかるけど、何で卵焼き? 大きすぎない?

 どう考えても、自分でつけたでしょ?


 これは、アレか? 少女向け恋愛漫画のイケメンキャラみたいに、手ではなく口で取れって言っているのか?

 あわよくばのキスを狙っているのか?


 ならば俺は……その望みに反して、手で卵焼きを取ることにした。

 舞の口元から取った卵焼きを、俺は自分の口の中に放り込む。


 ……この卵焼き、ついさっきまで舞の口に密着していたんだよな。つまりこれは、間接キスになるのか?

 そう思うと、どういうわけかこの卵焼きが無性に甘く感じた。





 目標設定したあの日から、1ヶ月が過ぎようとしていた。

 俺は中間テストで全教科平均点以上を取ることが出来た。数学だけは危なかったけど、なんとか目標達成だ。


 対して舞はというと……未だに俺とキス出来ていなかった。


 努力していないわけじゃない。彼女は毎日のように俺にキスしたいアピールしてきている。

 しかしどれもロマンチックさに欠けるというか、ファーストキスの思い出としては物足りないように感じていた。


 だから舞が目標を達成出来ないのは、彼女の怠慢が原因じゃない。俺のわがままのせいだと言える。

 だけど……そろそろ覚悟を決めないとな。

 

 この1ヶ月間、俺は事あるごとに舞からのキスを拒んできた。最後くらい、俺の方から「キスしたい」と言うべきだろう。


 とはいえ、校内や街中でキスをするというのもな。……どうせなら、彼女の家の前で別れ際にするとしようか。


 そんなことを考えながら帰路を歩いていると、ふと舞が足を止めた。

 数歩進んだところでそのことに気が付き、俺は振り返る。


「どうした、舞?」

「ねぇ、向井くん。私とキスしてくれない?」

「――え?」


 言おうとしていたことを先に言われたせいで、俺は思わずたじろいでしまった。

 しかしそのたじろぎが命取りだった。

 舞は悲しそうな顔をしながら、「そっか」と呟く。


「きっとキスしたいのは私だけで、向井くんはしたくないんだよね。だからこの1ヶ月間、キスを拒み続けたんだよね」

「それは――っ」


 勘違いだと言おうとした。だけど……果たしてその言葉を、舞は信じてくれるだろうか?

 ……多分、信じてくれないと思う。俺はそれだけのことをしてきたのだ(この場合、何もしてこなかったからとも言えるのかもしれない)。


 周りの目? シチュエーション? そんなの、もうどうだって良い。大事なのは、舞が笑っている、ただそれだけだ。


「舞、不安にさせてごめんな」


 今にも泣き出しそうな舞に、俺は口付けをする。


 どうせなら自分で、新たな目標設定をするとしよう。

 期間は一生。そして内容は――舞のことを絶対に泣かせない。幸せにすると、ここに誓うとしよう。

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