表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒の夢 夕の篝火

作者: スモークされたサーモン


 これは『黒の夢 宵の篝火』の連作です。先にそちらをご覧になると……ならないと困ります。マジで。なので本作は二番目に読んでください。お願いします。



 私は死ぬ。生まれた意味も分からないまま。


 男達に凌辱されて殺される。


 それが私の見た未来。


 それが私が辿る道。


 遥か昔から決まっていた終わりにしては、あまりにも無様な最期だと思っていた。


 でも、そういう未来ならば仕方無し。


 私はすぐに諦めた。


 代々の巫女がそうしたように。


 でも、私は一人の男と出逢った。


 この出逢いは分かっていた。


 見えていた。


 見えていたはずだった。

 

 死ぬまでの間、私の面倒を看るための存在。ただそれだけだと思っていた。


 この男も死ぬ。私が死ぬ前に八つ裂きにされて殺される。


 そのはずだった。


 でも男と出逢った瞬間に未来が見えた。新たな未来が。


 未来は少し変わっていた。


 死ぬことに変わりはない。死ぬべき時も変わらない。でも死に方は変わった。


 私は愛する男の為に死ぬ。


 出逢った男の為に私は未来で死ぬ。


 見も知らぬ男達に汚されて死ぬわけではなく、好きな男に愛されて死ぬ。


 それが私の最期になった。




 

 最期は最期なんだけど。


 まぁ必ず来るものを一々、気にしていられないのも当然といえば当然の事。


 何せ十年以上も先の事なのだから。


 私には、やることがある。


 私は未来で見た男に一目惚れした。


 この時、私は二才。


 死ぬまでに甘えられるだけ甘えてやろうと私は決意した。


 ちなみに今の相手は五才。


 男というよりも男の子。愛する人というよりは、お兄ちゃん。


 十年先は頼もしい男になっていたが、この時点の彼は……なよなよとした頼りない少年にすぎなかった。


 でも私の頭を撫でるその瞳は、ものすごく優しそうに見えた。


 恥ずかしくて思わずお兄ちゃんの手を噛んでしまったがそれも愛嬌だったと思う。


 お姉ちゃんとお母さんにすごく怒られたが……それは見えてなかったなぁ……。

 

 巫女なんてそんなもの。


 肝心な時には役に立たず。


 でも無視するには重すぎる役目。


 未来を見ることに最早意味など無いのに力は代々継承されてしまう。


 先見の一族は呪われた一族。


 存在してはならないもの。


 と、真面目なお姉ちゃんなら言うだろう。


 そんなこと知ったことか。


 私は好きな人に好きと言い、甘えるために生まれたんだ。


 私がそう決めた。


 一族なんて関係ない。


 私は一人の女として生きるのだ。


 と一人意気込んでいたら父さんにも深いため息をつかれた。


 お説教は思ったよりも長くなった。




 先見の一族には世話役と呼ばれる者が必ず寄り添う事になっている。


 それは監視であり管理であり生活の補佐を担う為である。


 衣食住に至るまで私達を支えるのが世話役のお仕事。


 今代の世話役は、お兄ちゃんのお父さんだった。既に先見の一族は私達の一家を除いて全滅。世話役も一人だけ。


 明らかに先見の一族は存亡の間際にあった。


 だから滅ぶのか、それともこれがあるべき流れだというのか。


 と、お姉ちゃんは日々、真面目に悩んでいた。多分あと二、三年で頭が真っ白になると思う。まだ七才なのに真面目すぎる。


 私はお姉ちゃんとは違い、遊んで暮らすのだ。


 なので初顔合わせの日から毎日お兄ちゃんと一緒に遊ぶことにした。


 五才になるまでは先見の一族に会わせられないという謎の掟のせいでお兄ちゃんは私達に会うまで一人寂しく遊んでいたという。


 お兄ちゃんは先見の一族ではないからね。


 そのわりにお兄ちゃんは……なんというか、すごくまともだった。


 私達先見の一族は守りの一族を名乗る者達に百年単位で監視されながら生きていた。


 先見の一族は、遥か昔に人里から離れたこの山奥に隠れ住んだ。それが朝廷の追っ手に見つかり以後守りの一族に監視されて生活していくことになる。


 どうせなら見つからない場所に隠れ住めば良かったのに。


 ご先祖の巫女は馬鹿だったのだろう。


 きっとお姉ちゃんみたいな真面目で融通の効かない頭でっかちだったんだと思う。


 考えても仕方無いのなら考えなくていいのに。


 どうせお姉ちゃんもお兄ちゃんに溺れるんだから今から甘えればいいのに。


 その分、私がお兄ちゃんに甘えられるから願ったり叶ったりと言えるのかも知れない。


 たとえ守りの一族に監視されながらでも私はお兄ちゃんに甘えまくると決めている。


 というかお兄ちゃんが、その守りの一族だったりする。



 お兄ちゃんのお父さんが就いている世話役は守りの一族の大切なお役目だった。


 でも今代の世話役は外部から来た稀人。


 お兄ちゃんのお父さんは守りの一族出身ではない。


 稀人というか、山に迷い込んだだけの人とも言う。死にかけているのを父さん達が発見した。


 そして守りの一族の血が濃くなりすぎたので渡りに船であると、村に引き入れることを父さん達が提案したのだ。


 提案しなければこの人は殺されていた。


 お兄ちゃんが存在しない未来もこの時にはあった……のかは分からない。


 当時私は生まれていなかったのでなんとも言えない。

 

 なんにせよお兄ちゃんは生まれた。そして私と遊んでいる。


 大切なのはそれだけだ。


 お兄ちゃんの母親は既に他界したらしい。この人は守りの一族だった。お兄ちゃんがまともに育って何よりだと思う。これも外部の血のお陰だろう。


 もう守りの一族に、まともな者は残っていなかった。血が濃くなりすぎたのだ。


 何世代にも渡る守りの一族内部の交配で致命的な弊害が出ていた。


 全員が狂っていた。私達が何かをしたわけではない。奴らが勝手に狂っていっただけだ。


 過去に助言も警告もした。でも、この未来が見えてた時点で聞き入れられない事も分かっていたのだろう。


 こうなる事が定められていた。未来とは残酷だと思う。他人事ではないから特にそう思う。


 守りの一族は頑なに外部から人を入れることを嫌がった。


 守りの一族とは言うけれど、奴らのもとをただせば、ただの百姓だ。特別な存在でもないし、特段優れた人々という訳でもない。


 普通にそこらにいるような百姓が無理矢理監視役にされたのが守りの一族の始まりだ。


 それが時を経て狂った。


 傲慢になった、と言えるのだろうか。奴らは自分達が特別な存在であると勘違いをし始めた。


 それが原因で破滅がやって来るのだが……そんなことはどうでもいい。


 狂った一族からまともなお兄ちゃんが出てきた。半分は血が入っているけどお兄ちゃんは守りの一族っぽくなかった。


 大切なのはそれだけ。


 お兄ちゃんは特別だった。


 いつも手を繋いでくれる優しいお兄ちゃん。


 どんぐりを手に仕込んでみたら可愛い悲鳴を上げて驚いていた。


 次は栗のイガイガでも……と、こっそり画策しているとお姉ちゃんに捕まった。怒ったお姉ちゃんは怖かった。お兄ちゃんの悪戯ついでにお姉ちゃんの足袋にどんぐりを入れたのがバレたのだ。


 お姉ちゃんは、どんぐりをお気に召さなかったようだ。すっごく怒られた。二才児に容赦ないと思う。



 

 こうして私の日々は過ぎていく。


 お兄ちゃんとお姉ちゃんと毎日遊ぶ幸せな日々。


 でも、終わりは見えていた。


 見えていたから私は必死になっていた。


 一年後……父さんとお母さん、それにお兄ちゃんのお父さんが殺される。


 そこからはこの三人で生きていくしかないのだ。


 お姉ちゃんも私もお兄ちゃん無しでは生きられない体になる。


 それで良かった。むしろそうなるように頑張らないといけない。


 私はお兄ちゃんを愛するために生まれた存在。お姉ちゃんはオマケ。


 お兄ちゃんが優しいから怒りん坊のお姉ちゃんも幸せになれるんだ。


 私達は幸せのうちに死ぬことが出来る。

 

 女を知って、愛を知って、そして一人の男を残して先見の一族は滅ぶ。


 守りの一族も勝手に滅ぶが、それはどうでもいい。奴らは自業自得だ。


 父さんとお母さんがお兄ちゃんに先見の一族の仕来たりとかを教え始めていた。


 あと、服の仕立て方とか。


 ……ちょっと恥ずかしくなった。


 いずれは身にまとうもの全てが彼の手による物になる。というかお風呂もこれからずっと一緒に入る事になる。


 ……とりあえずその日のお風呂では予行練習として摘まんで引っ張ってみた。


 浴場にお兄ちゃんの絶叫が木霊した。


 みんなに怒られた。


 お兄ちゃんから初めてお説教を食らうことにもなった。

 

 ……そんなに痛かったのかな。

 

 私には無い部分だからよく分からなかった。とりあえず……よく伸びた。またやろうと思う。





 私達が出会ってから三年が経った。


 私は五才。お姉ちゃんは十才。


 そして陶元は八才になっていた。


 お兄ちゃんは世話役に命じられ名を賜った。先見の一族からの贈り物だ。


 名前を考えたのは私達……ではなくて古から伝わる巻物に書いてあったのを選んだ。


 何故こんな所にご先祖は力を注いだのだろうか。


 名前の候補は八つもあった。


 名前ごとに少しずつ性格というか性質が変わる。そんな但し書きも書いてあった。


 ……やはりご先祖は馬鹿だったのだろう。


 ご先祖似のお姉ちゃんが熱心に選んでいた。


 お姉ちゃんは、なんとしてもお兄ちゃんをすけべぇなお兄ちゃんにしたかったようだ。


 陶元という名は情の深い青年になると書いてあった。深すぎて離れられなくなるとも。一度でも愛し合えば死してのち、来世までもその想いを忘れない、そんな男になると。


 私としてもそれで問題はなかったので文句は言わなかった。


 でもお姉ちゃんって、すけべぇだなぁと思うようになったのは私だけの内緒だ。


 新たな世話役となったお兄ちゃん……陶元との暮らしも少しずつ慣れてきた。


 父さん達がいなくなって、初めこそ三人でおろおろする場面もあったが今では三人でどんな困難も乗り越えられるようになった。


 お姉ちゃんが陶元に甘えるようになったのも良い兆候だと思う。


 肝心の陶元は全く手を出してくれないが。


 なんということか。分かっていたが陶元は真面目過ぎた。年頃の男子は獣の如しとお母さんから聞いていた。だのに陶元は獣はおろか、鼠よりも大人しかったのだ。


 まぁ時間はまだある。


 陶元は、まだ夜も暗いうちに床を起き出して朝食の支度をする。そして準備が整うと私達を起こして身支度を手伝うのだ。


 まずは身を清めるために全身を拭く。無論裸だ。陶元は真っ赤になる。お姉ちゃんも真っ赤だ。


 そして服を着せてもらう。陶元は真っ赤なままだ。お姉ちゃんも真っ赤だ。私は平気。


 服を着たら今度は思いっきり陶元に抱きつく。陶元はよろめく。もっと逞しくなれ。


 そして真っ赤になってたお姉ちゃんに何故か怒られる。


 朝はいつもこうして始まる。


 


 巫女のお世話は世話役のお仕事。これはしないといけない事なのだ。


 ……この仕組みを考えた奴は馬鹿だと思う。


 お姉ちゃんにそっくりな真面目馬鹿か、むっつりすけべぇのどちらかだったのだろう。どのみち馬鹿に変わりはない。


 父さん達はここまでされてなかった気もするが……良いのだ。私達はこれで良い。むしろこうでなくてはいけない。


 陶元がお姉ちゃんの裸をちらちらと見ている事は気付いている。鼻の下が伸びてるのも分かってる。


 ……早く私にも欲情しろ。


 私の世話をするときに、ほっと一息ついてるのも気付いている。


 おかしい。未来では獣のように貪られたというのに。この体は余すところなく陶元の色に染められたというのに。


 流石にまだ早いのだろうか。


 早いな。


 五才の女の子に興奮されても少し困るかもしれない。


 だから私から陶元に寄り添っていく。


 ただ側にいるのは恥ずかしいから悪戯をしながら好きな人の側にいる。


 針仕事しているときは抱きつかない。陶元の背中に顔を押し付けるだけにする。陶元は、いい匂いがする。


 薪を割ってるときは近付かない。斧は危ないから。


 洗濯をしているときは意外と狙い目。好きなだけ抱きつける。そして腰巻きを洗う陶元を茶化す。


 でも、やり過ぎるとお姉ちゃんが後ろに立っていたりするから油断ならない。


 お姉ちゃんは、この時既に女になっていた。先見の一族は早熟な一族。お姉ちゃんがその気になれば子供を成すことも可能だった。


 でもそれはあり得ない未来。


 何より陶元がまだだから。


 陶元が男になるまであと五年は掛かるだろう。そのとき私は……十才かぁ。まだ早い気がする。


 子供がいる未来も見たことはある。子供というか妊婦の状態だったのだが。


 村の男達に無理矢理孕ませられ妊娠が分かった段階で問答無用で殺される。そんな未来も、かつては存在した。


 世話役に陶元が就いたからそんな未来は消え去った。もう陶元しか私達に触れられない。


 今はそんな未来に向かっている。


 なのにお姉ちゃんは自分の腰巻きを洗う陶元に恥じらいを感じているらしい。


 ……乙女か。


 私は平気。むしろ陶元が洗ってくれるから嬉しくて仕方無い。


 お風呂も天国だ。


 体を洗ってもらうとき陶元の息が体に掛かると胸がきゅんとする。心臓の鼓動が大きくなって早くなる。目の前の陶元に抱き付きたくなる。


 勿論抱きつく。陶元も抱きしめてくれる。私達は愛し合っているのだ。


 まぁすぐに洗体が再開されるので女としては見られていないのだろう。


 何せ五才だしなぁ。私はもっと陶元に触れていたいと思うんだけど。


 怒りん坊なお姉ちゃんも陶元に体を洗ってもらう時は静かになる。


 最近お姉ちゃんはお風呂で鼻血を出すようになった。


 ……お姉ちゃんは、すけべぇだと思う。


 


 三人で暮らすようになってから二年。


 子供だけとはいえ、よくやっていると思う。特に陶元は働き者でしっかり者だ。村人達は私達を完全に無視している。


 放っておけば勝手にくたばるとでも思っているのだろう。

 

 先見の力を甘く見すぎだ。


 狩りにしても農作業にしても結果が分かっていれば苦労が最小限で済む。


 子供だけでもなんとかなるのだ。


 奴らが牙を剥くのは最期の時。全てが終わるその日の事だ。


 だからそれまで私達は誰にも邪魔されずに愛を確かめ合う。


 夜、同じ褥に三人で床につく。


 そして抱き合って眠る。


 陶元は温かくて硬め。お姉ちゃんは、ぬくぬくで柔らかめ。


 夜は選び放題だ。


 お姉ちゃんも陶元に抱きついて寝ればいいのに何故か恥じらいを見せる。


 ……乙女か。


 どうせ朝方には寝ぼけて、がっちりと抱き締めているというのに。


 むっつりすけべぇにも程があると思う。妹として少し恥ずかしいよ、お姉ちゃん。


 


 

 更に五年の月日が経った。


 私は十才となり、月のものが来た。私は遂に女になったのだ。


 そして陶元は十三才。


 ……男だ。


 紛れもない男になってしまった。


 あぁ……お姉ちゃんが、むっつりすけべぇだと思っていた私はようやく理解した。


 体が求めるんだ。


 どうしても狂おしく熱くなる。


 汗の匂いを嗅いだだけで陶元が全て欲しくなる。


 でも乙女の心がそれを許さない。


 嬉しくて恥ずかしくて頭がおかしくなる。


 体が、女としての私が陶元をこれでもかと求めてしまう。心を置き去りにして今すぐにでも体を重ねたいと。


 これは見えてなかった。


 こんなにも感情がぐるぐると吹き荒れるなんて知らなかった。


 あんなにも幸せな時間だったお風呂が拷問の時間に変わった。


 好きな男が自分の裸を見て、触れて、匂いを嗅ぐのだ。しかも体の隅から隅まで。一分の余りもなく。


 恥ずかしくて死にそうになる。


 最終的に洗うけど、それまでに見られて触れられて嗅がれてしまうのだ。汗とか、垢とか。全身隈無く。


 ……この仕組みを考えた奴は大馬鹿野郎だ。


 乙女になんて拷問を用意しやがったんだ。


 これが好きでもない相手なら耐えられた。


 どうでもいい相手ならなんとも思わずに済んだ。


 大好きな人にされるのは恥ずかしいを通り越して狂う。発狂するわ。


 お姉ちゃんがお風呂上がりにぐったりしてた理由が私にも理解できた。そりゃ鼻血も噴くわ。腰巻きも恥ずかしくて死にそうになるわ。


 だめ。


 これは自分の乙女心が試される。

 

 今すぐにでも陶元を押し倒してひとつになりたい。その気持ちが私を支配する。獣のように貪りたいという衝動が胸のうちからこんこんと湧いてくる。


 でもそれは出来ない。


 してはならない。


 今は、まだその時ではないから。


 今陶元に愛されると私達は悲惨な未来を辿る。


 それは私が女になった日に新たに見えた未来。


 私達の交わりが村人に発覚し、陶元は殺される。お姉ちゃんと私は村の男達に汚される。陶元だけの体が村人達に汚されてしまうのだ。そして死ぬまで犯されて死んでからも延々と犯される。


 そんな未来が見えた。


 それだけは許さない。


 この体、この心は全てが陶元のもの。私達を愛していいのは陶元だけ。私達が愛するのも陶元だけ。たとえ死んでもこの肉体は陶元だけのもの。


 お姉ちゃんと私は自分達の獣欲と戦う事になった。


 ごめん、お姉ちゃん。むっつりすけべぇとか思ってて悪かったよ。陶元の褌を宝物にする気持ち……ようやく私にも分かったよ。


 本人が駄目ならそうなるしかないよね。


 でもお姉ちゃんがむっつりしてたのは、今の私よりも前な気がする。八才とかその辺。


 ……お姉ちゃん?






 あれから更に五年が経った。


 私が十五才。お姉ちゃんが二十才。


 陶元は雄、十八才。


 もう無理。本当に無理。


 お姉ちゃんなんて半分狂ってる。私も八割狂ってると思う。


 陶元が好きすぎて自分が何をしているのか、よく分からなくなってきた。


 隙あらば陶元に抱きついて甘える日々。お姉ちゃんも陶元に抱きつくことが多くなった。というか狩りに行くときも農作業するときも大体くっついてる。


 陶元は逞しい男に成長していた。村にいる男共とは比べ物にならないくらいに逞しい雄になった。


 あんなになよなよしていた少年は筋骨逞しい青年へと変貌していたのだ。


 劣情を我慢すること十余年。獣欲は一向に治まらず、未だこの身を焼いていた。


 だが遂に……遂にその時はやって来た。先見の一族の最期でもあるんだけど、そんな事はどうでもいい。


 ようやく陶元とひとつになれる。


 その悦びは全てを置き去りにした。


 お姉ちゃんも菩薩のような顔をしていた。


 あれは一周回っておかしくなったお姉ちゃんだ。怒りが一周しても同じ顔になる。


 そして……


 夏の夜。満月の日。



 私達は陶元に襲い掛かった。


 ……違う。


 押し倒して服をひん剥いた。


 ……ちょっと齟齬がある。


 朝が来るまで愛し合った。


 ……これだ。


 私達は愛を交わした。これが最初で最期になる私達の交わり。


 この為だけに私は今まで生きてきたと悟った。先見の一族はこの瞬間の為に永らえてきたのだと。


 私は初めてご先祖様を見直した。


 お姉ちゃんも蕩けていた。むっつりではなくて普通にすけべぇなお姉ちゃんになっていた。


 無論私もすけべぇな女の子になっていた。


 それでよかった。


 このために私達は我慢してきたのだから。


 一晩に渡る愛の営みは……まぁ当然の様に村人にバレた。


 陶元の悲鳴が何度も夜の静寂に響き渡ったので仕方無い。


 陶元は村人に川で襲われて無事に生き残るだろう。


 待望の夜は明けて……朝廷からの討伐軍が村を襲った。


 全ての終りがこの日に来たのだ。


 




 

 討伐軍だと思っていたが、実際は検非違使だった。まぁごろつきと大差はない。山賊野盗と似たようなものだ。


 まずは山の包囲が始まった。


 川に洗濯へ行った陶元を襲った村人達は私達のいる社を取り囲んだ。最早村の男達全員が獣の様相をしていた。


 全裸でよだれを垂らしているもの。


 全裸で目玉がぎょろりとしているもの。


 全裸で……


 全裸しかいないな。やっぱり終わってるな、守りの一族。朝から全裸はどうかと思う。


 法螺貝の音が山間に響き渡ると私達に襲い掛かろうとしていた守りの一族の男達は分かりやすいほどに狼狽した。


 この日、この時、この瞬間のために私達は我慢してきた。


 この体、この心を陶元だけで満たしておくには、この襲撃を於いて他になかった。

 

 この機を逃すと私達は汚される。


 村人に犯されて殺される未来。


 村を襲撃しに来た討伐軍に犯されて殺される未来。


 私達の未来はこの二通りしか存在していなかった。


 あの日、陶元に逢うまでは。


 あの時に私達は救われた。

 

 この日私達は死ぬ。それは抗えない未来。


 それが私達に定められた運命だった。


 でも、ろくでもない死に方は陶元のお陰で満足するものに変わった。


 私達は幸せに包まれたまま死ぬことが出来る。


 悔いは……ない。


 私達は満たされた。


 この身も。心も。全てが陶元に染まりきった。


 悔いはない。


 私は愛する男を想い、死んでいける。

 


 陶元……ありがとう。


 私は幸せだよ。


 笑顔で死んでいけるよ。


 だから……


 だからあなたは生きて。


 








 ……あれ? 何で陶元も死んでんの?


 ……お姉ちゃん?


 陶元が鬼になってるんだけど……なにしたの?


 いや、お墓を作ってくれるのは嬉しいけど。


 ……え、お姉ちゃん……まさか……。




 このお話には続きがあります。『黒の夢 終焉の篝火』がこの話を受けて続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ