竜国の王太子に番認定されましたが、化け物王女と呼ばれているので「貴方を愛することはありません」と言っているのに、溺愛されています
対峙する魔物は帝国学院の制服をまとった私の十倍も大きく、グルグルと喉を鳴らして狙いを定めていた。
次の瞬間に生臭い魔獣の吐き出す息が鼻先を掠める。
煮えたぎるような殺意を私に向けて、剥き出しの牙で襲いかかってきた。それをヒラリと躱して愛剣を一閃すれば、魔獣の頭が巨体から切り離されてゴロリと転がり落ちる。
たった今まで怒号が飛び交い、恐怖に染まった悲鳴が空気を切り裂いていたのに一瞬で静寂に包まれた。
剣についた血を振り払い、ポーチ型の魔道具に収納してほぅと息を吐く。
「もう大丈夫よ。遅れて悪かったわ」
「サライア様……此度もお見事でございました」
「では戻るわ」
声をかけてきたのは今回の魔物の討伐を指揮していた騎士団長だ。幾たびも死線をくぐり抜けてきた猛者だからこそ、私の底の見えない力が恐ろしくてたまらないらしい。十八歳の小娘に青ざめた顔で頭を下げている。
こんな小娘である私が魔物を討伐するのは王命を受けているからだ。
幼い頃は英雄王と呼ばれる父を敬愛していた。母は生まれた時に亡くなっていて、父のようになりたい、その一心で鍛錬を重ねた。最初のうちは私の活躍によって父の名声もさらに上がり、あの頃は愛情に満ちた瞳で見つめてくれていた。
そんな私に魔物の討伐を命じたのは父だった。自分の名声を高める道具としてうまいこと使われたのだと、今ならわかる。
だけどいつの間にか父をも軽く凌駕する程の剣技と魔力を身につけて、それからすべてが変わった。今では英雄王さえも敵わないような圧倒的な力を前に、まるで化け物を見るような目を向けてくる。己の理解を超えた力に恐怖しているのだ。
そうして父よりも強くなってしまった私を、以前のように愛してはくれなかった。
やがて人々は私を『化け物王女』と呼ぶようになった。
それでも、私はただひたすら愛されていた頃の父の命令をこなし続けていた。
現在私はこのスピア帝国の貴族が通う帝国学院に在籍している。十五歳から二十歳まで貴族の令息や令嬢が通い、人脈作りも兼ねて貴族としての立ち振る舞いや領地経営なども学んでいた。
私も王女ということでこの学院に通っているが、今回のような緊急事態には呼び出されることがある。私ひとりなら転移の魔法も使えるので、サッと行ってサッと帰ってくるのがいつものパターンだ。
「すみません、先生。ただいま戻りました」
「あ、ああ! サライア様、では授業を続けてもよろしいですかな?」
「もちろんです。どうぞ」
今回は騎士団だけで対応が難しい厄災級の魔物が出てきたとういうので急遽呼び出されたのだ。何事もなかったかのように授業は再開される。
この学園でも私が化け物王女だと知れ渡っているので、怯えた視線を向けてくるばかりで誰も声をかけてこない。
城では父より強い私は疎まれ冷遇されている。
学園ではみんな怖がってしまい話す相手もいない。
討伐に行っても感謝されるわけでもなく、ただ恐れられるだけ。
随分前に私は誰も愛さないし、愛されることを求めないと決めた。
だから、私には愛なんて必要ないと思っていた。
* * *
「ソルレイト・レヴィ・ラクテウスです。こんな見た目ですが、実は成人しています。どうか気軽に声をかけて下さい。よろしくお願いします」
「今回は留学ということでラクテウス王国から王太子様がやって来られた。みんなが知ってるように竜人なので敬意を払って接するように」
竜人。
人智を超えた力を持つと言われ、太古の昔に竜の血を取り入れたことが起源とされる。あまりお目にかかることのない希少な種族だ。見た目はどう見ても十二歳くらいだけど、それでも成人しているとは不思議なものだ。
でも、この種族なら私を恐れたりしないかしら?
というか……なんていうか……めちゃくちゃ可愛くないかしら!?
私はソルレイト様に釘付けだった。
透明感のある水色の髪がサラサラと揺れて、その毛先がまだ幼さの残る頬をなでてゆく。しっかりと前を見据えた瞳は大きくパッチリとしていて、紫紺の虹彩に金色の光が散りばめられて星空みたいだった。
美少年というか美少女でも通じそうなくらい可愛らしい顔立ちだ。他の女生徒たちもみんな頬を染めている。
実は私は可愛いものが大好きなのだ。化け物王女と呼ばれているくせに、レースとかフリルとかパステルカラーのお菓子とか、とにかく可愛いものに目がない。私室の壁紙はパステルピンクでリポンの柄が入っているのは誰も知らないことだ。
どうやらそれは異性に対しても有効だったようで、可愛らしい見た目のソルレイト様から目が離せなかった。
そこで、バチッと視線が絡んだ。
途端にソルレイト様の両目が大きく開いて、細くて長い足でまっすぐに私の元にやってくる。
何事かと内心焦っていたら、真っ赤な顔で爆弾発言をしてくれた。
「僕の妻になってください!!」
「は?」
思わず素で返してしまった。だけどソルレイト様はなおも続けて言い放つ。
「貴女は僕の番です! 僕の妻になってください! 生涯あなたを大切にします! どうか僕を選んでください!!」
「……何かの間違いでは?」
「何も間違ってません! 貴女は僕の唯一です!」
いや、いやいやいやいや。間違いだらけでしょう。
確かに竜人は番を伴侶にして生涯添い遂げると聞いているけど、それが私だと言われてもピンとこない。だって私は化け物王女なんだから。
誰かを愛するとか愛されるとか、そういう事とは無縁なのだから。
「そう言われましても、私が貴方を愛することはありません」
「えええ! 何で!? どうして!?」
そんなこの世の終わりみたいな顔して縋ってこないで欲しい。大きな瞳にたまった涙に、うっかり絆されそうになってしまう。
「どうしてと言われましても……私は愛と無縁ですから」
「うう、でも僕は絶対に諦めません! 僕には貴女しかいないのです!」
バンっと両手を私の机に乗せて、身を乗り出して詰め寄ってくる。だが見た目が十二歳の少年なので迫力よりも可愛らしさが先行していて、今すぐに撫でくりまわしたいのを堪えるのに精一杯だ。
「ところで、貴女のお名前を教えてください」
「サライア・フォン・スピアと申します」
「サライア王女でしたか……貴女にぴったりな美しい名前ですね。サラとお呼びしても?」
可愛い見た目に反してグイグイと攻めてくる。この強引さは一体どこからくるのか。
「いえ、勘弁してください」
「えええ! じゃぁ、誰がサラって呼ぶんですか!? まさか婚約者がいるんですか!?」
「あ、それはおりません」
「はああ、よかった……」
ああ、ダメだ。その安堵し切ってフニャッとした笑顔は凶器以外の何者でもない。もうソルレイト様に見えないはずの耳と尻尾が見えるわっ! 何なのこの子犬みたいな愛くるしさはっ!? ある意味私を仕留めにきているのかしら!?
「あの……そろそろ授業始めてもいいでしょうか?」
「先生! も、申し訳ありません。どうぞ」
「ごめんなさい、番が見つかって興奮しすぎました……」
あああ! そのシュンとした様子がまさに叱られた子犬みたいなんですけど!
結局その日の授業内容はさっぱり頭に入ってこなかった。
ソルレイト様が留学してきてから二週間がたった。
あのあと、空いていた私の隣の席を指定席にして今日もご機嫌で授業を受けている……けれど。
「……ソルレイト様、ちょっと距離感がおかしいのではないですか?」
「え? そうかな? 僕とサラならこれが普通でしょ?」
「いえ、明らかにおかしいですよね?」
「ええー、これでも我慢してるのになあ……」
腕はもちろんのこと、肩や足までピッタリ寄り添っている。ふたりで長い机とベンチシートを共用するので物理的な障害がないに等しい。先生は見て見ぬ振りだし、ソルレイト様は当然のように愛称呼びしてくる。
こんな風に寄り添われるのは何年振りだっただろう……なんて考えてしまった。離れていく温もりを寂しく感じながらも、それが私の通常だと自分に言い聞かせた。
それなのにいくら私が距離を取っても、ソルレイト様は必ず見つけ出して駆け寄ってくるのだ。
「ああ! サラってばこんな所にいたんだね!」
何とか死守していたランチを食べる場所まで見つかってしまった。周りが怖がるから誰もこないような校舎の陰にいたのに、ソルレイト様は星空の瞳を輝かせて見えないはずの耳と尻尾をブンブン振り回している。キラッキラした笑顔が目に沁みて直視できない。
「今日から毎日一緒に食べようね!」
「は……いえ、ダメです」
隣に寄り添うように腰を下ろして、本当に嬉しそうに頬を染めて笑うソルレイト様の笑顔に、思わず頷きそうになってしまった。
ダメだわ。このままでは……私と関わってもいい事なんてひとつもないのに。化け物王女と一緒にいたら円滑な学院生活が送れなくなってしまう。とても心苦しいけど、これからは冷たくするしかないわ。それがソルレイト様のためなのよ。
「ソルレイト様、今後はむやみやたらに私に近づかないでください。私が化け物王女と呼ばれているのは、もうご存知でしょう? 私と関わってもいいことなんてひとつもありませんわ」
「ああ、それね。確かに聞いたけど正直気分が悪くなったよ。僕のサラを化け物呼ばわりした人たちには意識改革しておいたから安心してね? それに僕はサラといるだけで毎日幸せなんだから、いい事づくめなんだよ」
意識改革という単語が気になったけど、聞いてはいけない気がする。
私がどんなに冷たく突き放しても、ソルレイト様はまったく引いてくれない。むしろ私が作る心の壁をあっさりと乗り越えてくる。
私は望んではいけないのに、もしかしたらとほんの僅かな希望が頭の片隅をかすめていった。
「…………そんな事初めて言われました」
「ふふっ、だからサラは僕のそばにいないとダメなんだ。わかってくれた?」
「それでも私は……誰かを愛することはありません」
「ふーん、そう。まあ、今はまだそれでいいよ」
そう言ってソルレイト様は可愛らしいお口でサンドイッチを頬張った。
グラグラと私の根本が揺れている。決して愛を求めないと心に誓ったのに、こんなに簡単に揺さぶられるなんて。ただまっすぐに、ひたむきに注がれる愛に抗えるのか、自信がなくなっていた。
竜人というのは番を見つけると成長期と呼ばれる期間に入り、生体つまり大人の身体へ変化するらしい。それまではどんなに年齢を重ねても子供の姿のままなのだ。
それを知ったのは、ソルレイト様が想像以上の美青年になってからだった。
子供の姿だったから可愛い子犬を愛でるようなものだったのに、可愛らしさはそのままに神殿の彫刻も顔負けの美青年になって攻撃力が半端ない。
長身の私ですら見上げるくらいのスラリとした身体は適度に筋肉がついていて、見惚れてしまうほどスタイルがいい。
最初に出会ってから二年が経ち、あと半年でこの学院も卒業する。ソルレイト様はあの日から変わらず私の側にいてくれた。
最近では私まで愛称呼びを強要されて断りきれずに頷いてしまった。最初の頃と変わらず、いやあの頃よりも一層熱を帯びた星空の瞳に見つめられて、いい加減抵抗するのも難しくなってきている。
「サラ、聞いてる? 卒業パーティーのパートナーになって欲しいんだけど!」
「えっ、ごめんなさい。ソルと卒業パーティーに?」
「そう! 僕のパートナーになってくれるよね?」
いつもの場所でランチを食べながら、ソルは私の顔を覗き込んでくる。上目遣いで不安に揺れる瞳と、いつものように外を向いた犬耳と丸まった尻尾が見えた。
「……わかりましたわ。よろしくお願いします、ソル」
「やったー! はああ、緊張した〜……これで卒業パーティーはサラを独り占めできるっ!」
そんなことをしなくてもほぼ毎日私を独占していると思うのだけど?
私は基本一人でいるし、私を見つければ尻尾をブンブン振っているかのように駆け寄ってくるし、何かのペアになるときは必ずソルと組んできたのは独り占めに入らないのかしら?
もういい加減諦めようか。
こんなにも私だけに気持ちを注いでくれている。何よりもソルが私の好みドンピシャなのだし、これ以上自分の気持ちを誤魔化すのは無理だと思う。
卒業パーティーでソルにプロポーズの返事をしよう。そして今まで冷たくしてしまった分も、たくさんの愛を示そう。
だから、もう少しだけ待っていてほしい……私の愛しい人。
「あっ、魔物討伐の呼び出しですわ」
「えええええ! もうさ、それ僕が代わっちゃダメなの? これでも竜人なんだけど。腕には自信があるんだけど」
左腕に付けているバングルの魔石が赤く光っている。騎士団長も対のバングルを付けていて、緊急時に魔力をこめるとこうして私に知らされるようになっていた。
今までも何度も呼び出されたことがあって、赤く光る魔石を見た瞬間にソルはしかめっ面になっている。
「ふふっ、ソルの強さはよくわかってます。でもこれは王命ですから」
「むぅ、本当に気をつけてね。いざとなったら僕が助けに行くからね」
「ええ。その時は待ってますわ」
そうして魔法で転移した私は、二度とこの学院に戻ってくることができなかった。
* * *
転移した先は国境付近の小さな町だ。
いつもであれば魔物と戦う騎士たちがすぐ側にいるのに、妙に静まり返っていて不気味なくらいだ。
「おかしいわね……魔物はどこかしら?」
まるで人の気配もない町に、もしかして既に魔物にやられたのかと町の中を調べ始めた。
町の人たちは家の中や道の真ん中で既に絶命していた。死因は剣で切られたり刺されたりしたもののようだ。騎士たちもいない状況に嫌な予感が背中を駆け上がる。
「もしかして、何かの罠……?」
そう気付いた時には遅かった。私が振り返ると騎士団長が険しい顔で立っていて、その後ろには臨戦状態の騎士たちが何十人も控えている。
「サライア・フォン・スピア! 魔物の討伐だけでは飽き足らず、罪のない民たちも手にかけるとは許し難し! その場ですぐに捕らえよと国王陛下のご命令である! 覚悟なされい!!」
「違うわ! 私がきた時にはすでに殺されていたのよ!」
「なんと往生際の悪いことだ! 潔く認められないのか!?」
ダメだ、聞く耳を持ってもらえない。でもどうして、こんなことに? 一体誰が私を罠にハメたというの……?
騎士団長の指示で、私は剣を奪われ魔力封じの腕輪を付けられた。さすがにこの状態では何もできない。きっと城に戻れば父が話を聞いてくれるはずだ。いくらなんでもこんな事をそのまま鵜呑みにするわけがない。
そう思って素直に捕らわれた私は、転移の魔道具を使って牢獄へと運ばれた。
手足は太い鎖で繋がれて、小さな窓からは優しい月の光が差し込んでいる。
薄い毛布が一枚とボロボロのベッドがあって、用を足すためのバケツが無造作に置かれていた。
ベッドに座り膝を抱えていると、カツンカツンと小さく響いた足音がやがて私の牢獄の前で止まった。視線を上げれば、そこにいたのは私に憎しみの眼差しを向ける父だった。
「お父様……」
「ふん、大人しくしているようだな」
「お父様、私は何もしていません! これは誰かの罠です! お願いします、しっかりと調べてください!」
やっと話を聞いてもらえると、鎖を引きずりながら父の前に立った。このチャンスを逃したら次はないかもしれない。鉄格子を掴む手に力がこもる。
「知っている」
「え?」
「お前が何もしていないことは知っている。だが、お前の処刑が決まった。最後の情けで私が自ら告げにきたのだ」
「……知って……? 処刑って、どういう……?」
縋るように父を見上げても、昏い闇を湛えた瞳はむしろ歓喜にあふれていた。
「お前のような化け物がいるせいで、私の英雄としての威光が陰っていたのだ! やっと、やっとお前を始末できる! 明日の処刑が終われば、私はまた英雄王として名を馳せるのだ!!」
「何を……今でもお父様は英雄ではないですか」
「黙れっ! お前のような、化け物のような存在のせいで私は最強ではなくなったのだ! お前のせいで名ばかりの英雄王と呼ばれてきたのだぞ!」
父の言葉に何も言い返せない。娘の私の方が強くなり、父の英雄王の名が廃りはじめていたのは事実だった。
「しかも竜人に言い寄られているのだろう? お前が竜人の妻になったら、ますます私の名声が地に落ちるだろうが! お前さえいなくなればすべて解決するのだ! この国で一番強いのは、英雄は、私でなければならんのだ!!」
ずっと、父の逞しい背中に憧れを抱いてきた。
ずっと、父から認められたかった。
ずっと、父から愛されたかった。
だから父の命令に従って魔物の討伐をしてきたのだ。いつかは私を見て欲しかったから。
どこで間違えたのか、処刑されるほど私はいらない存在だったのだ。
「だから、私を罠にハメたのですか……?」
「罠? 違うな、お前は私が英雄王として再出発するための礎となるのだ」
自分のために犯してもいない罪を背負って死ねという父に、私はもう何も言えなかった。笑いながら去っていく背中を呆然としまま見つめていた。
やがて足音も聞こえなくなり静寂が私を包み込む。
空っぽの心に浮かび上がるのは、子犬のような可愛らしい笑顔だ。嬉しそうに私の名を呼ぶ、愛しい人の声。そっと触れてくる温かい手のひら。
たとえ父に愛されなかったとしても、たとえ誰にも信じてもらえなかったとしても、たとえ明日処刑されてしまうとしても。
ソルに会えてよかった。
こんな化け物みたいな私だけど、ソルから注いでもらった愛だけは心にあふれてる。
絶望の底にいてもそれだけが私を支えてくれていた。
「ソル……学院に戻れなかったから、心配してるかしら。会いたいな……」
そうだ、ソルに会いたい。私はまだ自分の気持ちを伝えていない。
————このまま終われない。終わりにしたくない。
私は覚悟を決めた。
この腕輪さえ外れれば城ごと破壊して脱出できる。父の本心がわかった今、もうこの国にいる理由もない。ただ黙って処刑されるなんて、そんなこと受け入れられるわけがない。
足掻いてもがいて、絶対に生き延びる!
翌朝、私を処刑場に連れていくために看守がやってきた。
チャンスがあるならここしかない。鎖を外す隙をついて看守を倒して逃げ出した。
このまま逃げてソルに会いに行こう。その後はもうどうなってもいい。倒れた看守から剣を拝借して騎士たちを倒しながら、なんとか王城の庭園まで移動した。あと少しで城から抜け出せる。
あと少しで愛しいソルに会いに行ける。
「まったく手間をかけさせおって」
背後から聞こえた凍えるほど冷たい声は、昨夜私を絶望の底に叩き落とした英雄王のものだった。
魔力を封じられた私はなす術がなかった。痛みを感じる間もなく一瞬で意識を失った。
* * *
「殺した人たちを返せよ!」
「化け物の本性を出しやがって! さっさと死んじまえ!!」
「どうせ他にもやってんだろ! この化け物が!!」
「人殺しっ! あんたなんて人殺しの化け物よ!」
意識が覚醒して視線を上げれば、怒りに満ちた民の声が聞こえてくる。
私はすでに磔にされていて、足元には薪が積まれていた。魔力封じの腕輪はふたつに増えていて、どうやっても私を処刑したいらしい。
私の存在に怯えていた民も騎士たちも、お前のような化け物など要らないと叫んでいる。そこへ炎が揺れる松明を持った処刑人がやってきた。
ソルに……会えなかった。
最後にあの子犬みたいな笑顔が見たかった。
「ソル……」
ポツリと呟いた声は風に乗って空に消えた。そっと瞳をつぶってあの笑顔をまぶたの裏に描く。
そして淡々と刑は進められ、足元にある薪に火がつけられた。
私は業火に包まれる————はずだった。
いつまでもやって来ない熱さに瞳を開く。
目の前にいたのは、透き通るような水色の髪を風に靡かせ、宙に浮いている愛しい人だった。
「っ! ソル!」
「サラ、助けに来たよ。遅くなってごめんね、今すぐ降ろしてあげる」
「待って、そんなことしたらソルが……」
「いざとなったら助けに行くって言ったでしょ。ほら来て」
私をくくりつけていたロープをなんでもないように引きちぎって、お姫様のように抱きしめてくれる。
その温もりを感じて、一気に気持ちがあふれだした。
もう抑えることなんてできなかった。
「ソル……好き。貴方が好き。私は貴方がいてくれたら、それでいい」
「やっと言ってくれた……! ふは、ヤバいな。嬉しすぎる」
こんな場所でこんな状況で告げるべきでないと理解してるけど、言わずにはいられなかった。次なんてないかもしれないんだから。
また今度と言って、手が届かなくなるかもしれないんだから。
「貴様っ! 邪魔をするなっ! 今は罪人の処刑中だぞ!!」
青筋を浮かべた英雄王が、物見台から降りてきた。おそらく竜人であるソルに対抗するためだ。ソルは私を抱きかかえゆっくりと地面に足をつける。そして、そっと宝物を扱うように優しく降ろされた。
「へえ、罪人って誰のこと? まさか僕が唯一愛するサラのこと?」
「其奴は魔物だけで飽き足らず、民まで手をかけた化け物だっ! いくらラクテウスの王太子でも国の決定には手を出せんだろう! その化け物はこの場で処刑するのだ!!」
「何を言ってる? 民に手をかけたのはお前だろう?」
その時、ソルの空気が変わった。
フワフワした空気は霧散して、肌に突き刺さるような覇気が渦を巻くように放たれる。罵声を浴びせていた民も、処刑に携わっていた騎士も、英雄王すらも身動きひとつ取れない。
「僕の番に手を出すというなら、国ごと滅殺するだけだ」
その一言で、ソルの魔力が解放された。
いつもの星空の瞳は紅蓮の炎のように色を変え、圧倒的な力の前になす術がない。
ソルが手をかざせば一瞬で氷に覆われて粉々に砕け散っていく。城も剣も魔法もかき消して、私を守るようにすべてを凍らせた。私に罵声を浴びせていた民も、私を捕らえた騎士たちも、私を殺したかった英雄王も、何もかも私の前から消滅していく。
それなのにソルの魔力が止まらない。まだ足りないと獲物を探すように何かを追いかけている。
「ソル! もういいの! もう大丈夫だから!」
私の声は届いていないのか、こちらに振り向かず前を見据えたままだ。怒りで我を忘れているのだ。私のためにすべてを破壊してもなお止まれないでいる。
ソルの強く激しく深い愛に視界が歪んだ。ポロリとこぼれ落ちた雫が頬を濡らしていく。
「大丈夫よ。私にはソルがいるから、もう大丈夫だから」
だからあの優しくて可愛らしい笑顔の貴方に戻って。
ソルの頬に手を伸ばして、優しく触れるとやっと私を視界に収めてくれた。
「ソル……ありがとう。私のためにありがとう」
数度のまばたきで優しい星空の瞳に戻り、我に返ったソルはすぐに辺りを見回す。眼前に広がる荒野と化した景色に愕然としていた。
「……これ、僕が?」
曖昧に微笑んだけどそれだけで理解したようで、ソルが勢いよく膝をついて頭を地面にこすりつけた。いわゆる土下座というやつだ。
「ごめんっ! サラの祖国をこんなにしてごめんなさい!!」
「いいのよ。私のためを思ってくれたのでしょう?」
私のために我を失うほど怒ってくれたことが嬉しかったと言ったら、貴方はどう思うのかしら?
あの絶望の中で私を支えたのは、貴方が惜しみなく注いでくれた愛だったのよ。それ以外もう何もいらないわ。
「そうだけど……暴走してすべて塵にしちゃった……」
「そうね、故郷が消えてしまったわね」
私はソルの正面に膝をついて、身体を起こす。額に土がついていてそれがまた可愛らしかった。
そっと土を拭き取って、しょぼくれた子犬のようなソルの頬を包み込む。
「でもいいの。私にはソルがいるわ。私の心を独り占めした責任、取ってもらえるわよね?」
「うん、もちろん。ずっとずっとサラだけを愛するよ。そして僕がサラの故郷になる」
そっと重ねられた唇から伝わる熱が、私の心に深く深く染み込んでいった。
その後、ふたりのあいだに可愛い男の子たちが生まれるのは、もう少し先のお話。
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『長編読んでみたいかも』『面白かったよー』
『二人とも幸せになってー!』
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