町一番の冒険者
街に帰ったとたん、ギルドのメンバーが駆け寄ってきて口々に俺達の所業を褒める声。
「よお、お二人組。すげえな!イノススをこんな短時間で狩っちまうなんて。さすがだぜ!」
「冒険者ギルドトップ、おめでとう!」
「ついこの前ギルドに入会してきたと思ったらもうこの町一番だとか、ヤバすぎっすよ!」
「お前さんたちがこの町のトップなんかになれるわけないなんて言ってすまんなぁ」
こんなこと言われるとオリントラも機嫌をよくして言ってしまう。
「よおし、今日は祝賀会だ!今日は全部俺からのおごりだーい」
もうそうなると本当にギルドメンバーなのか怪しい奴らまでやって来る。本当にこんなのでいいのか?まぁ今回も捕まえたのはオリントラなんだから奴がいいと言ったら良いんだろう。
そんなことを思っていたら、称賛の声は俺の方にまでやって来る。俺はまだ成長途中で何にもやれていないのに…そんなこんなで褒めてくれた人達に実際の話を話そうとすると
「若いのによく頑張っているじゃないか」
なんて言ってる男の声が聞こえた。金髪に白い肌、いかにも二枚目役者っぽい顔のくせして人懐っこい笑みを浮かべている。こいつの名前は確か…ジョンだっけ?
そいつの言葉にすこしの突っかかりを覚える。そして一瞬ののちその正体に気付く。
若い?その言葉は違うような気がするが…まぁ突っ込まない方が良好な関係を保つ秘訣だ。確かに周りからはそう見えているんだからしょうがない。
こいつの言葉には何も返さずに換金所に行く。仕事の完了を告げると、この仕事の報酬とイノススの売却されたお金が用意される。結構な額だ。
祝賀会で酒が振舞われると聞き、浮かれているギルドメンバーを尻目に、オリントラと俺は報酬が用意されるまでの間に、また新たな仕事がないか掲示板を見るここのギルドでは、仕事は早い者勝ちで先に完了したものが報酬を全取りできる。
でも、
「なんも良い仕事ないなぁ。兄貴ぃ」
「・・・」
何もいい条件の仕事がない。貼ってあるのを見ると、[逃げ出した子猫をつかまえて!30G]や[広大な庭の草むしり 50G]など。これじゃ割に合わないし、オリントラの抜群の身体能力もフル活用できない。しいて言うなら、草むしりで地面をひっくり返すとか?でもそんなもんだ。
そこへ
「おやおや冒険者ギルドトップになったのに早速仕事の相談かい?偉いな。確かにここ最近魔獣退治などのいい仕事が少なくなったからな。」
と横から一人の男が入ってくる。さっきのジョンだと思しき男だ。
オリントラが答える。
「おぉ、ジョン!久しぶりだなぁ。そうなんだよ。最近魔獣退治が全然無くってさぁ…
あれ?どうかしたか?」
見るとジョンの額には青筋が。
「もう一回俺の名を言ってみてくれないか?」
「え?ジョンだろ?まさかお前、自分の名前を忘れちまったのか?」
その時何かがあいつの頭の中で切れた音が聞こえたような気がした。
「俺の名はジョニーだぁぁぁぁっ!」
あ、スミマセン。僕もジョンだと思っていました。まぁこういうこともあるさ。
不機嫌ながらも謝ったら許してくれた。根は良い奴なんだ。単なる馬鹿に思えない事もないがここは彼の気持ちを汲んで無視しよう。
「兎に角、そんなことより話を戻そう。どうしてここ最近依頼が減ったのかという件についてだ。」
急にまじめな顔になってジョニーが言う。
「魔獣をみんなが狩りすぎちゃったからじゃないのか?」
この町には上級下級問わず数えきれないほど冒険者が存在する。高収入な魔獣退治の案件などよっぽど臆病じゃない限り食いつかない奴の方が珍しい。仕事はどんどん消化されていく。いつまでも残っている仕事は、割に合わない雑用か命がいくつあっても足りないクエストかどちらかしかない。
「そんな簡単な話じゃないんだ。魔獣が減ったわけじゃない。お前も冒険者ならそれぐらい知ってるだろ?」
「ああ」
げんなりした顔でオリントラが返す。どうやら昔やった、ウーウーモンキーという魔獣を全滅させるという仕事を思い出したらしい。奴らはどんだけ倒してもきりがなくどんどん出て来る。勿論ゴ〇ブリホイホイとかいう放っておくだけで捕まえられるような便利な道具など存在しない。最終的にはあきらめるという結果になった。
「じゃあなんで依頼が減ったんだ?魔獣が良い奴になったのか?」
「君たちが冗談を言っていることを願うよ。人を襲わないようになったらどんなにいい事か。まぁそうなったらそうなったで報酬がもらえず俺たちの暖かい飯の最後になっちまうがな。」
「それなら何でだよ。もったいぶらずに教えろ」
俺が言うと、ジョニーはこほんと咳をしてから話し始めた。
「今から二、三ヶ月前辺りからこの町の近くに異変が起きていることにお前さんたちは気付いたか?森の中から魔獣の断末魔が聞こえ、不吉な風が絶えず吹いている。」
「俺たちもそれは気になっていたんだ。なんか理由があるのか?」
「それを今ジョニーが説明しているんだ。黙って聞いとけ。」
なんか周りの人たちまでこっちの話に食いついてきた。
ジョニーはいつも情報通で話し上手なものだから彼が口を開くとみんなが寄って来る。周りのざわつく声には反応せず、ジョニーは続ける。
「さらには森の中で大きな羽をもった飛行する魔獣の報告までされてきている。それも一人じゃなく何人もから。ある奴は青ざめながらこう言っていた。『あんな速さで飛ぶ魔獣なんて見たことないし、聞いたこともない。命の危険を感じた。』と。これは何かが起きる前兆じゃないか。考えた俺は知り合いの占い師に占ってもらった。彼女が言うには、この町に何か巨大な魔力を保有する生き物が潜んでいると。その生き物は人なのか、それともエルフ、獣人、悪魔などなのか、はたまたモンスターなのかは分からないと言っていたがね。そこで俺は確信したんだ。何かが悪いやつがこの町に巣くってると。」
「その占い師の人って本当に信用できるのか?」
俺が指摘すると、
「大丈夫だ。俺が知る限り彼女が占いを外したことを見たのはここ5年で3回のみだ。なにせ、俺の通っていたルージェ第三小学校の校長の頭に残っていた髪の本数まで当てたんだ。そいつが言うんだから間違いない。」
「そいつぁ、すげえや」
たまたま近くにいた洗濯屋のおっちゃんが言う。
「おい、茶化すな。
話を戻すぞ。まぁそういう訳で俺は調査を始めたんだ。
森に入り蟻一匹も逃さないくらい目を見張ってたら、直ぐにある物を見つけた。大きくなぎ倒された木々だ。
それを調べてみると、全部くっきりと爪痕が残っていたんだ。でもどうしてもなわばりの目印にしては変だ。一本の木にいくつも傷跡が付いている。普通はなわばりの印と言ったら、傷は一つなことぐらい、お前さんらも知っているだろ?
しかも魔力が大量に漏れ出ていた後まで発見された。放出された物体が存在しないことから、これは単なる規模のバカでかい魔力の自然放出であることも分かった。しかし、確かに魔獣も微量ながら魔力を出しているが、そこまで魔力の自然放出をさせるには1000匹以上は必要だ。
そんなもんだから気も抜けねぇ。慎重に奥に進んでいくと、今度は魔獣の死骸がうず高く積まれているのを見つけた。よくよく死骸を見てみると」
そこまで一息に喋ると、ジョニーは近くにあった水を一口飲むと、ぽつりと一言だけ言う。
「その死骸は全部、内臓だけ食われていたんだ。」
続ける。
「無残にも腹を十文字に切り裂かれてそこから全身の内臓と言う内臓を食い散らかしていたんだ。でもこれは不自然じゃねえか。だって冒険者が狩ったのなら売りに持って帰るだろ?でも魔獣が食ったんだったら食欲旺盛の奴らの事だ。全部食べ切っちまうだろう?」
気が付いたらさっきまであれだけオリントラのパーティーでのおごり宣言で浮足立っていたギルド中の人々が息をひそめて聞いていた。当たり前だ。自分たちの生活している場のすぐそばで何かが起きていると言われて気にならないわけがない。
ジョニーは周りの奴らまで話を聞いていることに気付いたのか気付いていないのかは顔に出さず、淡々と続ける。
「そして極めつけがこれだ。近くの水飲み場で見つけた足跡なんだがこれは疲れるんだが大事な話だし、みんなも聞いているから見てもらわずにはいられんだろう」
そういうとおもむろに魔法を土壁に向かって放った。
奴の固有魔法は、「土、およびそれに関する生成物の自由な操作」である。
これは、どんなところでも土さえあれば、その土を自由に操ることが出来る。何でも思い浮かべたものが全て再現されるとても使い勝手がいい魔法だ。
ただ、疲れが激しく実物大の本物の砂の城を作ったら一週間ほど生死の境目を彷徨うことになるらしい(本人談。このバカは実際にやってみたことがあるらしい)。また、正確に覚えていないと再現した時に小学生のお絵かき程度の出来になってしまうのだとか。
魔法を放たれた土壁は1.2秒ほどぶるぶると震えた後に凹凸が出てきて、次第にくっきりしてきた。
そして静寂。
近くにいた洗濯屋のおっちゃんがその場にいた全員の気持ちを代表して言った。
「サイズ感間違ってね?」
そうなのだ。
足跡と言ったら、普通50センチあればデカい方だがそこに再現された足跡は巨漢という言葉はこいつの為に作られたとでも思えるようなオリントラの、身長よりもデカい。
そしてその足跡の形はあの滅ぼしたはずの…
洗濯屋のおっちゃんが続けて言う。
「こんなに大きい足跡は俺が知る限りドラg…」
「おいジョニー、お前悪ふざけが過ぎるぞ。今度こんなことやったらぶっとばす!」
いつもはジョニーにも負けず劣らずの笑いを浮かべているオリントラが本気で激怒している。そんな彼に対し、ジョニーは先ほどと変わらない表情で一言いい返す。
「俺がそこまで人騒がせな冗談にもならないような冗談を今まで言ったことがあるか?」
なんと、その土壁にはドラゴンの足跡がくっきりと浮かび上がっていたのだった。
「え‥‥嘘だろ?それじゃ本当に…」
もうギルドはお祭りどころではない。水を打ったように静まり返っていた。それは誰かが数ミリ動いただけでも壊れてしまうような、そんな静寂だった。
誰もがジョニーの言葉を待っていて、そう思っている半面、続きの言葉を聞きたくないと思っていた。それは先ほどまで声を荒げていたオリントラに至っても例外ではなかった。
そしてついにジョニーが口を開くと、そこにはその場にいた全員が予想しつつも耳にしたくなかった非常な宣告があった。
「あぁ。悪い冗談みたいだがそうだ。俺たちは確かにDWⅧ(第八次ドラゴン戦)で奴らを破った。そして皆殺しにしたはずだった。だが十中八九生き残っていたと考えて間違えはない。
「そんな……嘘だろ……」
気絶寸前まで真っ青になりながら倒れる寸前の奴もいる。その言葉によって皆の放心状態が解けてきた。皆口々に、興奮によりつっかえっつかえしながらも言葉をその口から繰り出し無理やりな空元気で議論をし始めた。
俺はふと急に静かになった友人の事が心配になり振り返るといつもの場所にオリントラの顔が見えない。辺りを見回すと、近くの椅子に力なく奴が座っているのが見えた。下を俯いている顔を覗き込んでみるといつもは血色豊かな顔をその場にいる誰よりも蒼白な顔にして目を大きく見開きながら、ぼそぼそと消え入りそうなかすれ声で呟いている。
「…ラゴンはいない。皆殺し…んだ…いてたまるものか…」
自分が引き起こした情景とはいえ、ジョニーも悪気があったわけではない。周りの人々の変わり具合を見て焦って言う。
「あの…もう後の祭りなんだがちょっと言わせてください。
俺は元々山奥で暮らす木こり一家に生まれたんだ。そこには家族以外の誰もいなかった。どんなに寒くっても両親、姉ちゃんと4人。二十歳になり、山を下り街に出ると沢山の優しい友人に恵まれ、仲間に恵まれた。
だから俺はこの町の、いや世界中の人達が大好きなんだよ。だからこそ、危機があったらみんなに知らせずにはいられねぇ。
俺はお前らと違って全く強くもない。固有魔法は少し傲慢な考えかもしれないがお前らと同等かそれ以上を確かに持っていて、強い。
だが持続力がなくて結局は何もできない。だから俺が出来るのは危機を知らせる、ただそれだけなんだ。」
涙ながらに言われるとこちらも責めようがないし、だいいちジョニーを責めたところでドラゴンが自分から三途の川を渡ってくれるわけもない。
収集つかなくなってしまったこの会議を俺は無理やりに終わらせ(皮肉なことに今日僕がやった、唯一の仕事がこれだった)この件の事を家族にも伝えないように言ってから残っていた冒険者たちを無理矢理に帰し、ギルドの鍵を閉めてオリントラと共に帰路についた。
オリントラは僕を連れギルドの外へ出る。
「下手にこの町一番の冒険者だなんてものにならなければよかったな。」
とオリントラは小さく悪態をついた。