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黒焔の帝は存命中 The another version  作者: ピッコロん(原案) & 松浦(文)
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序章

 静かでさわやかな風が吹く森の中。風が芳醇な春の甘い匂いを運んでくる、抗おうとしても眠気が押し寄せてくるような…


「お~いマルク、そっちに逃げたぞ!」


 そんな声に静けさは破られる。さっきまで楽しそうに鳴いていた、遊んでいた、昼寝をしていた動物達は何処かへと消えてしまった。


 続いてドスッ、ドスッというしっかりとした足音と、それを追う声の主と思われる青年の姿が続く。


 追われている動物の名は、イノスス。れっきとした魔獣だ。


 これはイノシシみたいな魔獣で大きな牙を持っていて、体は普通の人間の二倍以上の大きさだ。だが、それだけ。こいつは走るのは速いけれども、真っすぐ走るか止まるかしか選択肢がないので能無しの部類であることには間違いない。


 ただ、捕まえられるかは別問題。こんなを捕まえようとする人なんていない。


 後ろを追いかけている青年を見てみると、筋肉質な鋼のような皮膚に見るからに分厚い胸板、同じバディーを組んでいる俺から見てもどう見ても喧嘩をしたくないタイプである事には間違いない。


 あいつはオリントラ。俺はあいつと一緒に世界一の冒険者を目指している。まぁ兎に角、そんな男が片手に短剣を振りかざしているんだ。いくらイノススと言ったって、怖くないわけない。


 そんなことを思いながら、俺、マルクは


「まかせとけって」


 と、元気よく言い返しておく。勝算は?勿論ない。でも無謀ってわかっているからって逃げちゃいけないんだ。いつもイメージしてる体の動きを頭に呼び起こす。


 魔獣が近くに見えてきた。俺は体に対して大ぶりな剣を構えなおしてじっと待つ。


 50メートル、40,30,もうあと15メートルだ!


 そしてついに訪れる運命の瞬間。


「行けーーーーっ!」

「プギーーーッ」


 ドスン


 倒れていたのは…


「しっかりしてくれよ~マルク、大丈夫かぁ?」


 やはりね。


 気が付いたら俺は泥の中にいたんだ。つまり馬鹿みたいに真正面から向かってきたイノススにあっさり跳ね飛ばされ終了ってわけ。うん。情けないね。


 そんな仲間はさておき、オリントラはその顔をグイっと振り仰ぎ、イノススの逃げた方向を向く。もう遠くて普通の人間には追い付けない距離まで行ってしまったのを確認すると、あきれ顔のままこっちをまた振り向いて、俺と話す。


「おいおい、まさかバカだとは思っていたがイノススと真正面からぶつかるとは…もう何かの笑えないギャグか?よりによって貴重な食料のため頑張って探したのに…」

 ぶつくさぶつくさ


 そうだった。俺たちは畑の農作物を荒らすイノスス退治の為にこんな森の奥まで来たんだった。


 オリントラが追い込んで俺が仕留める。それだけのはずだったのに…俺がしくじらなければ今日付けで冒険者ギルド(ギルドとは仕事の依頼の手続きや報酬の受け取り、冒険者たちの情報交換の場のこと)のトップとなり、その祝賀会のはずだった。


 俺が全てを台無しにしちゃったんだ。


「兄貴、すまねぇ。あいつを正面からねじ伏せるつもりだったんだが気づいたらねじ伏せられていたのは俺だった。」


 涙をこらえながら言うと、


「仕方ねえなぁまた今度があるさ。兎に角よくもその細腕で立ち向かおうとしたな。その一点に限っては褒めてやる。」


 なんてありがたいお言葉。


 と、思うと同時にオリントラと自分との差を否応なく感じてしまう。オリントラは筋骨隆々を実体化したような肉体。対する俺は背が低いただの目が緑で茶髪のエルフ。鼻、耳がとがっているからと言って、格別良いという訳でもない。


 事情を知らない他の人から見たら、よく同じバディーを組めるなと思われているに違いない。


 どうせイノススもそこらへんはちゃんと分かっていたのだろう。オリントラからは逃げていたのに、俺に至っては無いものとしてそのまま突っ込まれた。


 いけないいけない。投げ飛ばされたショックでネガティブになっている。考えないようにしようと思いつつも自主練メニューをもう少しハードにしようと心に決めた。


 気持ちを切り替えて聞いてみる。


「じゃあまたどこかで待ち伏せする?」


 これを聞くや否や、オリントラは唖然とした顔となりいつもの顔とはもう別人だ。あれ?何か変なこと言ったっけ。


「おいおいおい。元気すぎるだろ。自分の怪我よく見てみろ。俺が何とかするからお前は休んどけ。もう時間切れが間近だ。報酬減っちまうぞ」


 オリントラが何とかするって言ったら、なんとか出来るんだ。


 そんな尊敬と自己嫌悪の混じった目で見ていると、もうオリントラは彼のことなど眼中になく、遠くのイノススの立てる土煙に目を細める。


「よし、まだ捕まえられる圏内だ」


 うーん。これはすごいを超えてもうあほな発言に思える。普通の人が言えばの話だが。


「お前、俺が誰かってこと忘れてんじゃないだろうな?」


 はいはい覚えてますよ。こいつは多分俺が知る限り最強の男だ。そして、ついに今日イノススを捕まえられれば町の中の全ギルドのトップになる男だ。


 オリントラは肩や腕や足を延ばしストレッチを終わらせると、見えなくなった。文字通り。

 正確に言うと、目で追えなくなった。


 草木が千切れんとばかりに豪風に耐えている。


「さすが兄貴、規格外だね…。」


 心からの本音がそこにはあった。


 ふと気付くとなんか遠くから断末魔のような声が聞こえてきた。オリントラが仕留めたのだろう。後ろから迫り狂う狂暴そうな青年に気が付いたイノススの気持ちを想像してみる。


 うん。冥福を祈ろう。


 遠くから駆け足でマルクのもとにオリントラが戻ってきた。その肩には壮絶な最期を遂げたであろうイノススが担がれていた。


 オリントラは俺に向かって何とも無骨そうな顔とは不釣り合いで不器用な(実際変顔としても通用するレベルだ)ウインクをしてきた。返答に詰まる。


 ウインクは無視しといて、労いの言葉をかけておく。


 まぁ兎に角これで名実ともに町一番の冒険者になれたわけだ。


 ふと思う。


 俺は何をそのために貢献できたのだろうか。全て兄貴が成し遂げてきた功績であって、俺が居なくても出来たのでは…


 まぁこれは通過点に過ぎない。何しろ俺たちは冒険者のトップに登り詰める男だ。活躍の機会なんてまだまだある。そう自分に言い聞かせる。



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