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彼女の言っている事が良くわからなかった。
それよりも彼女の口からオカルト的な言葉が出てくるとは思いもよらなかった事の方が衝撃が大き過ぎたのかもしれない。
友人になら「何を言っているんだ」と笑いあえたのかもしれないが、初対面の彼女に対しそれは出来なかった。
「自分はそういうの良くわからないな…」
そしてまた彼女はこちらを向いた。
「なら何も考えずにこの書類にあなたのお名前を書いてください、それであなたの寿命が私の寿命に加わります」
そして彼女は紙を見せてきた。
その紙を見て驚いた。
何も書いていない白紙なのだから。
「え…」
そう戸惑っていると彼女は小さなため息をつき紙を下ろした。
「普通の人間なら生きてるのか、と聞かれればすぐに生きていると答えるはずなのにあなたは生きているのかな、とぼやかしましたよね?」
そう言われればそうだ。
家族が皆死んだのに生きている自分に価値が見いだすことは出来なかった。
いろんなことを試した。
新しい家族を見つけた、学校で友達も作った、
それなのに…それなのに…何をしても傷が塞がることはなかった。
気づくと自分は涙を流していた。
家族の死による衝撃が大きすぎてあの日以来、どんな感動映画を見ても、第2の親が自分が来る時に1人にならならないようにと飼い始めたペットが死んだ時も、泣くことすら出来なかった。そんな自分が今会ったばかりの女の子と話しただけで、涙を流すとは…
自分は今まで、我慢していたのか。
今さらこの世に未練などない。
彼女の言った通りに紙に自分の名前を書けば、
彼女は生きられる。
明日も見えていない人生など自分にとっては無価値だ。
「すみません…やっぱり書きます」
そしてペンを握り、紙に名前を書くために彼女から紙を取ろうとすると
「あなたはまだ気づいていないのですね」
と言われ彼女は名前を書こうとした自分の手を振りはらい、紙をバックに閉まった。
「あなたは自分の人生を使って私を生かそうとしてくれました…ですが…」
そう言うと彼女は俺の手を握ると力強く握っていたはずのペンが落ちた。
「本当は死ぬのが嫌なのでは無いですか…?」
彼女にそう言われ全身の力が抜けてしまい、膝から崩れ落ちた。
気づくと自分は「ごめん」と連呼し、彼女に謝っていた。
「あなたがなぜ死にたくなったのか、その事情は私にはわかりませんが…そんなあなたの寿命を無理に貰おうとは思えません」
気付くと彼女は笑みを浮かべていた。
ただ自分の方を見つめて。
「ですが、私の寿命をあなたのために使うのも悪くない気がしました」
「それってどういうこと…?」
彼女はしゃがんで俺の顔を見てきた。
男として涙を流しているところをまじまじと見られるのは恥ずかしかったがそれを隠そうと考えられないくらい自分は精一杯だったのだ。
「私は生きたいのですが…余命は1年しかありません、ですがあなたは私の倍以上生きることが出来ます、それなのにあなたは生きるのが辛いだの死にたいだの…
あなたはそれを余命が少ない私に言って何も思わなかったんですか?
少しは申し訳ないとは思わなかったんですか?」
いきなり説教まじりをくらったが、そのお陰で
我に変えることができた。
「私は後1年で死にます、ですがあなたの思い出の中では1年後も生き続けます」
彼女は手を差し伸べてきた。
「1年間私と一緒に暮らしてはみませんか?」
その後彼女の手を握った。
そして、彼女を自宅まで案内した。
いつも1人で生活していたこの家にもう1人増えるとは思ってもいなかった。
「コーヒー飲めますか?」
ポットに水を入れて沸かした。
彼女はソファに座って、テレビを見ていた。
「あ、はい!飲めますよ」
テレビに夢中になっていたのか、少し後に返事が聞こえた。
ここで自分はふと我に帰った。
よくよく考えてみれば、バイトが終わり帰宅途中に女の子を見つけて声をかけて、彼女の前で泣いて、慰めてもらった後に、1年間の同居生活を決めて、彼女を家に連れ込んだ…。
これはナンパなのだろうか…
いや、でも彼女から同居を求めてきたのだから逆ナン…いや、でも最初に声をかけたのは自分だから…っていうか同居…?同居するとか言ってたっけ…?
頭を抱えているとポットが鳴った。
そしてインスタントコーヒーを入れて彼女に渡した。
「すみません、インスタントしかなくて…」
「全然平気ですよ?」
と彼女は言い1口飲んだ。
そして自分もそれを追うように飲んだが、一瞬のうちに口の中に苦味が広がった。
「砂糖入れるの忘れてた…!」
すかさず砂糖を入れてもう1口飲んだ。
すると彼女は表情を崩さずに2口目を飲んだ。
「ブラック飲めるんですか?」
「…?飲めますよ?」
彼女の当たり前じゃないですか?と言わんばかりの顔に少しおどけてしまった。
「あのー…なんか勘違いしてたら申し訳ないんですけど、ここに来る前に言った1年間一緒に生活するって言うのはどういう…」
「決まってるじゃないですか?
この家で2人で過ごすんですよ?」
やっぱりそうだったのかと悩んでいたことがスッキリと消え去った反面、また新たな悩みも生まれた。
「あの…ご家族とかは…」
彼女はテレビを消してこちらを向いた。
「実は…私…記憶が無いんですよね…」
アハハと笑っている彼女を見て、これからの生活に不安を感じた。