1話
今日はいつもとは違った1日だった。
というか朝起きていた時から何か起こりそうな気はしていたのだ。
しかしそれはあくまでも直感でしかなく、普段通りの朝を過ごした。
毎朝7時に起き、朝食の支度をし、お湯が沸くのを待っている間に制服に着替え、今日の授業の教科書を乱雑している棚から出し、今日は不必要である、昨日使った教科書やいらないプリントを棚に置いた。整理整頓もせずプリント類が溜まり過ぎ、棚が乱雑するという負のスパイラルが起きているが、その事に関しては別に気にも止めなかった。家族はおろか、この家にいるのは自分1人だけなのだから。怒られることもないので、好き勝手して良いのだ。それが生きている者の唯一の特権であると自分は考えている。
お湯が沸き、インスタントコーヒーを作り飲んだ。勿論最初はブラックだ。しかし、まだ高校生である自分にとって、ブラックは苦く、いつも牛乳と砂糖をいれて甘いカフェオレにしていた。いつかブラックを嗜める大人になりたく、毎日1口目はブラックと決めている。いつか味が慣れるその日まで続けようと決めた。
こういうどうでも良い事は続けられ、なぜか勉強や運動は目標を決めてもやる気がでず、いつも三日坊主で終わってしまう。そんなことを考えているのも束の間、口全体にコーヒーの苦味が伝わった。すかさず牛乳と砂糖をいれ、カフェオレにして飲んだ。
口に居座っていた苦味もとれたが、落ち着くとやはり、この家の静寂さが気になり、テレビをつけた。
丁度ニュースで今日の運勢がやっていた。1位だった。
今日の運が良くても古傷は治らない。
本当の家族と言うのは人生で一度きりしか出会うことが出来ない。
なぜあの事故で自分だけが生き残ったのか、今でも不思議に思う。身寄りのない自分を引き取ってくれた第2の母は「私達も含めた家族のみんながあなたがいきることを望んだのよ」と言っていたが、1人残された自分にとってはそれは枷をつけて生きることと一緒だ。
ふと時計をみるともう7時半、慌てて支度をし、家を出た。
いつものように授業を受けて放課後はバイトをする。
その時間、友達は部活をしているがそれが羨ましいと思っていたのは最初の頃だけだった。
友達の父は有名なスポーツ選手で、友達自身その競技はやりたくはなかったが、世間には親の七光りと言われ、家族からも期待され、毎日考えたくもないその競技のことで悩まされている。
その話を聞いた時、少し自分と境遇が似ていて、親近感が湧き、互いを互いに褒めあえる仲になった。
その事は心の支えにはなったが、やはり小さすぎたのかもしれない。
毎日バイトで疲れて家に帰る。
その間にいつも「何をしているんだろう」と考えさせられる。
今日もバイト終わりにそんなことを考えながら帰路の途中の公園の前で1人の女性が立っているのが見えた。
自分と同い年くらいだろうか、大きなバックを持っている。
関わらない方が良い。
なぜか本能的にそう思ってしまった。
彼女に1歩近づく度なぜか後悔を感じた。
本当にこれで良いのだろうか。
彼女を無視して素通りしたが、やはりそれは違う気がして彼女の方を振り向いた。
「こんな時間に何をしてるんですか?」
頭で整理する前に言葉が出た。
すると、彼女はこちらの方を向いた。
彼女の目は虚ろだった。
まるで家族が皆死んだと聞かされたあの日の自分のような目。
しかし、それ以上のものを抱えているのではないか。
「あなた…生きてます?」
また頭で整理する前に言葉が出てしまった。
今度は相手を傷つけてしまうような言葉が出てきてしまった。
「あなたが…」
彼女の透き通る声が聞こえた。
その声は繊細で本当に現代の人なのか不思議に思った。
「あなたが私の姿をしっかりと目視できているということは生きているという証拠ですよ」
彼女は表情を一切変えることなく話した。
やはり彼女は自分と同じ道、否自分よりも過酷な道を歩んできたに違いない。
「す、すみません…いきなり変なことを言ってしまって…」
そう謝ると彼女はその言葉を聞いてまた正面を向いた。
「あの…」
そう問いかけると彼女はこちらを振り向いた。
「あなたは生きてるんですか?」
そう言われ心が揺らいだ。
あの事故の時に本当は自分も死んでいたはず、なのにもかかわらず自分は生きていた。
自分の人生はあそこで終わりを告げていた。
心の中ではそう思っていても、時間は瞬く間に流れていく。逆らうことは出来ない。
「自分は…生きているんですかね…」
そう言うと微かだが彼女は自分の言葉に興味を持ったのかもしれない。
彼女は体ごとこちらに振り向き、話し始めた。
「私の余命は1年です、私は生きたい、誰よりも、そしてあなたよりも」
自分と同じ目をしていた彼女が生きることに執着しているとは思いもよらず困惑していた。
「私にあなたの寿命を頂けませんか?」