第9話 知らなければよかったこと
改めてノートを見直すと、『忘れ時の黎明期~恋の花結び~』としてゲームの攻略キャラの来歴を含め、歴史やらその後の展開なども丁寧に書かれていた。なんて便利な攻略本だろうか。
しかも日本語で書かれた文章は、この世界の人では読めない。厳重に保管、暗号化する必要もなく気密性の保持が可能だ。何せ日本語は平仮名、カタカナ、漢字の三つで構成される前世でも特殊な言語だった。異世界では二十四文字のアルファベットに近い言語なので、まず日本語は読めないだろう。異世界転移、転生者(日本語MASTER)でなければ。
(……どのルートを選んでも結構危険な目に合うのね。それにしてもエリオットが帝国出身だったのは驚いたわ。あとアイシア領で反乱が起こる可能性がどのルートにもあるっていうのが怖いわね。まあ、ネーヴェ帝国の近くだというのもあるけれど)
ノートには攻略キャラごとによってアイシア領で起こる暴動や規模が異なる。一番被害が少ないギルバート兄様ルートでも、『街に火の手が上がり暴動が起こる』と書かれていた。
暴動の理由はアイシア領の圧政によるものと、ネーヴェ帝国の姦計によるもの。それらが合わさって尋常でない規模の暴動と火事となる。制圧するために第一騎士団副団長エリオット率いる騎士団が遠征に出て鎮静化させるという。
(エリオットの場合はアイシア領に同行して計画全ての全容を暴く。ヘンリーやギルバート兄様たちのルートだとネーヴェ帝国のスパイを探し当てる。ケヴィンの場合のみアイシア領にある図書館が燃えるのが耐えられないから火事を未然に防ぐ──ケヴィンだけ本好きというところがブレないわね)
ほかにもゲームシナリオを読み進めた。
謎や追跡などが多いゲームでは、登場人物の死亡や、誘拐、殺人未遂なんてものが多い。最終的には戦争まである。
(二年後に国が荒れる。その時、私は都合のいいギル兄様の手駒として利用されるのかしら……)
ゲーム内ではヒロインが攻略キャラクターと恋に落ちて幸せになる。けれども第五王女の結末は書かれていない。それどころか宰相の息子ヘンリーと、ギルバート兄様のルートだと最終的に私は悪役を押し付けられて処刑、または殺害される。
余りにも酷い。しかも私が『攫われ姫』となった原因は、ギルバート兄様や宰相閣下による策略によるものだということは知っていた。でも──。
(完全にゲームの設定通りじゃないけれど、でも私を誘拐する際は決まって配置換えの直後や、警備の隙をついてくる。たしかに隙を作るための策はギル兄様から聞いてはいたけれど、ここまで露骨にしていたなんて……)
ギルバート兄様は政策において苛烈で、頭が切れる『腹黒大魔神』なんて影で呼ばれていたりするけれど、家族である私たちには情のようなものはあると思っていた。
いやそれすら、演技で本心を装っていたのだろう。駒をうまく利用するにはある程度の信頼が必要だから──。実に合理的な考えだ。
『妹は有能な駒だよ。生きている間に使えるのならいいけれど、大切な人を傷つけるのなら排除する』と、これはギルバート兄様のルートでのセリフの一つだ。
(ギルバート兄様まで……)
ノートに書かれたことを読み切っただけだが、疲労感が一気に押し寄せた。ここが図書館でなく自室であればベッドに身を投げていただろう。それぐらい衝撃的で、ショックだった。
(なんだが社交界デビューから一変して日常が崩れていく。好きだったルーファスには手酷い振られ方をして、家族思いだと思っていたギル兄様からは政策のための手駒としか見てなかったなんて……)
あくまでもゲームシナリオを見てだが、それでもそう考えてしまうほど、第五王女の存在はギルバート兄様にとって都合が良かった。ルーファスが私の事を防波堤にしたように──。
(本当、世の中知らない方が良いことってあるものね)
***
放課後、私の元に現れたのは第一騎士団副団長エリオット=アトウッドだった。ルーファスの後任として指名されつつも仕事が多忙を極めていたので、引継ぎやらがまだ終わっていないらしい。
それでも続けて誘拐未遂があったということで、今日は迎えに来たという。
教室までやってくるとは思わなかったが。
もしかしたら昨日と今日の襲撃で、騎士団が本格的に護衛に回るように指示されたのかもしれない。
艶やかな赤茶色の髪に深緑色の瞳を持つエリオットは、柔和な笑みで出迎えた。ルーファスと同じ白銀の甲冑を着こなしているが、フルプレートアーマーとは異なり、胸と腰、籠手とだいぶ軽量化した武装で、甲冑の下は紺色の軍服を纏っていた。
ナンシーのノートに書かれた情報では、兄的なポジションで、フレンドリー。お節介、いい人だけど心を許すとオレ様系になるとか。ゲームの設定では帝国の国王の血縁者らしいが、後継者争いでこの国に流れてきたなどが書かれていた。
(そういえば社交界デビューの時に、ルーファスと話していた貴族の一人は彼だったわね)
「挨拶が遅くなって申し訳ありません」
「いえ。急な護衛の役目を引き受けてくださって感謝しています」
「そう言っていただけると助かります。ではお送りいたします」
差し出された手を取り、促されるように馬車へと一直線に向かう。エリオットはにこやかだが、周囲への警戒も完璧だ。さすがは副団長である。雰囲気から察して少し過剰な護衛。私が父様にルーファスの護衛解任以外にも何かあったのだろうか。馬車に乗り込むと外で待機していた騎士は十数人に増えていた。
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