第8話 もしかして異世界転生者?
午後の授業にルーファスの姿はなかった。
当然と言えば当然だ。むしろ午前中の方が可笑しかったのだ。午後は自分の魔法属性に対する将来性をテーマにした論文作成を言い渡される。魔法学院の図書館で資料探しという自習のようだ。
図書館は円状の造りになっており、実に様々なジャンルの本が陳列されている。魔法や伝承伝説関係のものが多く、圧巻ともいえる。ケヴィンが是が非でも魔法学院に入学したいと言った意味が分かった。
本好きとしては宝の山に見えるだろう。
(私は光と風属性だけれど、光属性はあまり扱える人が少ないからこちらをテーマにした方が他の人と被らなさそうね)
まずは魔法を使ってどのような事が出来るか先人たちの歴史を紐解く方が良いだろうか。図書室は本独特の香りがするので好きだ。光属性。癒しや浄化。
それに攻撃魔法に補助魔法もあるが使い手はあまりいないらしく、資料は多くなかった。
「あの、ヴェラ。ちょっと話があるのだけれどいい?」
振り返ると、赤毛のウェーブのかかった女の子が佇んでいた。見覚えのある眼鏡で彼女がナンシーだと気づく。髪型を変えるだけなら分かったが、何というか今の彼女は雰囲気が違う。
「ナンシー、どうかした?」
「あの午前中に講師を務めていたのって、ヴェラの何?」
「え。……ええっと」
今一番聞かれたくないことを直球で行って来たわね、この子。
物おじしないナンシーに「元私の護衛よ。今は暇を出しているの」と無難な答えを返した。もしかしてルーファスに惚れたとかだろうか。しかし爪を噛みながら忌々しそうに考える様子を見る限り違うようだ。
というか怖い。
「……あの男のせいで今までのイベントがパーなの? 昨日も、今日も全部失敗してばかりじゃない。このままじゃ私の見せ場は……事件も全部、未然に防がれるなんて……そんなの認められる訳ないでしょううううううう!」
「え?」
「こうなったら殿下に直談判よぉおおお!」
「ええ…………?」
ナンシーは独りでブツブツ喋ったのち訳の分からないことを叫んだ。しかも持っていた本やノートを床にぶちまけたままどこかに行ってしまう。
(情緒不安定すぎ……)
取り残された私ですら状況が分からないのだから、周囲にいた人たちはさらに困惑しただろう。突き刺さる視線に冷ややかなものを感じつつも、彼女が散らかしていった本やノートを拾い上げる。開いていたページが自然と目に入ってしまった。しかもその文字は──。
(これって日本語!?)
ふと開かれたノートに見慣れた日本語が目に付き、悪いと思いつつも思わず内容を読んでみた。丸字で可愛らしい筆跡にノストロジーを感じる。まさか前世で見知った文字を再び見る事がるとは思わなかったからだ。
そのノートにはこう書かれていた。『忘れ時の黎明期~恋の花結び~』に登場するキャラクターとストーリー展開について、と。
(……ん? んんんんん!?)
舞台はカルム国、魔法学院。
ヒロインはカルム国子爵家の次女ナンシー=カーク。彼女には特殊な補助魔法を持ち、主に探し物、追跡、鑑定関連が使える推理小説大好きな少女である。第五王女ヴェロニカ=レノン・ラティマーは別名『攫われ姫』と言われるほど、幼いころから狙われやすく魔法学院に入学してからも何度も誘拐されてしまう。いつも僅かな手がかりしかない。そんな難事件を解決するのがヒロインであるナンシーだ。彼女は誘拐場所を特定したり、毒殺されそうになるヴェロニカ姫を救う。その過程で攻略キャラと一緒に行動していき謎を解き──以下略、恋が芽生える。
(え、なに。じゃあ、つまり私が攫われるのって騎士たちの不手際とか質とかの問題じゃなくて、シナリオのせいなの!?)
異世界に転生したと思っていたら、乙女ゲーム設定の世界でした──って、笑えない。もっとも完全にゲームの世界とは違うのだろう。なぜなら、このノートに書かれている流れだと、私は入学から今まで少なくとも二回以上誘拐されて、どこかの屋敷に連れ去られるのだから。
それをヒロインが攻略キャラクターと一緒に探し当てる。推理系RPG要素ありの乙女ゲーム。
ちなみに私が狙われる理由は様々なようだ。『光魔法の使い手』とか、『第五王女』とか、事件被害者が第五王女ヴェロニカの設定らしい。
(つまり私をダシに救出する中でヒロインが攻略キャラクターと仲良くなっていくってストーリーなのね。当事者としてふざけるなって感じなのだけれど! しかもちゃっかり毒殺未遂とかあるし怖い!)
幸いないことに今のところ誘拐は未然に防がれている。つまり、この世界でイレギュラーな存在がルーファスなのだろう。不本意ながら。
有能なのは認めるが、いつまでもルーファスが私の近くにいるか分からない。そもそも護衛の任は解いているのだ。となると今後は私自身で窮地を何とかしなければならない。
シナリオ通りであれば助けが間に合うが、この世界はゲームのようなシナリオ補正はない。それはルーファスという存在の乱入で実証済みだ。下手を打てば私は誘拐後、バッドエンド可能性が十分にある。
(私が第五王女だからという理由で狙われるのだとしたら、王位を返上すれば変わるのかしら。たとえば修道院に入るとか、身分を捨てて市井で暮らすか)
両親や兄姉は家族思いで優しいし、傍に居る侍女たちも色々と世話を焼いてくれる。城での生活は王族として制約や義務も多いが、嫌いじゃない。
嫌いじゃ──。
思い出される誘拐、人質、拉致監禁の日々を振り返り私は自分の考えを改める。
うん。王族、辞めようかな。
嫌いじゃないけど、そもそも生きるか死ぬかの選択肢だったら『生きる』を選ぶに決まっている。
(私にとっての特異点はルーファスなのかしら? 攻略キャラとしてルーファスの名前は……ないわね。あるのは第二王子ギルバート兄様、宰相の息子ヘンリー=フレイザー、第一騎士団副団長のエリオット=アトウッド……ん、この人ってルーファスの後任で私の護衛騎士になった彼よね。あ、天才魔導士ケヴィンまでいる……)
殆ど顔見知りだった。
まあだから私が攫われることで、ヒロインが攻略キャラとお近づきになるという設定なのだろう。隠れキャラは教師なのは、なんとなく察した。
ちなみにジョセフはゲーム設定の際はshopページにいるらしい。クライノート商会の息子という設定もこのshop画面にいる際のキャラ設定なのだろう。それにしてもナンシーのノートにはビッシリと情報が書き出されており、攻略サイト顔負けの情報量だった。
(これを元に今後の事を考えた方が良いかもしれないわね。それとナンシーともちゃんと話をしよう)
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