第7話 初恋は実らない
「それはつまり、本当に私がいらないと。いらない子だというのですね」
「いらない子って、貴方もう二十四の大人でしょう」
「ヴェロニカ姫、私のいなくなった世界で、どうか楽しんで──」
「ちょ、ストップ、ストップ! なに刃物抜いて自害しようとしているの!? トラウマを植え付けるにやめて!」
ルーファスは剣を抜いて自分の腹に刃を突き刺そうとしていた。あまりにも流れる動作だったので思わず見惚れてしまったが、何とか制止することが出来たのか、彼は私に顔だけ視線を向けた。
「では、私を護衛に戻してくださると」
「それは嫌」
「チッ」
「今、舌打ちしたでしょう」
「何のことでしょうか」
どこまでが演技だったのか。
いや最初からだろうか。
何が王国最強『白銀の騎士』だ。もし可能なら『腹黒騎士』に改名して欲しい。
こうやって一々反応するからルーファスを楽しませているのだろう。ルーファスにとって私は恋愛対象でも、嫁候補でもない。それを知った上で普通に接するなんて私には無理だ。それほど私は器用でも鋼のような精神力もない。
何より次の恋をする上でルーファスの立ち位置は、正直邪魔というか迷惑になる。
(改めて思ったけど、ルーファスのスキンシップって騎士としてアウトよね……)
「それにしても知らない間に、ヴェロニカ姫に群がる虫がちらほらいるようですね」
「虫?」
「ええ、いいですか友人関係を築くなとは言いません。ですがヴェロニカ姫の優しさに付け込んで利益を得ようとする人間は駄目です。ケヴィンは及第点ですが──」
「ジョセフもナンシーもいい子たちよ」
「ヴェロニカ姫、本気で言っていますか?」
真紅の瞳が鋭く私を見つめる。
嘘はない。本当に友人だと思っている。
「今日の襲撃、御者がクライノート商会の手の者だったらしいですよ」
「……!」
「昨日はクライノート商会に寄った帰りに襲われたでしょう」
「そうだけれど、美味しい茶葉があると教えてくれたのよ。取引先の相手をわざわざ襲う理由って──」
「その紅茶、高くありませんでした?」
「何が言いたいの」
彼はこう言いたいのだろう。今回の襲撃にクライノート商会が関わっていると。今朝、教室に入った私にジョセフとナンシーは「大変だったね」と言ったのだ。
私が誘拐されたことは箝口令が敷かれているのに。あの言葉が出てきたということは少なくとも彼、彼女は無関係ではないのだろう。それなのに友人だと信じ切っている私をルーファスは愚かだと言いたいのだろうか。
いつにも増して嗜虐的な態度だ。
「本当にヴェロニカ姫は甘くて、優しくて、ちょろいですね」
「──っ」
その言葉は私の地雷だ。
今までルーファスの言葉に甘えて、期待していた。確かに彼からしたら私で遊ぶのは楽しかっただろう。自分の盲目具合に腹が立つ。
「……そうやって、いつも私を馬鹿にして楽しい?」
「とんでもない」
優しい声音で、彼は否定する。
向き合うルーファスはいつだって紳士的に私の手を取って傅く。
「ヴェロニカ姫には私が居ないとダメダメだって分かって欲しいだけです」
「それのどこが馬鹿にしていないというの?」
怒りで声が震えていた。
今にもティーカップをルーファスに投げつけたい衝動にかられる。
「ヴェロニカ姫が大事だからこそ、私の重要性を理解して欲しいのです。でないと姫様が余所見をしてしまうでしょう」
「余所見?」
「私以外の虫けらと会話をしたり、微笑んだりしているではないですか」
いつもそう言って嫉妬めいた事を口にしていた。それも結局は自分のオモチャを他人に使われたくないだけ。
今まではこれも彼なりの愛情表現だと思っていた。でも違うのだ。
「私にだってルーファス以外の人たちとの付き合いはあるのよ」
「ダメです。そんなのは許せません」
それはつまりルーファス以外の相手なら老若男女問わず、余所見ということになるのだろうか。そんなことを言っていたら誰とも会話が出来ないではないか。
好きでもないのに甘い言葉を吐き出し、独占欲を露わにする。だからと言って告白もしない。恋人でもない。今も振り回されてばかりだ。
「大事で、大切で、誰にも渡したくないのですから、ちゃんと私に頼って頂かないと困るのです」
切実な声音で、戯言を言うのだ。
本心だと思っていた自分が腹立たしい。
いや勘違いしていたのだ。もっと早く確認すべきだった「私が好きなのか」と。怖くてもその言葉を私は彼に尋ねる。それを尋ねないことには話が進まないからだ。
「でもそれは……私を好きだという事ではないのでしょう」
「もちろんです。私は貴女の騎士なのですから、あんな低俗な感情を姫に向ける筈がありません」
これで確定だ。
わかっていたのに、彼の言葉はやっぱりショックだった。「違う」と言ってほしかった。けれどその願いは淡くも今消え去ったのだ。
「結婚をするのなら亜麻色の髪、エメラルドの瞳で、胸が大きくて、家庭的な人がいいのでしょう」
「はい。その通りです」
「死ね」
「酷い」
「私はルーファスが大切で、大事で、好きだったわ。ずっと隣にいて欲しいとも思った。でも私の想いも貴方の言う低俗な感情が『恋』や『愛』と同じなのでしょう」
「ヴェロニカ姫……!」
ルーファスはいつになく動揺を見せていたが、すぐに表情を戻した。いやそれだけでは無い。眼光が鋭くなった気がする。
恋愛経験初心者な私にしては、頑張って切り出したと思う。後はサヨナラを言う。低俗な感情を向けている私に、ルーファスも護衛を諦めるだろう。その他大勢の令嬢と同じ枠に私は分類されたのだから。
「でももういいの。社交会デビューをしたのだから、ずっと未定だった婚約者を決める必要がある。だからルーファス、私が誰とお付き合いしても貴方に文句を言う資格は無いわ。ううん、こうやって二人で話すことももうないわね」
返事はなかった。
顔を上げるとルーファスの姿はなかったのだから当然だ。一方的に言い寄って、甘い言葉を散々投げかけて、それでいざという時に消えてしまう。
(この状態で黙って消えた!?)
怒りのあまりカップを思い切り受け皿に叩きつけてしまった。割れてはいなかったが、ヒビが入ったかもしれない。
「勝手に現れて勝手に居なくなる。本当に自分勝手なヤツね」
護衛だった頃は、もう少しまともだった。
あの頃は姫と騎士の立ち位置で、ここまで私を馬鹿にすることなく紳士的だったのに。やはり社交界デビューの時にパートナーとして指名するべきではなかった。
あの日、ルーファスの本音を聞かなければ父様に、彼との結婚話を相談していたかもしれない。
(ああ、でもそれはしなくて良かった気がする。愛のない結婚なんて耐えられないもの)
やはりこの恋は、失恋という形で終わったのだと悟る。
初恋は実らないというのは本当のようだ。
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