第6話 姫と騎士の距離
午前中の授業が終わると同時に教室を出た。淑女らしい姿勢と気品を残しつつ出来るだけ足早に逃げる。出来る事ならスカートの裾を掴んで全速力で駆け出したい。
が、一応これでも王族なのでやったら最後、王女としての評判は地に落ちる。出来るだけ速やかかつ上品に逃げる必要があった。
昼休憩までルーファスに関わりたくない。というか午前中の講師役がルーファスになっており、実技も含めて何かと私を指定してくる。新手の嫌がらせだろうか。きっとそうに違いない。
「やっぱり私が居ないと姫様はダメダメですね」と言いたいだけなのだろう。そう言われないため問題は全問正解して乗り切った私を誰か褒めてくれないだろうか。
どこかの騎士様ではなく、兄様か姉様たちがいい。
兄様たちは隣国や国境付近などの調査や見回り、外交、執務と多忙だ。姉様たちはみな嫁いでいるのでなかなか会えない。この世界では携帯なんて無いし、手紙が基本だ。魔道具もあるが気軽に使えない。通行手段も中世ヨーロッパ並みなので、会うのにもかなりの時間と労力がかかってしまうのだ。
(落ち込んでいてもしょうがないわ。食事はいつもの東屋で食べましょう。ケヴィンにお願いをしていたから護衛者が後で持ってきてくれるはず)
そう思って向かったのだが、その期待はあっさりと打ち砕かれる。
「ああ、ヴェロニカ様。遅かったですね」
「──っ、なんで先回りしているのよ! しかも息切れ一つしてないし!」
すでに東屋にはルーファスがバスケットをもって待っていた。これまたいい笑顔で出迎える。ここで逃げてもルーファスは追ってくるのがわかっているので、諦めて東屋に入りベンチに腰を下ろした。
なんだろう、この敗北感。もう嫌。
「すでに準備が整っておりますから、ゆっくり食べてください」
そういうとルーファスは席を立って護衛に戻る。護衛が任務である以上、主と同席することは許されない。そういう主従関係な部分も嫌だった。向こうは一方的に過剰なボディタッチをしてくるのに、こういう時はキッチリと主従関係の距離を取る。
「あなたは食べないの?」
「ご安心を。ヴェロニカ姫の休み時間が終わった後で取りますので、ご遠慮せずに召し上がってください。ああ、毒見は終わっています」
「……はあ。というかバスケットいっぱいに作って、こんなに食べられないわよ」
サンドイッチの種類はベーコンと卵の二種類に、紅茶のスコーン、デザートはイチゴのムース。飲み物は柑橘系の紅茶だ。
「それなら、私にお願いしてください。いつものように」
爽やかな笑みを向けるルーファスに対して、私は無視することにした。
「いただきます」
「ヴェロニカ様? ええっと、ほら今なら私に一緒に食べようとお願いできるチャンスですよ」
妙に必死な声で私に話しかけてくる。
この男は何処までも「私がダメ人間で、ルーファスが居ないとダメ」と言わせたいのだろう。パーティー会場で彼の本音を聞くまでは「ルーファスが居ないと一緒じゃないとダメ」という言葉は彼なりの愛情確認なのだと思っていた。だから言葉一つで「一緒に食べてくれるのなら」と喜んで彼の望む言葉を告げた。
そうすれば傍目からは恋人同士のように見えるだろう。
自分が十六歳になれば、大人になれば──隣に並んだ時に、恋人として見てもらえる。意識してくれると、そう──信じていた。
結局は私の勘違いだったのだ。
根本的に間違っていたのに、愚かにも私は彼の言葉を真に受け取り過ぎていた。
(あの頃はそれでよかったかもしれない。でもルーファスの気持ちを知った今じゃあんなセリフ言えないわ。自分がよけい惨めになるもの)
ルーファスは元々『恋』や『愛』と言ったものに対して、いいイメージを持っていなかった。いや嫌悪すると言った方が正しいだろうか。ルーファスに告白する令嬢は何人もいたが、そのたびに「ヴェロニカ姫の護衛騎士としての任を優先したい」と言って片っ端から断っていった。
彼は『愛』とか『恋』を毛嫌いしていたけれど、いつか私に向けている感情が、毛嫌いしているそれだって気づいてくれるなんて思っていた。
なんて愚かなのだろう。
私もその他大勢の令嬢と変わらないのだ。自分だけ特別だと愚かにも思っていた。守られることが愛されているのだと誤認したのだ。
単に彼としては私をダシに大義名分を掲げて結婚や恋愛といったことを躱したかったのだろう。それが急に解除されて、縁談や令嬢たちにアピールに困っている。
いや違うか。本命に目を向けさせないための防波堤が私だったのだ。社交界デビューをしたあの日、亜麻色の髪、エメラルドの瞳の令嬢こそが本命で、貴族の身分はあるがさほど高くないのかもしれない。もしくはオクリーヴ家が嫁に相応しくないと考えていたとしたら──。それにルーファスの恋人が身分の低い令嬢と知られれば公爵、伯爵家の令嬢が動きかねない。だから王族である私を防波堤に使い──本命の彼女を守ってきた。本来なら彼女との婚約、または結婚の算段が整ってから、私の護衛を辞めるつもりだったのだろう。しかしその前に私がルーファスの護衛の任を解いてしまった。だから彼は焦って元の護衛騎士に戻りたいのだろう。
それだけなのだ。
けれどその彼女と婚約または結婚の算段が付く前に、私が守護騎士の任を解いた。だから彼は焦って元の護衛騎士に戻りたいのだろう。
私とルーファスは利害の一致によって主従関係になっただけなのだ。そうそれだけ。
自分で反芻すると泣き無くなる。恨み言の一つでも言えばスッキリするだろうか。
「別に。ルーファスがいなくてもいいわ。私がいつまでも子供だと思っているのでしょう。残念ながら私はもう十六──」
「私がいなくてもいい!?」
(……って、落ち込むところはそこなの!?)
突然、ルーファスはその場に崩れ落ちた。
あまりの動揺ぶりに食事の手が止まる。
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