第4話 攫われ姫の所以
『ヴェロニカ姫との結婚など絶対にありえません。結婚するなら亜麻色の髪、エメラルドの瞳、胸もでかくて、家庭的で甲斐甲斐しい人だって決めています』
一カ月前にルーファスの本心を聞いてから時折、ふと彼の言葉が脳裏に過る。さっさと忘れてしまいたいのに、こうも毎日姿を見せるせいで、あの時の記憶がフラッシュバックしてしまう。
ガタン、と馬車の揺れが急に酷くなったことに気づき現実に引き戻される。失恋のショックはいまだ癒えるわけもなく、むしろ傷口に塩を塗りたくるようにルーファスが毎日のように現れた。
既に護衛の任を解いているのにも関わらず、だ。それはそれで騎士団の中で公務違反になるのだが、ルーファスになにもお咎めがないのには理由がある。
というのも──。
「姫様、まずい……。また行き先が違っている……」
「え!?」
ケヴィンはぼそぼそと喋っていたが彼の言葉の意図に気づき、私は慌てて窓の外へと視線を向ける。
馬車の傍を走っていた騎士の馬も見当たらない。しかも鬱蒼と生い茂る森へと変わっているではないか。
「新しい魔導書を読んでて……気付かなかった。ごめん……」
「さすがは本の虫……って、そんなこと言っている場合じゃないわね」
「今日は幻術魔法と偽装魔法を使ったのに、バレるなんて……」
ケヴィンの魔法はそう簡単には解けないし、気づかれないはずなのだが──。
「つまりは襲撃者にも術者がいる可能性がある?」
「それよりも……馬車そのものにマーキングされていたら魔法効果は意味ない」
「表面偽装じゃダメって事ね。──って冷静に分析している場合じゃない!?」
「うん。まあ……、そうだね。ごめん」
ケヴィン本人としては落ち込んでいる様だが、いかんせん感情の起伏がないのでわかりづらい。表情筋もほとんど動いていないから余計に。それがケヴィンといえばそうなのだが。彼は私の契約している聖獣であり、本来の姿は黒狼だ。本が好きという理由で常若の国からやって来たらしい。なぜ私を選んだかも不明だが、幸い契約印は心臓に近い所にあるので、露出するようなデザインのドレスでなければまず気づかれないだろう。
「んー、じゃあ今日は窓から飛んで逃げましょう」
「姫様……。相変わらず動じない。切り替えが早い所、尊敬する」
「それはどうも」
それはそうだ。幼いころから誘拐、人質、拉致監禁、幽閉未遂なんて日常茶飯事だったのだ。今更その程度のことで泣いたりはしない。
(ルーファスが私の護衛から外れたからか、このところ誘拐が露骨すぎるのよね)
ルーファスや他の者たちに守られてばかりが嫌だから魔法を勉強しようと思ったのが、十歳の時だった。
それが結果的に、「一人でも生きられるようになりたい」と変わったのは最近のことだ。
「僕は転移魔法で逃げる……」
「ずるい。ケヴィン、それって私も一緒じゃ使えない?」
「本来の姿に戻ってもいいなら出来るけれど、この姿は魔力セーブしているし……座標の演算がちょっと難しいけど、やってみる?」
「ちなみに失敗したら?」
「体の部分だけが転移する……」
「怖い!? 絶対やらないわよ。ケヴィンは、いつものように父様たちに報告してちょうだい」
「わかった……」
言うなりさっさと転移魔法して行ってしまった。薄情だとは思わない。ケヴィンにはケヴィンにしかできない仕事をしてもらうのだから。
というかケヴィンに戦闘をさせたら、加減を知らないので攻撃魔法一発で周囲一帯を更地にしてしまう。「巨神兵か!?」と思わずツッコみたくなることが前にあったので、彼には出来るだけ戦わないでほしい。
(この国に聖獣がいるってばれたら、それはそれで面倒だもの)
建国時代ネーヴェ帝国ではドラゴン、レガーメ王国では一角獣が皇族または王族と契約していた。しかし近年では契約者となりえる後継者がおらず、ドラゴンや一角獣などの聖獣は加護だけを残して去ってしまった。そんな中で両国の間にあるカルム王国に新たな聖獣の契約者が出れば、欲するのは当然だろう。特に王族で女とくれば政略結婚を目論むだろう。この世界において政略結婚は王族貴族であればさほど珍しくないのだが、私は父と兄たちに一つだけ条件をつけた。政略結婚であっても恋愛結婚をしたい──と。
(その結果、見事に失恋なんて笑えない。……って、今はそれよりも逃亡優先しなきゃ!)
私は窓を開けると素早く身を乗り出して、風魔法の一つ浮遊魔法を発動する。馬車から脱出は成功したのだが、目の前に迫ってくる騎馬に気づいてなかった。
(ん? あ、しまっ──!?)
しかも馬が滅茶苦茶速い。現在馬車と同じ高さしか浮遊していないため、騎乗した騎士もとい誘拐犯からも手が届く。もっと高度を上げようとしたのだが間に合わない。
足首を掴まれそうになった瞬間、騎士に扮した誘拐犯は「びゃぎゃ」と、私の視界から吹き飛んだのだ。
「え? ──きゃっ」
抗えないほど強い力で唐突に抱き寄せられ、思わず目を瞑ってしまった。何が起こったのか。閉じていた瞼を恐る恐る開けると、騎乗している騎士──ルーファスの腕の中に捕まっていた。
(ルーファス!?)
「ヴェロニカ姫。なんで助けを呼んでくださらないのですか!? あと私の名前も呼んでくださってない!」
「……って開口一番がそれ!?」
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