第34話 ルーファスの視点
「ジュリアが脱走した?」
「はい。牢から抜け出したそうです。しかもどうやらネーヴェ帝国の残党と手を組んだようで、何か良からぬことを企んでいるかと」
(最悪だな。こんなことなら最初から投獄すればよかった)
「彼らの目的はアイシア領を制圧するテロ行為だぞ」
これから飲みに行こう、とでも言うような軽いノリで割って入ってきたのはエリオットだった。漆黒の甲冑を身に纏い、黒の外套には竜の紋様が描かれている。その姿を見るだけで真っ先に斬り捨てたい衝動が走った。
「おお、怖い。せっかく情報提供と手伝いに来てやったというのに」
「それでどこを隠れ蓑にしていたんだ?」
「ほんと、俺相手だと口調が変わるよな」
抜刀からそのまま斬り込もうかとわずかに屈んだ瞬間、エリオットは両手を上げた。戦う気はないという意思表示なのだろうが、仰々しさがさらに苛立つ。
「で」
「あー、残党は数年前からクライノート商会の従業員として潜り込んでいたようだ」
(クライノート商会……。そういえば、以前にもヴェロニカ姫を狙っていた。王都での活動が基本だったはず。祭りが終わった後でギルバート殿下に色々調査を頼むとしよう)
「俺やナンシー嬢も、残党探し結構頑張ったんだぜ」
「そのぐらい当然だ。それより応援要請はしたが、現皇帝が隣国にのこのこやってきて大丈夫なのか?」
「もちろん」
エリオット=アトウッド。いや本名はヨハン=ヴォルフ・フォン・シュバルツ。ネーヴェ帝国の第二十三人目の皇子であり、第五皇子とは兄弟関係にあった。兄を皇帝にするために彼は、この国でヴェロニカ姫を連れ去るために派遣されたエージェントだった。しかし泥沼化するヴェロニカ姫誘拐計画に疲れ、ギルバート殿下と裏取引することにした。取引にはギルバート殿下、宰相、ケヴィンも関わっていたらしい。
数か月前の王都襲撃事件もギルバート殿下の策略だった。
『エリオットを除くネーヴェ帝国の皇族全員を城に集めて、ケヴィンが滅ぼす』というもので、それを実行するため帝国に『ヴェロニカ姫は新月の翌日に結婚する』という情報を、新月の前日に流した。結果、大々的な襲撃となったのだ。
皇族の誰も彼もが次期皇帝の座欲しさに手駒を動かした。その襲撃はギルバート殿下の想定をやや上回ったため、ヴェロニカ姫への守護に人員を回せなかった。敵を油断させるという意味でも護衛を元から減らしていたのが裏目に出たようだった。またその日、ヴェロニカ姫に渡した魔導具も付けていなかったのも大きい。それがあれば毒矢も防御魔法によって弾いていただろう。
(結局はギルバート殿下の言うように私がヴェラを追い詰めたから──それに尽きるのでしょうね)
ネーヴェ帝国が崩壊した表向きの理由は『聖獣の怒りを買った』──つまりは聖獣と契約をしていた姫君を攫おうとした罰だとして公表された。そしてネーヴェ帝国は内乱が激化する前に、皇族の生き残りであるエリオットが皇帝の座に就いた。もっともまとめ上げるカリスマと吸引力があってこその御業と言えるだろう。
知らなかったのは私とヴェロニカ姫だけ。今回の残党を片付ければ、ヴェロニカ──ヴェラを狙う人間もかなり減るだろう。だからこそここで一網打尽にしなければならない。
「俺の部下は既に動いている。火の手が上がる前に制圧完了。どこに火の手が上がるとか推理するなんて凄技を見せたナンシー嬢に感謝だな」
「その令嬢は、ギルバート殿下にまた面倒な命令を出されて叫んでいた」
「マジか。あの二人が婚約だなんて予想外だったな」
「ええ。……では現場の指揮は部下に一任しているので、私はこれで失礼する」
ジュリアが逃走したというのなら恐らく、いや間違いなくヴェラを狙っている。
パン屋には彼女に対して悪意や危害を加える者を中に入れない結界が働いていた。だからこそジュリアや残党が場所を見つけたとしても何もできなかった。
だが、今日は違う。
人混みがごった返している中、中央広場に向かうには少々時間がかかるだろう。通常ならば。
素早く石畳を蹴り上げると、屋根へと跳び、宙を蹴って急ぐ。
「後でヴェロニカ姫に挨拶させてくれよ」
エリオットの暢気な声が聞こえたが無視した。絶対にアイツに合わせるものか。役目が終わったらとっととこの領内から追い出そう。そう頑なに決意をし、花火が上がっている中央広場へと急いだ。
王都襲撃の日、私はヴェラに呼び出され、王都の城門の近くに出ていた。けれど彼女の姿はなく、後日になってあの手紙は偽装されたものだと分かった。
ジュリアはその頃からネーヴェ帝国の過激派と繋がっており、襲撃事件数日前に王宮の侍女として紛れ込み、当日もヴェラのいる部屋まで誘導する役割だったようだ。彼女の中で私が恋人で時期に結婚すると思い込んでいた。そんな事実などない。少なくとも彼女に対して愛どころか悪印象しかなかった。
あの襲撃の日、ヴェラの危機に駆け付けることが出来なかった。一度だけの失態。
それを二度も繰り返すつもりはない。
すっかりと暗くなった宵闇に花火が華々しく打ち上がる。
炎と光魔法の応用によって創り出される幻想的な光景は、ヴェラが好みそうな光景だろう。
(ヴェラ……)
中央広場には木材で作った舞台があり、そこにスポットライトが当てられている。拍手喝采と凄まじい熱気がこちらまで伝わってきた。催し物の許可を出していたのを思い出す。
「さあ、それでは最後のエントリーナンバー8、ヴェロニカさんの登場です!」
「!?」
司会者の高らかな声に、私はゾッと背筋が凍り付いた。
群衆の中に居れば彼女を見つけ出すのは難しいだろう。というのも彼女には人除けの付与魔法がある。だが、舞台に上がり名乗ったのなら、その効力は薄れる。髪の色が違うとはいえ、彼女の美貌ならば第五王女だと気づくものがいるかもしれない。何より残党にとってはこれ以上ないほど恰好の的だ。
「ヴェラ!!」
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最終話まであとわずか。
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