第33話 秋祭りデート
翌日、私は上から下までルーファスの贈物に身を包んでいた。やりすぎな気もするけれど、これこそがまさにルーファスの希望だったのだ。『……上から下まで付与魔法が掛けられている。ドラゴンの咆哮すら耐えきる装備だね』とケヴィンは欠伸をしながらドン引きしていた。
白のフリルのある長袖の襟付きシャツに、腰回りのしっかりした深緑色のスカート、焦げ茶色のブーツは歩きやすさを重視してくれたのだろう。お気に入りの髪留め、腕輪も貰ってばかりで少し申し訳ない気持ちになる。今日は何か私が彼に贈物をしたい。最近のパン屋の売上なら一つくらい良い物が買えるだろう。
財布をポケットに忍ばせていると、からんからん、と店の扉が開く音がした。
姿を見せたルーファスの服装は襟首のボタンを二つほど外し、グレーのズボン、ベストとジャケット姿だ。黒いブーツは下ろし立てなのかピカピカで、腰に携えているサーベルさえなければ前世ではモデル業でもやっていけるだろう。長い髪は緩めに紐で結んでいるようだ。
眼福という言葉はこのためにあるのだろう。
「今日は一段と綺麗ですね、ヴェラ」
「ふふふっ、ありがとう。ルーファスもとっても素敵だわ」
彼は「それは光栄です」と言いながら私の頬にキスを落とす。ケヴィンは眠たげな瞼を上げると「さっさと行ってこい」と言わんばかりに再び瞼を閉じて、寝入ってしまった。
店の外に出ると近世ヨーロッパを彷彿とさせる煉瓦通りが並んでおり、異国に来ている感じが強かった。しかし空を飛んで配達をする人たちを見ていると、やはりここは異世界なのだと実感する。
広場に出ると様々な屋台が立ち並び、中央広間には魔法を使ってパフォーマンスをする人たちが見えて思っていた以上に活気があった。空から花弁や雪のような光が降り落ちる光景は、幻想的でテンションが上がる。
「わあ、すごいわね」
「ええ。夜になると仄かに発光する花弁が降り落ち、花火が舞い上がるので、とても綺麗ですよ」
「じゃあ、それまでにいろいろ回りましょう」
「ええ」
どちらともなく手を繋いで私とルーファスは歩き出す。
前世では出店でお祭りの日は店も忙しかったので、こういった形で恋人と一緒に祭りに参加するのは初めてだった。食べ歩きをしつつ、その後は本屋や雑貨屋などにも寄り道をする。隣にルーファスがいるだけで楽しくてしょうがない。ふと高級そうな小物屋を見つけ、ハンカチや髪留めなどが窺えた。男性用のも取り扱いしている様だ。
(ルーファスに何かを贈るなら普段から身に着けるものがいいかも)
「何か欲しい物でも?」
「ええ。ちょっとね」
店に入ると女性物ではなく、男性用の方へと足を向けた。
組紐なら黒と金、瞳の色の緋色と黒も似合うだろうか。ハンカチも今度は布地を買って刺繍を入れるのもいいかもしれない。贈りたいものが次から次に出てくる。
「気になるものがあったら言ってください」
「うんん。今回は私が自分のお金で買いたいの。贈り物だもの」
「……どなたにですか?」
にこやかな笑顔だが、声のトーンが低い。
ルーファスは予想以上に嫉妬心が強いようだ。これは少し意外だった。女性慣れしている雰囲気からして余裕があるようにも思えたが、そうでもないらしい。
「今、私の隣にいる人よ」
「ケヴィンですか。一度、本気で──今隣にいる?」
「ルーファス、貴方よ」
「!」
どうやら盛大に勘違いをしていたルーファスは間の抜けた声を上げた。
私としては結構恥ずかしいのだが、みるみるうちに彼の頬が赤くなる。信じられないと片手で口元を抑えているが、口元が緩んでいるのがすぐにわかった。
「いつも貰ってばかりだから、私がルーファスに贈物をしてもいいでしょう」
「ありがとうございます。後生大事に保管しておきます」
「いや使って」
「冗談です。毎日使わせていただきます」
冗談には思えない声音だったが、言及するのはよした方がよさそうだ。毎日使うというのもお世辞ではなく本気だろう。使い潰される前に定期的に贈物をした方が良いのかもしれない。だとしたら次はイニシャルを入れてみるのもいいかもしれないと楽しみが増えた。
***
小物屋を出ると、空はいつ間に赤紫色へと変わっていった。
市街地の外套に明かりが灯る。ガスや電気ではなく魔導具によって明かりが灯るようになっているらしく、線香花火に似た橙色の明かりが足元を照らす。広場には人だかりが多く、衛兵たちの数もちらほら見える。巡回中なのだろうか。
「閣下!」
(閣下!?)
そうルーファスを呼び止めたのは、貴族の身なりをした男だった。ルーファスは心底面倒そうな顔で足を止める。男は私を見つけると深々と一礼した。私もスカートの裾を掴んで挨拶をしようかと思ったのだが、ルーファスがそれを止めた。
「こんな奴に礼をしなくてもいいよ」
「閣下、それはないです」
どうやら顔見知りのようで二人とも軽口を叩ける仲のようだ。衛兵たちの顔つきが少し強張っている。何かトラブルがあったのだろうか。せっかくの祭りだが人が多いと喧嘩やトラブルがあるだろう。
「ルーファス。私は中央広場で休憩しているから、大丈夫よ」
「しかし、貴女の傍を離れるなど出来ません」
いつもの冗談ではなく彼は本気で心配をしていた。余りにも必死なので私の方が驚いてしまほどその反応は少し過剰な気がする。周囲に人がいるにもかかわらず、私を抱きしめた。唐突な行動に私は離れようとしたが、その手は僅かに震えていることに気づいた。
「少し過保護すぎじゃない?」
「目を離した隙に居なくなったことがあるのですから、過保護にもなります」
(あ。……そっか。ルーファスは記憶を失う前の私を守れなかったと言っていたっけ)
だからこそ身に着けているものにも万が一を考えて用意してくれたのだろう。けれどこの先もルーファスに急な仕事が入ったら同じことが起きる。それなら少しずつでいいから『私は大丈夫だ』と思うようにさせた方が良い。
「そうは言っても仕事は大事よ。ルーファスなら出来るだけ早く戻ってきてくれるって信じているもの。私はここに居て貴方を待っているわ」
「ヴェラ。……わかりました」
不承不承に頷いたのち、ルーファスは素早く切り替えて衛兵たちと共に歩いて行った。私は中央広場で座れそうな場所を探す。
人混みは多いが、一人ぐらいなら座れそうな場所があるかもしれない。それともカフェに入った方が安全だろうか。そんなことを考えていると広場にある舞台の方から声が聞こえてきた。
『どうするんだよ。美女コンテストって言うのに、あと一人足りないってどういうことだ!?』
『しょうがないでしょう。領主様の妻の座を狙おうとして逮捕されたらしいですから……。せっかくの美人だったのに……』
『何でも前科があって、修道院行きが決まっていたのに逃げ出したとか、根性あるよな』
(領主様も大変ね。どの世界でも権力者の妻になりたいって女性は少なからずいる。……地位や名誉も大切かもしれないけれど、私はやっぱり心から想い合う人の方が良いわ)
そこでふと疑問が生まれた。
そういえばルーファスの仕事は何なのだろうか。衛兵の制服を着ていたがどう考えても階級はもっと上だ。よくよく思い返せば、裕福な家柄──貴族だとは言っていた。最初に会った時に、『領主』とか口走っていたような気がしなくもない。
(私も元は良い所の出だって言っていたから政略結婚相手に選ばれたんだろうし、となると私の家柄は子爵、伯爵だったのかしら)
「ちょ、そこの君!」
「ん?」
急に声をかけてきたのは、先ほど叫んでいた舞台傍に居た男性だ。白い燕尾服とだいぶ目立つ格好をしている。
なぜ私の方に慌ててかけてきているのだろう。小首を傾げていると、彼は流れるような素晴らしい身のこなしで石畳の上に這いつくばるように頭を下げた。前世のドラマなどでしか見たことがない──そう、土下座である。異世界世界にも土下座の概念があるのか、などとしみじみ思っていると──。
「頼む! コンテストに出てくれないか!?」
「……はい?」
いつも読んでいただきありがとうございます。
過保護になるのも頷ける巻き込まれ体質のヴェロニカ。
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