第32話 恋人としての時間
それから私とルーファスは恋人となった。
ルーファスは閉店後を見計らって現れ、パン屋のカウンターテーブルに座って話す。週に何度か彼を二階の自室に招き、夕食に招待することも増えた。
恋人としてテーブルを囲んで食事をすることは特別でもなかったはずなのに、ルーファスがいると奇跡にも近いような──形容しがたい感情が湧き上がる。
私の部屋は前世の間取りを元に1LDの広さだ。調度品などは最低限だけれど、いいものをあつらえてもらった。これも魔法だとケヴィンは言っていたが贅沢なものだ。ルーファスは自室に招待した時に「窮屈ではありませんか?」と真剣な表情で尋ねた。私としてはちょうどいい広さだと思ったが、身分が高い人だと窮屈だと感じるのだろうか。けれど不思議なことにソファに座る時は、是が非でも私の隣に座り、黒い狼は気怠そうに向かいのソファに座り込む。
(ああ、モフモフしたかったのに……)
ルーファスは傍に居れば私にキスをする。手の甲、頬、唇とその回数は日に日に増していく。溺愛っぷりが半端ないのだが──すんなりと受け入れてしまっている自分がいる。
「必要なものは取り寄せにしているのですか? それともケヴィンに?」
「ええ。ケヴィンにお願いをしているの。……というか、私、店の外に出たことがないから」
ルーファスは驚いていたが「それなら一緒に市街地に出てみませんか?」と誘ってくれた。「それってデートのお誘い?」と冗談めいたことを言ってみたら、彼は至極まじめに「そうですが」と言葉を返した。
少しだけ照れくさそうに頬を掻いて私の言葉を待っている。
「それで答えは?」
「もちろん、大丈夫よ。ケヴィンが『護衛がいない中で一人歩きは危ない』って、言っていたのだけれど、貴方と一緒なら問題ないでしょう」
「英断だと思いますよ。ヴェラの可愛らしさなら声をかけられるでしょうし、下手したら連れ去ってしまいたいと思う人だって出てきます」
「そんな訳無いでしょう」
「貴女はもう少し自分に自信をもっていいと思いますよ。こんなに愛らしいのに」
腰に手を回すと私を抱き寄せる。「いつの間に」と思ったが、彼はなんでも自然にこなしてしまうので、いちいち驚いていたら疲れてしまう。彼からのキスの雨は驚くほど優しい。
たまに私からもすると目を眇めて幸せそうに微笑んだ。
彼もケヴィンと同じように少し大袈裟で心配性──いや過保護だ。
確かに前世の海外よりも治安は悪いかもしれないが、街娘一人に対してそこまで注目されるはずないだろう。そもそもこの世界では顔面偏差値がやたらと高い。ヴェロニカも美人だけれど、私以外にも可愛らしい人や美女はたくさんいる──と思う。
「では明日、貴女を迎えに行きますね」
「そう、明日ね。分かった──って明日!?」
「おや、ダメでしたか?」
急すぎる日程に私は困惑してしまう。もっと先の話かと思った。
「明日はちょうど秋祭りもありますから、きっと楽しめますよ」
「秋祭り? 収穫祭のようなものかしら」
「いいえ。収穫祭はもう少し先です。この国の秋は長いので、実りの秋が来ますようにと前祝いというものです。アイシア領の復興にもこういった大々的なイベントができるのは、経済的にも好調な証拠です」
「それは喜ばしいことね。今から楽しみだわ」
ルーファスは胸ポケットから箱を取り出した。それは真四角の手のひらに乗るほど小さなものだ。
「指輪?」
「ええ、魔導具の指輪でいざという時に貴女を守ってくれます」
(婚約指輪かと思って焦ったわ)
私の事を思っての行動だったが、嬉しい気持ちに一抹の寂しさがあった。けれどそんな私の反応を敏感に察したのか、彼は言葉を付け足す。
「婚約指輪は──その、性急かと思ったのですが、もし嫌ではなければ明日、一緒に見に行きませんか?」
「え」
「指輪を見た時、期待してくれていたようなので」
「それを知るためにわざと魔導具の指輪って言ったのね!」
「ばれてしまいましたか」
「もう、ルーファスなんて知らないわ」
ソファから立ち上がろうとした瞬間、彼は私を後ろから抱きしめて引き留める。彼は時々、私をからかうのだけれど、それは構って欲しいという時などにする傾向が多い。
恋人になってから彼は自分の家庭環境が複雑だったことと、愛情がまったくなく育てられたことを話してくれた。関係の冷めきった両親、そして両親はそれぞれに愛人を囲っていたという。
だから自分の想いが両親の愛欲と同じだと思いたくなかった、認めたくなかったそうだ。
(両想いだったのに嚙み合わなかった。だからとても苦しくて、けれど恋焦がれるような想いが詰まっていたのね)
今も私の失った記憶はそのままだ。思い出すことで何かが変わってしまうのが怖い。
もし記憶が戻った時、彼を憎んでいたら──?
失恋したと思って絶望をしていたら──?
今まで通り彼の前で笑えないかもしれない。それが怖くて、記憶を取り戻そうとする勇気が出なかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
デートやデート。初々しい(*'▽')
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