表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/37

第32話 恋人としての時間

 それから私とルーファスは恋人となった。

 ルーファスは閉店後を見計らって現れ、パン屋のカウンターテーブルに座って話す。週に何度か彼を二階の自室に招き、夕食に招待することも増えた。

 恋人としてテーブルを囲んで食事をすることは特別でもなかったはずなのに、ルーファスがいると奇跡にも近いような──形容しがたい感情が湧き上がる。


 私の部屋は前世の間取りを元に1LDの広さだ。調度品などは最低限だけれど、いいものをあつらえてもらった。これも魔法だとケヴィンは言っていたが贅沢なものだ。ルーファスは自室に招待した時に「窮屈ではありませんか?」と真剣な表情で尋ねた。私としてはちょうどいい広さだと思ったが、身分が高い人だと窮屈だと感じるのだろうか。けれど不思議なことにソファに座る時は、是が非でも私の隣に座り、黒い狼(ケヴィン)は気怠そうに向かいのソファに座り込む。


(ああ、モフモフしたかったのに……)


 ルーファスは傍に居れば私にキスをする。手の甲、頬、唇とその回数は日に日に増していく。溺愛っぷりが半端ないのだが──すんなりと受け入れてしまっている自分がいる。


「必要なものは取り寄せにしているのですか? それともケヴィンに?」

「ええ。ケヴィンにお願いをしているの。……というか、私、店の外に出たことがないから」


 ルーファスは驚いていたが「それなら一緒に市街地に出てみませんか?」と誘ってくれた。「それってデートのお誘い?」と冗談めいたことを言ってみたら、彼は至極まじめに「そうですが」と言葉を返した。

 少しだけ照れくさそうに頬を掻いて私の言葉を待っている。


「それで答えは?」

「もちろん、大丈夫よ。ケヴィンが『護衛がいない中で一人歩きは危ない』って、言っていたのだけれど、貴方と一緒なら問題ないでしょう」

「英断だと思いますよ。ヴェラの可愛らしさなら声をかけられるでしょうし、下手したら連れ去ってしまいたいと思う人だって出てきます」

「そんな訳無いでしょう」

「貴女はもう少し自分に自信をもっていいと思いますよ。こんなに愛らしいのに」


 腰に手を回すと私を抱き寄せる。「いつの間に」と思ったが、彼はなんでも自然にこなしてしまうので、いちいち驚いていたら疲れてしまう。彼からのキスの雨は驚くほど優しい。

 たまに私からもすると目を眇めて幸せそうに微笑んだ。


 彼もケヴィンと同じように少し大袈裟で心配性──いや過保護だ。

 確かに前世の海外よりも治安は悪いかもしれないが、街娘一人に対してそこまで注目されるはずないだろう。そもそもこの世界では顔面偏差値がやたらと高い。ヴェロニカも美人だけれど、私以外にも可愛らしい人や美女はたくさんいる──と思う。


「では明日、貴女を迎えに行きますね」

「そう、明日ね。分かった──って明日!?」

「おや、ダメでしたか?」


 急すぎる日程に私は困惑してしまう。もっと先の話かと思った。


「明日はちょうど秋祭りもありますから、きっと楽しめますよ」

「秋祭り? 収穫祭のようなものかしら」

「いいえ。収穫祭はもう少し先です。この国の秋は長いので、実りの秋が来ますようにと前祝いというものです。アイシア領の復興にもこういった大々的なイベントができるのは、経済的にも好調な証拠です」

「それは喜ばしいことね。今から楽しみだわ」


 ルーファスは胸ポケットから箱を取り出した。それは真四角の手のひらに乗るほど小さなものだ。


「指輪?」

「ええ、魔導具の指輪でいざという時に貴女を守ってくれます」

(婚約指輪かと思って焦ったわ)


 私の事を思っての行動だったが、嬉しい気持ちに一抹の寂しさがあった。けれどそんな私の反応を敏感に察したのか、彼は言葉を付け足す。


「婚約指輪は──その、性急かと思ったのですが、もし嫌ではなければ明日、一緒に見に行きませんか?」

「え」

「指輪を見た時、期待してくれていたようなので」

「それを知るためにわざと魔導具の指輪って言ったのね!」

「ばれてしまいましたか」

「もう、ルーファスなんて知らないわ」


 ソファから立ち上がろうとした瞬間、彼は私を後ろから抱きしめて引き留める。彼は時々、私をからかうのだけれど、それは構って欲しいという時などにする傾向が多い。

 恋人になってから彼は自分の家庭環境が複雑だったことと、愛情がまったくなく育てられたことを話してくれた。関係の冷めきった両親、そして両親はそれぞれに愛人を囲っていたという。

 だから自分の想いが両親の愛欲と同じだと思いたくなかった、認めたくなかったそうだ。


(両想いだったのに嚙み合わなかった。だからとても苦しくて、けれど恋焦がれるような想いが詰まっていたのね)


 今も私の失った記憶はそのままだ。思い出すことで何かが変わってしまうのが怖い。

 もし記憶が戻った時、彼を憎んでいたら──?

 失恋したと思って絶望をしていたら──?

 今まで通り彼の前で笑えないかもしれない。それが怖くて、記憶を取り戻そうとする勇気が出なかった。

いつも読んでいただきありがとうございます。

デートやデート。初々しい(*'▽')


下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。凄く嬉しいです(*´ω`*)

執筆の励みになります(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ