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第29話 ルーファスの視点3

 彼女は眉を顰め、困惑した面持ちで言葉を返した。

 こてんと小首を傾げる愛らしさは健在のようだ。ただ──()()()()()()()()。それとも本当に他人の空似なのだろうか。慎重に呼吸を整えたのち、胸に手を当てて一礼する。


「失礼しました。私はルーファスと申します。人を探しておりまして……貴女の名はヴェロニカであっておりますでしょうか?」

「ええ……。多分そうだと思うわ」

「たぶん?」


 オロオロとする姿は無防備過ぎて可愛らしい。

 こんな彼女を見るのは四年ぶりだろうか。いつだったか大人びた淑女になろうと努力し始めて──こんな風に感情的になる姿を隠した。本当は大人っぽくしなくても、可愛らしくて、いじらしかったのだ。

 ああ、出来るのならもう抱きしめてしまいたい。

 その衝動を──何とか耐えた。


「その……恥ずかしい話、自分の記憶があまり残っていないの。妖精のような不思議な国に居たのと、前世の──ここでいう転生者としての記憶や経験は覚えてはいるのだけれど」

「ではこの世界に生れ落ちてからの記憶が曖昧だというのですか」

「ええ。……それにしても貴方は、私が転生者だってあっさり信じるのね。それに妖精の国も」

「私の知っているヴェラもそうでしたし、常若の国(ティル・ナ・ノーグ)に連れていかれたので嘘ではないと分かります」


 みんなというのは彼女について尋ねた者たちが何人もいたのだろう。もし彼女を嘲笑し、愚弄する者がいたのだと想像しただけで斬り殺したくなった。


「ヴェラ。もしその話をして嘲り笑う者がいたのなら、その者の名前と職業と住所を速やかに教えてください。然るべき報いを受けさせます!」

「ええ!? いえ、そんなことをしなくても大丈夫だから!」


 ぶんぶん、と首を横に振る。

 そういう一つ一つの仕草も愛らしくて、胸に空いた穴が塞がっていく。


「そうですか? 記憶がなくとも心根が優しいのは変わらないのですね」

「……ルーファスだっけ? 貴方はこんな途方のもない話を信じるっていうの?」

「もちろんです」


 気持ちが先走って彼女の両手を掴んでしまう。すぐに離すべきだったのだが、彼女の手の温もりは温かくて夢や幻ではないと分かった瞬間、手放せなくなった。

 手袋無しでも触れることが出来るのだから、間違いない。


「ヴェラ。貴女は私と結婚式を挙げようと約束した日、敵の襲撃があり毒矢を受けたのです。貴女は癒すため妖精の国(ティル・ナ・ノーグ)へと向かった。私は今の仕事を放り投げて、ずっと貴女を探しに行きたかった。でもその仕事を遂行することが貴女に会うための条件とはいえ探しに行けず、本当に……本当に申し訳ありませんでした」

「貴方には……そんな素敵な方が居るのね。羨ましいわ」


 今の話で探していた相手は眼前に居る彼女だと伝えたつもりだったが、どうやら上手く伝わっていなかった。いやもしかしたら、自分だと認めたくないのだろうか。


「私の目の前にいる人こそがヴェラ、私の──。どうか私と一緒に来てくれませんか?」


 彼女の前で膝を着き、心の内を告げた。

 けれども彼女は酷く悲しそうな目で私を見返す。


「違うわ。……貴女の探している方は私ではないですし、私を待っている人なんていない」

「そんなことはない。少なくとも私は、貴女を探すためにずっと準備をしてきたのです」

「でも、ごめんなさい。貴方を見ても……なにも思い出せない。……だからきっと人違いよ」


 何を言っても彼女は私の言葉など聞き流しているようで、まるで受け入れてくれなかった。

 どうして彼女の心に響かないのか──。

 こんなにも愛しているのに、どうして伝わらないのか。いっそのこと記憶があろうがなかろうが「愛している」と告げてしまおうか。「このまま一緒に教会で永遠の愛を誓って欲しい」と口に出すことは簡単だ。

 けれど記憶のない彼女に伝えて、困惑させてしまったら──?

 怪しい者だと警戒されたら?

 嫌われたら──勇気が出ない。


「人違いじゃない」

「それを信じて貴方を受け入れて、その後に本当の想い人が現れたら『やっぱり人違いだ』って言って、追い出すのでしょう」

「そんなことはしない。だから信じてください!」


 彼女は首を横に振って拒んだ。

 もどかしく、胸が苦しい。

 言葉が届かないことがこんなにも虚しく、絶望にも似た気持ちになるのだろうか。


「私には貴方の言葉を信用できないし、この世界で頼れる人も身内もいない。だから一人で店をやって少しずつ繋がりを作っていくの。信じて勝手に期待して──そして裏切られた時に立ち直れるか分からないもの」

「!?」


 今にも泣きそうな顔で微笑む彼女の姿が、かつての姿とダブった。

 あれはいつだったか。

 魔法学院内で彼女が問いかけた──。


『でもそれは……私を好きだという事ではないのでしょう』


 切なげに言う彼女の声が脳裏によみがえる。

 そうだ。

 あの時、彼女は私の気持ちを気付かせようとして──そして、私は──。


『もちろんです。私は貴女の騎士なのですから、あんな低俗な感情を姫に向ける筈がありません』


 彼女の想いごと全てを踏みにじったのだ。立場が逆になってわかる。あの時、どれだけヴェラが勇気を出したのかが。どれだけ傷つけたのか。今のヴェラにとって初対面となる私を信じてもらうには些か時間が少なすぎる。それならもう一度、信じてもらえるように、今度は私が貴女に想いを届ける番だ。


「わかりました。貴女が私を思い出してくださるまで、ずっと待ち続けます。店にも通って、話をしましょう。貴女の前世の事を教えてください。代わりに私がこの世界の事をお話します」

「うちの店の乗客になってくれるのなら、喜んで。……そうね。今度来るまでには貴方が座ってお茶が出来るようなカウンターを用意しておくわ」

「それは楽しみです。ヴェラ、また貴女に会えてよかった」


 彼女は複雑そうな顔で笑うだけで、言い返すことはなかった。

 それが今の私とヴェラを隔てる心の距離なのだろう。

いつも読んでいただきありがとうございます。

次回から最終幕に突入(*´꒳`*)


下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。凄く嬉しいです(*´ω`*)

執筆の励みになります╭( ・ㅂ・)و̑ グッ

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