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第27話 ルーファスの視点1

 今まで抱きかかえていた温もりを失った瞬間、酷く後悔した。そうしなければヴェロニカ姫を救えないと分かっていても、胸を掻きむしるような形容しがたい感情に陥る。

 ヴェロニカ姫──ヴェラの隣に誰かが佇むよりも、離れてしまうことがこれ以上ない苦痛だと気づいた。意識を失ったヴェラはぐったりとした顔でケヴィンの腕の中にいる。影を通して彼女の身体を移動させたのだろう。

 ヴェラを救う方法がそれしかないと知っていても、他の男が触れていることが不快で苛立ちが芽生えた。そんな目でケヴィンを見ていたせいか、鋭い眼差しが私に向けられた。

 凄まじい威圧はこちらの魂の芯を潰しにかかってきており、気を抜けば意識が飛びそうだ。その気迫に、わずかに指先が震えた。彼の周囲には漆黒の影が具現化して空を覆っていく。それは終末にも似た光景に、なす術もなく見ていることしか出来なかった。


「僕の契約者を苦しめ続けたネーヴェ帝国には滅んでもらおう。特に現皇帝には早々に殺す。……ルーファス=オクリーヴ。今までの言動は万死に値するけど、姫様のことを任せるに足る人物かどうか。彼女の事が本気か試させてもらうとしよう」

「ヴェラを必ず向かいに行きます。どんな手を使っても、絶対に」

「そう。……でも迎えに来られないようなら僕が彼女を幸せにする」

「なっ」


 手を伸ばし追いかけようとしたが、体が動かない。血を流しすぎた。

 ケヴィンと共にヴェラが常若の国(ティル・ナ・ノーグ)へ避難した後、エリオットはあっさりと身を翻して撤収していった。エリオットを斬り捨てたかったが、後からやってきたギルバート殿下はエリオットを見逃すと言い出した。理由はネーヴェ帝国の斥候から皇帝崩御したと伝令が入ったからだ。


「今ここでエリオットを殺すよりも、彼を皇帝に仕立て上げた方が後々の交渉に有利だ」


 そう言いだしたギルバート殿下の言葉に怒りがこみ上げてきた。まるで示し合わせたかのような襲撃と撤退。全てはギルバート殿下とエリオットによって仕組まれていたのではないだろうか。

 ヴェラが常若の国(ティル・ナ・ノーグ)に逃げることまで計算に入れていた──そう考えれば庭園に衛兵がいないのも納得がいく。

 苛立ちと怒りに駆られギルバート殿下の胸倉をつかんだ。

 もはや動くと骨は軋み、神経がブチブチと切れて激痛が走る。それでも体が動いた。


「全て貴方の企みですか」

「まあ、概ねはね。……ヴェラは無傷でと話をしていたが、どうやら脳味噌が溶けた連中が多かったようだ。もっともあの子が部屋で大人しくしていれば、怪我を負うことも無かった。その原因を作ったのは君だろう」

「私が?」


 非難されるべき相手はギルバート殿下なはずなのに、私へと責任を押し付けた。


「今日は新月。故に聖獣である黒狼の力がもっとも高まり、常若の国(ティル・ナ・ノーグ)への道を開く。ヴェラはね、結婚の話が出る前は常若の国(ティル・ナ・ノーグ)へ亡命するつもりだったんだよ」

「な」


 亡命。

 その言葉に血の気が引いた。居なくなるつもりだった。

 何故。

 どうして?

 数秒後の思考の末、原因は自分にあると気づく。


(ああ、それほどまでに私がヴェラを追い詰めていた)


 出会って八年間、彼女の想いに甘えて、傷つけ続けた結果──母国を捨てるまでの決意をさせてしまった。ただ隣に居て欲しいと願った愚かで、無知で歪な願い。

 愛しい人に拒絶される痛み、異性として排除された悲しみ。


「自分で蒔いた種だ。アイシア領の復興の目途が立つまでヴェラを迎えに行くことは許さない」

「!?」

「もっとも迎えに行けたとしても、ヴェラが帰りたくないというのなら僕はそれを支持する」

「ギルバート殿下」


 目の前が真っ黒になった。

 限界だったのだろう。意識を手放した瞬間、激しい後悔ばかりが自分を攻め立てた。そしてそれは目を覚ましても、静養中もずっと続いた。

 まるでヴェラが居なくなったことで、自分の時間が止まったかのようだった。全てが白黒で、色が消えたかのようだ。


 私は傷口が癒えたのち、すぐさまアイシア領へ馬を走らせた。そして当初の予定通り、オクリーヴ公爵から領主の座を奪った。そのまま罪状を詳らかにしたのち、北のシエル領に位置する貴族牢獄(コンシェルジュリー)へと送還。別館に入り浸っていた愛人たちを追い出し、使用人や執事たちも王都から連れて来た者たちへと入れ替えた。

「今まで誰のおかげで生きてこられたと思っている!?」

「さっさと連行しろ」

「ハッ!」

 両親の罵倒も右から左へ通過した。

 不思議なほど冷静で、家族に対してなんの感情も動かなかった。公爵家の中で癒着、横領など犯罪に関わったものは牢獄に叩き込んだ。

 ヴェラがいなくなったことで色彩だけではなく、感情まで凍結してしまったのかもしれない。けれどそれはそれで作業に支障がなくて便利だとすら思えた。

 私にとってヴェラの傍にいることこそが全てだった。それが『愛』であり『恋』だともっと早く自分で気づくことが出来ていたら、彼女を追い詰めることにはならなかったのだろう。


(領地運営からやることは山済みですね。でも──やると決めたのですから、一つずつ片付けていくしかない)


 アイシア領。

 王都から馬車で四時間程の距離に位置する。

 海沿いであり、他国との国境近くの貿易の盛んな土地だ。鉱山も多く、農地では麦の収穫が多い肥沃の大地として有名である。それ故に領内に入ってから畑を見ることが多くなったが、その農具類はどれも古くさび付いており、魔導具や設備もお粗末なものだ。

 それをオクリーヴ家の貯め込んだ金で新しく買い与え、食料も配給という形で対応する。本来ならヴェラと共に進める筈だった事業も順調に進んでいた。


 領地運営が落ち着いたらヴェラを迎えに常若の国(ティル・ナ・ノーグ)へ向かう。

 そのためにも追跡が得意なナンシーに、常若の国(ティル・ナ・ノーグ)までの道のりを探してもらう。待っている間、私は働き続けた。一刻も早く彼女を迎えに行くために。

 仕事に没頭しつつも、ヴェラが自分の事を忘れて幸せに暮らしていたらどうするか。

 自分以外の誰かが隣にいたら──。

 不安ばかりが過る。夜もろくに寝られず、食事も忘れて仕事に齧りついた。何かしてなければ、ヴェラに会いたい衝動が抑えきれなかったからだ。

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