第25話 招かれざる者たち
その日の夜は早めに床に就くフリをして外に出た。眠れなかったし、私の心は揺れていた。
ずっと心待ちにしていた常若の国での新しい生活を望んでいたというのに、ルーファスの告白や、王族としての矜持がブレーキをかける。
気持ちがまとまらないので、気分転換に夜の庭園を歩くことにした。もっともケヴィンと約束をしていた場所は緑の多い庭園と決めていたのでちょうど良かった。
水晶宮とは異なり王族の居住区域は魔法結界もしっかりしているし、警備も厳重だ。月のない夜は薄暗い分、星の輝きが一層際立たせていて美しかった。
(日付が変わるまであと少し。それまでに結論を出さないと……)
ルーファスの心変わり。あれは本当に本心だろうか。
ずっと自分がアピールをして何も変わらなかったのに、急に態度を変えて『好き』だと言い出した。数日前とは一八〇度異なる言葉。あんなに嫌悪していた感情をすんなり受け入れられるものだろうか。それこそ演技だったという方がしっくりくる。
単に私の隣に居たいために、無理をして『好き』と口にしたとしたら?
それならジュリアという従兄妹との関係はどうなるのだろう。『何とも思っていない』と言っていたが、それこそが嘘だとしたら? 考えられるのは私を夫人として矢面に立たせ、アイシア領を復興に王族の義務を果たせる。そして治安が安定するであろう一年後に離縁してジュリアを妻として迎えると計画していたら?
王族の方が警備も厚くできる上、ジュリアの身の安全も矢面に立つよりも安全と言えるとしたら──不可解な点の理由も納得できる。
(きっとギル兄様が『ヴェラに愛を囁けば計画通りに事が進む』とでもルーファスに言ったのね。だから必死だった。そのために私を説得できる材料として、七年前の記憶を思い出してきた)
本当に自分の愚かしさに笑ってしまう。
思えば都合が良すぎる。
唐突な結婚話に、ルーファスの告白。
何もかも演出だったのだろう。だから、きっと裏がある。
よく考えればここに来るまで、兵士の見回りがないのもおかしい。水晶宮では警備の数も少なかったのに、王族の居住区域でも同じというのは不可解だ。もっと早く気づくべきだった。
(それとも何か事件でも──)
「いたわね。……泥棒猫」
「!?」
暗闇の中、庭園に姿を見せたのは、亜麻色の長い髪にエメラルドの瞳の令嬢だった。
おそらくジュリア=オクリーヴ。ルーファスの従兄妹だろう。
気のせいかパーティー会場で見た時よりもやつれたのか、髪も痛んでいるように見える。服装は侍女のものだが、こんなところに令嬢がいるなんておかしい。誰かが手引きしない限り不可能だ。
ギルバート兄様の指示か、それともルーファスとの逢引だろうか。
血走った眼で彼女は私を睨みつけた。その手に持っているのは鈍色に光る果物ナイフだ。
ただならぬ雰囲気ではあるが、気圧されるわけにはいかない。毅然とした態度で彼女を見返す。たとえルーファスの思い人だったとしても、王族に対して弓引くのならそれ相当の覚悟をしてもらわねばならない。
「誰の許可を得て王族の居住区域に居るのですか?」
「そんなことはどうでもいいわ。よくも、よくも、よくも、よくも私のルーファス様を奪っておいて許さない!」
奪った。ああ、傍目からはそう見えるのだろうか。
彼女は一年も待つことが出来ないのだろうか。愛しい人が自分以外の誰かになる事を心底認められない。受け入れられない──だから、短絡的に殺そうと考えたのだろう。好きな人が別の女性と幸せそうにしている姿を見る勇気がなくて、逃げ出した私とは違う。
醜く凄まじい形相に、私は動けなかった。思えばあの社交界デビューの日、私がジュリアと戦っていれば、この展開だけは避けられたのだろうか。
突っ込んでくる彼女に殺されてあげるわけにはいかない。
王女殺害なんて一族全員が処刑される。そうなればルーファスの罪も免れないだろう。
「閃光!」
彼女の視界を奪うため、私は叫んだ。
光がなければ影が出来ない。影がなければケヴィンを呼び出せなかった。だからこの技を使う。強制的に光魔法で私の影を作る。
「っつああああああああああ!」
「姫様、乗って」
「ええ!」
そういえばあの時、ルーファスに出会った時に使った技も同じだった。影からケヴィンが黒狼の姿で飛び出してくる。このまま距離を取ることを考え、私は黒狼の背にまたがった。
「とにかく今は距離を取って逃げ──」
鈍い音がした。
それは背後から放たれた矢だった。私の左肩に深々と矢が突き刺さる。熱と激痛に私は身をよじり、黒狼から石畳に転げ落ちた。
「痛っつ……!」
「姫様!?」
ケヴィンが影を使って追撃をしてきた矢の雨を払いのける。
何が起こったのか。激痛のせいで状況把握どころではない。
視界は歪み、うずくまることしか出来なかった。刹那、連続して爆発音が聞こえてきた。
(一体何が……)
「きゃあああああ! 離して。これであの女を──」
「お前の役目は案内だけだ。殺されたくなかったら消えろ」
男の声が聞こえた。
どこか聞き覚えがあるような──声音。
闇の中から複数の靴音が響き、男たちは姿を見せた。竜の紋様のある漆黒の甲冑に、真紅のマントを羽織っており、みな兜を被っていたがその鋭い眼光に身が竦む。
轟ッ!!
ワーバンが数十匹、空を旋回しているのがちらりと見え──爆炎によって夜を明るく照らす。
(王都が襲撃されている?)
「あーあ、姫様は出来るだけ無傷で捕えろって言っただろうが」
砕けた口調は彼らしい、とこんな時に思ってしまった。しかしその内容からして私の味方ではないのだとすぐに分かった。
艶やかな赤茶色の髪に深緑色の瞳をした騎士──エリオット=アトウッド。甲冑はカルム王国のものを使っているが、その羽織っているマントは竜の紋様があった。
「貴方が……手引きしたのね」
「ああ。本当はアンタを連れ去るだけだったのに、予定が大きく狂っちまった。他の兄弟まで実力行使に出て……竜騎士軍団を動かすなんて迷惑だよな」
この数日の間、襲撃がなかったのはエリオットが護衛騎士になってからだ。護衛の数が増えたことで誘拐がしにくいと思っていたが、実際は今日の奇襲のために準備をしていたのだと彼は語った。
「ヴェロニカ姫、俺と一緒にネーヴェ帝国に来てもらう」
「姫に──近づくな」
「聖獣まで従えているとは、本当にすごい。だが」
聖獣がいることを想定していたのだろう。エリオットの部下が空に向かって手を掲げた。
「光!!」
「しまっ──」
目が眩むような光に、闇の聖獣であるケヴィンは、その場に顕現できず私の影の中に消えてしまう。
(ケヴィン。……まだ常若の国に行く事はできる?)
『うん、大丈夫。……でも時間的にはもう少時間がかかる』
じくじくと背中が痛い。けれども迫りくる竜騎士たちに近づけぬように光の防壁を張り巡らせた。
「光の防壁」
剣戟を弾き、魔法も受け付けない。私の最大魔法。
待っていればルーファスが、ギルバート兄様が気づく。
いや、ここに来てくれるかは分からない。こんな襲撃を受ける前にいつものルーファスなら助けに来る。それがないということは──見捨てられた可能性だってある。
ふとジュリアの姿がないことに気づいた。もしかしたら私をおびき寄せるための餌として、エリオットがジュリアを利用したのかもしれない。城内に入った不届き者としての犯人役として。
そしてエリオットがギルバート兄様と繋がっているとしたら? 裏取引をしていて私をネーヴェ帝国に売り飛ばす可能性だってある。
誰も助けに来ないかもしれない。先ほどの光魔法で何かあったというのは明らかだというのに、衛兵がどこにも見当たらないのだ。
(解毒)
光が肩に集中するが、霧散してしまう。通常の毒なら今の魔法で消える筈だが、その兆候が見られなかった。
「その毒はある聖獣を殺して作った特別製。貴女だけにしか効果がないけれど、そう簡単には癒えない」
(教会や儀式などが必要となる解毒というわけね……。ケヴィンの最大攻撃は範囲が広すぎる。……もう常若の国に逃げるしか選択肢がない)
お読みいただきありがとうございます(*´ω`*)
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。
感想・レビューもありがとうございます。執筆の励みになります(●´ω`●)




