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第21話 ナンシーの視点1

 ナンシー=カークは異世界転生者である。

 前世では高校時代、友達と一緒に乙女ゲームにハマっていた。キャラの性格はもちろん大事だったけど、なによりゲーム要素と良作のシナリオを選りすぐってプレイするのが日課だった。

 それにブログで攻略サイトを作ったりともして結構熱を入れていたと思う。全キャラ攻略したあと、二週目や全攻略しないと出てこないキャラが好きだったりすることが多くて、睡眠時間を削って頑張ったりしたものだ。灰色の受験勉強が終わり、大学生に入った頃、『忘れ時の黎明記~恋の花結び~』というゲームに滅茶苦茶ハマった。ゲームの難易度よりもそのシナリオ構成が好きで、メインシナリオに関しては戦略キャラルートを選ぶまでほとんど展開は同じなのだが、彼目線による国や隣国の情勢、互いの関係などの心理描写などが際立っていて引き込まれた。


 そんな私がトラックに引かれたことで、ゲームのヒロインに転生するとは思いもよらなかった。もっとも前世の記憶が戻ったのは魔法学院に入学する二週間前。チュートリアル少し前と言ったところだったから、私は色々と準備を急いだ。

 逆ハーレムルートにするか、ギルバート殿下の寵愛ルートにするか悩んだ。でもせっかくゲームと同じ設定なのだからと逆ハーレムルートを選ぶ。できるだけ覚えていることをノートに書き綴った。

 この世界がゲームの世界とは多少違っていても私には情報という武器がある。そう入学するまでは思っていた。


 最初の入学イベントで起こる煙幕事件と、怪奇文章予告事件のフラグが立たなかったのだ。いきなりのバグ。第五王女ヴェロニカが『攫われ姫』の異名の如く、攫われまくる展開もない。誘拐されそうになるが、その瞬間にすかさず王国最強騎士が駆けつけて未遂。毒物混入事件も起こる前に王国最強騎士が自身で調理をした昼食を第五王女ヴェロニカに出しており、これでは他の者がつけ入る隙がない。

 それとは別に驚いたのは、王国最強騎士ルーファスの顔がタイプだったことだ。正面からその姿を見た時は心臓が飛び出すんじゃないかと思った。でも見ていてすぐに、私のことなど眼中にないと気づく。

 王国最強騎士はゲームのシナリオに出てこない。イレギュラーな存在が第五王女ヴェロニカを救い、そして心から愛している。


 最初はそんな第五王女ヴェロニカに嫉妬した。

 でも途中でルーファスが第五王女ヴェロニカの護衛騎士を外されたことを知った。それからサロンで聞いた噂によると、『ルーファスは第五王女ヴェロニカを恋愛対象として見ていない』という類のものだった。また『結婚する相手は亜麻色の髪、エメラルドの瞳』という内容もちらほら聞こえていた。

 亜麻色の髪、エメラルドの瞳の令嬢たちは喜び勇んで手紙をしたためたそうだ。

 もっともそのどれも相手にされなかったようだが。ただ一人、ルーファスの従妹であるジュリア=オクリーヴは、『自分こそが婚約者である』と主張し続けた。パーティー会場でルーファスとダンスを踊っていたので、信憑性があるらしいと噂の一人歩きも始まっている。


 しかしどう見てもルーファスが第五王女ヴェロニカを見る目は、恋以外の何物でもなかった。もしかしたら自分の気持ちに気づいていないのかもしれない。王国最強騎士と呼ばれていても恋愛に関しては無知だったりすることだってある。

 無自覚なのに、ルーファスは第五王女ヴェロニカを救い、過度な接触をして甘い言葉を口にする。そのたびに第五王女ヴェロニカが泣きそうな顔をしているのが分からないのだろうか。

 どうして護衛騎士の任を解いたのか、気づいていない。

 見ていてあまりにも第五王女ヴェロニカが不憫で、苦しそうで、辛いのを見ていられなかった。そう思ったのは、王国最強騎士が東屋で第五王女ヴェロニカに昼食を用意してきた時だった。



 ***


「すでに準備が整っておりますから、ゆっくり食べてください」


 そういうと王国最強騎士は第五王女(ヴェラ)の護衛騎士としての距離を保った。私は東屋の近くから二人の会話が聞き取れるところまで近づくと、傍のベンチに座って昼食を食べるふりをする。

 ここは学院内で今は昼食時。別に近くで昼食をとっても文句を言われる筋合いはない。


「あなたは食べないの?」

「ご安心を。ヴェロニカ姫の休み時間が終わった後で取りますので、ご遠慮せずに召し上がってください。ああ、毒見を終わっています」


 違うわよ。「なんで一緒に食べてもいいですか?」って言えないの。それとも本当に忠義を誓っただけなのだろうか。だとしたらヴェラがあまりにも不憫だ。あんなイケメンで武にも秀でた騎士がいて、甘い笑顔を向けられれば惚れてしまうだろう。少なくとも自分は好かれていると勘違いする。それぐらいの事をしているのだとあの騎士は気付いていないのだろう。


「……はあ。というかバスケットいっぱいに作って、こんなに食べられないわよ」

「それなら、私にお願いしてください。いつものように」


 後光がさしているかのような眩しい笑顔。

 いやもうそれ騎士と姫、主従関係の枠に入らない笑顔だから。完全にヴェラに惚れている。ヴェラもその笑顔に翻弄され、でもなんとか堪えた。あれを堪えるとか本当にすごい。眼がハートマークになってもおかしくない場面だというのに、ヴェラは彼の言葉を無視した。


「いただきます」

「ヴェロニカ様? ええっと、ほら今なら私に一緒に食べようとお願いできるチャンスですよ」


 余りにも必死な声に思わず吹き出しそうになった。好きな人に構って欲しくてちょっかいをかけたけれど、まったく空振りした感じだ。たぶんというか今まではヴェラは彼の希望通りの言葉を告げていたのだろう。でも、ヴェラはそれを止めた。社交界デビューの噂が発端なのだろう。


「別に。ルーファスがいなくてもいいわ。私がいつまでも子供だと思っているのでしょう。残念ながら私はもう十六──」

「私がいなくてもいい!?」

「それはつまり、本当に私がいらないと。いらない子だというのですね」

「いらない子って、貴方もう二十四の大人でしょう」

「ヴェロニカ姫、私のいなくなった世界で、どうか楽しんで──」

「ちょ、ストップ、ストップ! なに刃物抜いて自害しようとしているの!? トラウマを植え付けるにやめて!」


 王国最強騎士は剣を抜いて自分の腹に刃を突き刺そうとしていた。構ってくれモードが病んでいる。なんでこの男は素直に「好き」って言えないのだろう。七面倒なことをせずに気持ちを伝えばすむだけ──なんだろうけれど、それが出来ないから苦労している。いや王国最強騎士はそのことに、気付かないフリをしている。


「では、私を護衛に戻してくださると」

「それは嫌」


 王国最強騎士は突如ヴェラが距離を取っていることに困惑しているのだろう。けれどその原因に早く気づかないともっと距離が離れていくだろう。最悪ヴェラは王国最強騎士ではなく、別の人を好きになる可能性だって出てくる。

 それなのに──。

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