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第20話 塞がれていく逃げ道

「質問ではありませんが、ギル兄様。一年が終わったら離縁しても良いのですか?」

「ヴェロニカ姫!?」

「もちろん、一年後はヴェラの好きにしていいよ。どのような道を選んでも、そのための助力なら惜しまない」

「でしたら早急にアイシア領を立て直す必要がありますので、王都にいる間に教会で結婚は簡略化して行い、書類を提出するだけにしましょう」

「え」

「あ」

「いいんですか? 結婚ですよ?」


 ナンシーは挙動不審なほど申し訳なさそうな声で発言する。たしかに結婚は女性の憧れだったりする。けれど愛のない結婚をするのに華やかさや贅沢など要らない。なにより気分が悪い。


「ええ。政略結婚なのだから必要ないわ」

「しかし、ヴェロニカ姫っ……」


 ルーファスは何故か縋るような、悲しそうな顔で私を見つめる。

 昔、結婚式をするなら白いドレスと白薔薇のある教会が良いと言ったのを覚えていたのだろうか。七年ぐらい前の戯言など彼が覚えているはずもない。それに結婚は愛する者同士でするものなのだから、政略結婚には不要だ。


(あくまで結婚するという形で信じ込ませる。多少、納得していない風を装うのもギル兄様を信用させるため──)

「ルーファス、ヴェラがそういうのなら無理強いはしない、だろう」


 ルーファスはギルバート兄様の視線に目を伏せ、苦渋の決断をする。もしかしたらギルバート兄様の提案した一年という期限もルーファスの思い人との再婚を配慮しているのかもしれない。だからこそ私の名を出しておきながら「一年で令嬢に夫人として教育をしておけ」と暗に言っているのだろう。


「……失礼しました」

「うんうん。それじゃあ、他に質問内容だからさっさと話を進めちゃうね」


 そう言ってギルバート兄様はエリオットに合図をすると、彼は部屋を出てすぐに戻ってきた。木箱を両手に抱えており、テーブルの上に置く。木箱の装飾からみて魔導具だろうか。魔導具は魔石を利用して力が発揮するが、魔石に蓄えられたエネルギーは使うたびに消費する。また未使用であっても特殊な箱に保管していなければ、蓄積されたエネルギーは消費続けてしまうのだ。


(兄様がここで出したということは、意味があると思うのだけれど……いやな予感がする)

「結婚指輪は私の方から用意しておいたから、使ってほしい」


 木箱の中身は二つの指輪と、腕輪、イヤリングだった。

 どれもカルム王国の紋章である薔薇と剣が描かれていた。宝石も翡翠色で美しい。


「兄様、これは……魔導具ですよね?」

「そうだよ。これから一年とはいえ結婚するんだ。ルーファスが馬鹿な真似をしないと思うけれど、念のためにね」

「というと?」


 馬鹿な真似とは私に暴力を振るうことを懸念しているだろうか。小首を傾げている私にたいしてギル兄様は笑顔のままこう答えた。


「合意も無しにヴェラを押し倒そうとしたら、その指輪から毒針が出て死ぬ。もちろん、ルーファスだけ」

「!」


 そんなことある訳がないのに、何を言っているのか。治まりかけた怒りが沸々と湧き上がったが、はたとある事に気づく。ギルバート兄様の言葉を素直に受け入れ過ぎていると──。

 表向きはルーファスへの牽制。けれど本当の意図は違うとしたらどう解釈するのが正しいだろう。毒はルーファスではなく私の行動を制限するために用意されたのではないか。

 または逃げ出しても位置がわかるような仕掛けをしている可能性もある。つまりはこの一手で詰みに近い。常若の国(ティル・ナ・ノーグ)に逃げる算段に付いて気付かれたのだろうか。心臓の鼓動が跳ね上がったが、慎重に言葉を選んで尋ねた。


「……随分と、物騒なものを用意したのですね」

「だって大事な妹を預けるんだよ。この拗らせ騎士に。腸が煮えくり返る気分でしょうがないのだから、このぐらい許容して欲しいな」


 めちゃくちゃな理由を並べるギルバート兄様だったが、ルーファスは気にした様子もなく承諾していた。それは裏を返せば一切手を出さないといって言うようなもので胸が痛い。

 分かってはいてけれど、女として興味がないという烙印ではないか。失恋しただけでも心が死にそうなのに、それでも足りないと執拗に私の想いを踏みにじる。

 辛くて、苦しい。呼吸も浅くなりそうだ。けれどここで感情的になるなと私は自分の心を押し殺す。感情を殺す方法は心得ている。気を取り直して、今後のスケジュールを詰めようとしたところで、ようやくナンシーについてギルバート兄様が触れた。


「ナンシーはアイシア領を立て直す際に必要な人材だと思う。他にも必要な人材リストは私の方で用意してあるから、ヴェラとルーファスで希望があったらピックアップをして欲しい」


 そう言ってようやくナンシーを紹介した。


「二人とも知っていると思うが彼女はナンシー=カーク、子爵家のご令嬢だ」

「ヴェラ……、あの」

「ん?」


 ギル兄様がにこりとナンシーに向かって微笑んだ。蕩けるような甘い顔だが、ナンシーは一気に顔面蒼白となった。


「ひぃ。失礼いたしました。ヴェロニカ姫と同級生のナンシー=カークです!」

(愛称呼びからヴェロニカ姫と言い直した)

「彼女、実に面白い能力があるようで、私が独自に調べていたアイシア領問題や、隣国が緊迫した状態などなど予知するかのように言い当ててくれた。実に優秀な人材だよ」

(たぶんゲーム設定の情報ね。ナンシーが急に学院を休んでいたのはギル兄様に根掘り葉掘り聞かれて、裏が取れるまで拘束していた──ってところかしら。だからこそアイシア領の問題解決に重い腰を上げた)


 それでもギルバート兄様を動かすことで、ゲームのシナリオが大きく改変されるだろう。

 ナンシーはそれを恐れてなのかカタカタと肩を震わせながら縮こまっている。それとも兄様と対話してよほど怖い目にでもあったのか、世界の破滅かのように怯えている。もしかして地雷を踏んだのだろうか。だとしたらご愁傷様と言ったところだ。


怪物(兄様)戦う(交渉する)者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように、気をつけなくてはならない。 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。ニーチェ先生の言葉を思い出すわ)

「なんだか、ヴェラに酷いことを言われている気がするけれど?」

「気のせいですわ!」


 心の中を読まないで欲しい。プライバシーの侵害だわ──と、言い切る度胸など私には無い。


「そう? まあ、それならいいけれど。ナンシーは私と常に情報共有をしてもらおうと思ってね。それでヴェラの侍女としてアイシア領に連れて行って欲しいんだ。ああ、もちろん彼女の休学届も私の方から話を付けておくよ。ご実家の子爵家にもね」

「はい、ヴェロニカ姫のお力になれるよう粉骨砕身、お仕えさせていただきます!」


 深々と頭を下げるナンシーにギルバート兄様は満足そうに微笑んだ。新しい玩具を見つけたようなそんな顔をなさっている。意外と兄様に気に入られているのかもしれない。恋愛対象として見ているかは不明だが。


「うん、うん。面白い子だね。実に指導しがいが(調教)あるよ」

(副音声で『調教』って聞こえた気がするけれど? つまりはアイシア領に行ってもナンシーが居ることで私の情報を知ろうとしている可能性が跳ね上がったわね)

 

 その後はギルバート兄様が密かに調査を行っていたアイシア領の資料と、領土復興のための人材リストの束を置いて行った。ナンシーの話を聞いてすぐにこれだけの準備を短期間で行うのは難しい。恐らくはアイシア領がきな臭いと感じており、やはり前もって準備をしていたのだろう。


「それじゃあ、ざっくりとした作戦内容はこの書類を見てもらって──後は二人でちゃんと話し合いするように。いいかな、ルーファス」

「はい。このような機会を作っていただきありがとうございます」

「?」


 アイシア領の対策などルーファスとギル兄様が話を詰めると思っていたのだが、兄様はナンシーを連れて部屋を出て行ってしまった。そのことに違和感を覚えたものの、それよりも私はもっと別のことを気にすべきだった。エリオットは部屋にいるものの、ルーファスとの地獄のような打ち合わせをしなければならないということを失念していた。

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